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民家⑤
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庭の雑草が伸び放題になっていて、玄関の存りかを探すのに少し時間がかかった。瓦屋根の一軒家。昔は白かったであろう壁は灰色に汚れ、何本もツタが張り付いている。
「な、なに……ここ」
「コミヤマさん家です」
「コミヤマさん?」
「はい。15年前まで、コミヤマさん一家が住んでいました。父親、母親、兄、妹、弟の5人家族です」
「今は、誰も住んでいないの?」
「はい」
「引っ越したの?」
「いいえ。15年前の今くらいの時期に、この家で、兄が父親、母親、妹の3人を殺して自殺しました」
久礼は庭の草をかきわけ、玄関までの道を作った。久礼は錆びたドアノブに手をかけ、理真を呼んだ。
「行きましょう」
兄によって一家が殺された。その兄も死んだ。その凄惨な現場となった家に、今から入る。
理真は背筋が寒くなった。夜になり、気温が下がってきたからではない。風が吹くたびにこすれる雑草の葉の音。足元を飛ぶコオロギ。いちいち気味が悪い。
だが、久礼の実験に協力すると言った以上、この家に入るしかない。
入ったら、楽になれるのだろうか?
そんな予感はまったくないけれど。
理真は柔らかい地面を進んで、久礼の待つ玄関の前まで進んだ。久礼はゆっくりと玄関のドアを開いた。
カビた臭いが、ドアからあふれ出た。玄関先は砂や埃で汚れている。靴箱の上にはカエルの置物。壁には、いまだ時を刻んでいる掛け時計がある。
「タルタルチキンさん」
ふいに呼びかけられて、理真は肩を震わせた。
「な、なに?」
「この家の中から、コミヤマさん一家の写真を見つけてくれませんか。家族全員が写った写真です」
「そ、そんなもの見つけてどうするの」
「その写真を見つけることが、実験です」
わけがわからない。
だが、ほかにどうすることもできないので、理真は言われたとおり、写真を探すことにした。
まず、玄関から入ってすぐ右側にある座敷に入った。畳は茶色く干からびていて、部屋の隅に座布団が5枚重ねてある。
仏壇には2枚の遺影が飾られている。埃を被った古い写真。老齢の男性と女性。コミヤマさんのおじいさんとおばあさんか。
ふいに、その老人二人が同時に微笑んだように見えた。理真はぎょっとして、目をこすった。古ぼけた写真がそこにあるだけ。目の錯覚だ。
理真が写真に背中を向け、隣の居間に向かって足を動かそうとしたとき、リーンとお鈴が鳴り響いた。反射的に振り向くが、誰も仏壇の前にはいない。お鈴も床に置いてあるだけだ。
また、リーンと音が鳴り響いた。それは繰り返される。耳鳴りのようだ。
「いたっ」
突然、頭に激痛が走る。理真は片手で頭を押さえた。片頭痛か。理真はふらふらと座敷から出て、居間に入った。
テレビの画面が割れている。食器棚からは食器が何枚か落ちて割れたままだ。ふと気配を感じて台所のほうを見た。窓が5センチほど開いている。その隙間から何かが入ってきた。
見たくない。でも、確かめないと怖い。
理真は台所のシンクの前、窓のサッシを見た。
すると、そこに自分の腕ほどの太さのヘビが一匹、うねうねと這っていた。黒っぽく見えるそれは、ゆっくりと身体を動かして、ガスコンロの裏側へと消えていった。
「へ、ヘビか……」
気持ち悪い。理真は台所から離れようと居間のほうへ向き直った。
すると、居間の中央に、ぼさぼさの髪の男が立っていた。久礼ではない。さっきまでいなかった男だ。
だ、誰。
理真は男が小刻みに震えていることに気がついた。右手には出刃包丁。刃からは赤い血が滴り落ちている。
さっきまではなかった。居間のじゅうたんの上に転がっている男性と女性の死体。
お鈴の音が鳴り響く。リーンリーンと鳴り響く。出刃包丁を持った男がゆっくりと顔を上げ、理真のほうへ振り向こうとした。
「ひっ」
理真は腰を抜かして床にへたりこんだ。両手にべたりと、ねっとりとした何かがついた。理真が両手を見ると、赤黒く染まっていた。
「ひいいいいいっ」
理真は思わずシャツで手を拭った。だが、取れない。ねちゃねちゃとした感触が取れない。焦っている理真に、男が近づいてきた。
「……あと、セイナだけ……」
男の顔は青白く、生気がない。ぎょろっとした目で理真を見つけて、出刃包丁の刃先を向けてきた。
「あ……あ……あ……」
理真は床にしりもちをついたまま、両手を動かして後ろに進んだ。廊下の壁に背中が当たる。理真が壁に手をつくと、べたりと赤い手形ができた。
理真は腕に力を込めて身体を持ちあげ、壁を伝って進んだ。玄関まで戻るが、玄関のドアを開けようとしても開かない。鍵などかかっていなかったのに、どんなにドアノブを回しても、押しても引いても開かない。
ゆらゆらと男が出刃包丁を持って近づいてくる。理真は考える暇もなく、玄関のそばにある階段を上った。
二階にはドアが3つ。そのうち2つに、赤いペンキをぶちまけて描いたような、大きなバツ印があった。
理真は、バツ印のないドアを開いて中に入り、ドアを閉めた。
ギシギシと階段を上ってくる音がする。
怖い、怖い、怖い。来ないで。殺される――――。
ふと、何かが動く気配がして、理真は顔を上げた。学習机の横に赤いランドセル。鍵盤ハーモニカ。小さな本棚の上には、人気モンスターのぬいぐるみ。
学習机の向かい側に、テディベアの柄の掛け布団のかかったベッドがあった。
その布団の中で、何かがごそごそと動いている。
「な、なに……?」
「な、なに……ここ」
「コミヤマさん家です」
「コミヤマさん?」
「はい。15年前まで、コミヤマさん一家が住んでいました。父親、母親、兄、妹、弟の5人家族です」
「今は、誰も住んでいないの?」
「はい」
「引っ越したの?」
「いいえ。15年前の今くらいの時期に、この家で、兄が父親、母親、妹の3人を殺して自殺しました」
久礼は庭の草をかきわけ、玄関までの道を作った。久礼は錆びたドアノブに手をかけ、理真を呼んだ。
「行きましょう」
兄によって一家が殺された。その兄も死んだ。その凄惨な現場となった家に、今から入る。
理真は背筋が寒くなった。夜になり、気温が下がってきたからではない。風が吹くたびにこすれる雑草の葉の音。足元を飛ぶコオロギ。いちいち気味が悪い。
だが、久礼の実験に協力すると言った以上、この家に入るしかない。
入ったら、楽になれるのだろうか?
そんな予感はまったくないけれど。
理真は柔らかい地面を進んで、久礼の待つ玄関の前まで進んだ。久礼はゆっくりと玄関のドアを開いた。
カビた臭いが、ドアからあふれ出た。玄関先は砂や埃で汚れている。靴箱の上にはカエルの置物。壁には、いまだ時を刻んでいる掛け時計がある。
「タルタルチキンさん」
ふいに呼びかけられて、理真は肩を震わせた。
「な、なに?」
「この家の中から、コミヤマさん一家の写真を見つけてくれませんか。家族全員が写った写真です」
「そ、そんなもの見つけてどうするの」
「その写真を見つけることが、実験です」
わけがわからない。
だが、ほかにどうすることもできないので、理真は言われたとおり、写真を探すことにした。
まず、玄関から入ってすぐ右側にある座敷に入った。畳は茶色く干からびていて、部屋の隅に座布団が5枚重ねてある。
仏壇には2枚の遺影が飾られている。埃を被った古い写真。老齢の男性と女性。コミヤマさんのおじいさんとおばあさんか。
ふいに、その老人二人が同時に微笑んだように見えた。理真はぎょっとして、目をこすった。古ぼけた写真がそこにあるだけ。目の錯覚だ。
理真が写真に背中を向け、隣の居間に向かって足を動かそうとしたとき、リーンとお鈴が鳴り響いた。反射的に振り向くが、誰も仏壇の前にはいない。お鈴も床に置いてあるだけだ。
また、リーンと音が鳴り響いた。それは繰り返される。耳鳴りのようだ。
「いたっ」
突然、頭に激痛が走る。理真は片手で頭を押さえた。片頭痛か。理真はふらふらと座敷から出て、居間に入った。
テレビの画面が割れている。食器棚からは食器が何枚か落ちて割れたままだ。ふと気配を感じて台所のほうを見た。窓が5センチほど開いている。その隙間から何かが入ってきた。
見たくない。でも、確かめないと怖い。
理真は台所のシンクの前、窓のサッシを見た。
すると、そこに自分の腕ほどの太さのヘビが一匹、うねうねと這っていた。黒っぽく見えるそれは、ゆっくりと身体を動かして、ガスコンロの裏側へと消えていった。
「へ、ヘビか……」
気持ち悪い。理真は台所から離れようと居間のほうへ向き直った。
すると、居間の中央に、ぼさぼさの髪の男が立っていた。久礼ではない。さっきまでいなかった男だ。
だ、誰。
理真は男が小刻みに震えていることに気がついた。右手には出刃包丁。刃からは赤い血が滴り落ちている。
さっきまではなかった。居間のじゅうたんの上に転がっている男性と女性の死体。
お鈴の音が鳴り響く。リーンリーンと鳴り響く。出刃包丁を持った男がゆっくりと顔を上げ、理真のほうへ振り向こうとした。
「ひっ」
理真は腰を抜かして床にへたりこんだ。両手にべたりと、ねっとりとした何かがついた。理真が両手を見ると、赤黒く染まっていた。
「ひいいいいいっ」
理真は思わずシャツで手を拭った。だが、取れない。ねちゃねちゃとした感触が取れない。焦っている理真に、男が近づいてきた。
「……あと、セイナだけ……」
男の顔は青白く、生気がない。ぎょろっとした目で理真を見つけて、出刃包丁の刃先を向けてきた。
「あ……あ……あ……」
理真は床にしりもちをついたまま、両手を動かして後ろに進んだ。廊下の壁に背中が当たる。理真が壁に手をつくと、べたりと赤い手形ができた。
理真は腕に力を込めて身体を持ちあげ、壁を伝って進んだ。玄関まで戻るが、玄関のドアを開けようとしても開かない。鍵などかかっていなかったのに、どんなにドアノブを回しても、押しても引いても開かない。
ゆらゆらと男が出刃包丁を持って近づいてくる。理真は考える暇もなく、玄関のそばにある階段を上った。
二階にはドアが3つ。そのうち2つに、赤いペンキをぶちまけて描いたような、大きなバツ印があった。
理真は、バツ印のないドアを開いて中に入り、ドアを閉めた。
ギシギシと階段を上ってくる音がする。
怖い、怖い、怖い。来ないで。殺される――――。
ふと、何かが動く気配がして、理真は顔を上げた。学習机の横に赤いランドセル。鍵盤ハーモニカ。小さな本棚の上には、人気モンスターのぬいぐるみ。
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