上 下
13 / 45

第13話 チェルシー嬢の秘密

しおりを挟む
 正式に外交部門が設立された翌日、リズベットは早速護衛件監視役のライネルを連れて、リッチモンド領へと向かい、チェルシーのいる屋敷へと突撃していた。王都からリッチモンド領へは比較的近く、旅程はおよそ半日ほどである。
 一方いきなり突撃されたチェルシーはと言うと顔面蒼白だった。その姿は何かやましい事していますと言っているようにも見え、尋常じゃない怯えように、そう言えばチェルシーはこういうキャラだったとリズベットは苦笑を禁じえなかった。
「久しぶりねチェルシー」
「こ、これはリズベット様、遠路はるばるようこそリッチモンド領へ……」
 貴族としてなんとか応対するものの、リズベットの笑顔に圧力を感じたチェルシーは、がくがくぶるぶるである。チェルシーはリズベットが来るという知らせしか受けておらず、何をしに来たのは謎のままであった。視線をせわしなく動かす彼女は恐る恐るリズベットに用件を伺う。
「ほ、本日は一体どのようなご用件で」
「色々あるっちゃあるんだけど」
「色々ですか!? い、一体どれの事だろう? ストローはやっぱりやりすぎた? それともタピオカの方? ……ま、まさかリッチモンド領完全水洗トイレ計画がばれたの?」
 何もしなくても勝手にぼろを出しまくるチェルシー、イチゴやストローとかだけでなく、トイレ事情の改善という壮大な計画を立てているらしい。
 衛生面の改善などはかなり大事な事で、トイレの件などは詳しく聞いてみたい所であったが、今回は別の目的で来てるので、リズベットは速やかに次の行動をする。カバンから紙とペンを取り出し、さらっと書きあげたのは、何らかの記号であった。
 リズベットはそれを見せつつ、チェルシーに問いかけた。
「チェルシー嬢、これって何か分かる?」
「っ!!? わ、わわわ分かりませんコトよぉ!!」
 思いっきり目を見開き、視線を泳がせ、口調も変になっている。絶対嘘を言っているに違いないと思わせるなんて、もはや一種の才能だ。チェルシー本人も失敗した自覚があるのだろう。

 何とも気まずい沈黙があった。
「………………」
「………………」

「……あなた、私が言うのもなんだけど、貴族なんだからもっと腹芸うまくやりなさいよ」
「ごめんなさい」
 今一、締まらない場の空気に脱力しながらも、リズベットはチェルシーにもう一度確認した。
「改めて問うわ。あなたはこれが読めるのね。聖女の文字が」
「……はい」
 リズベットが紙に描いて見せた記号は、聖女が使っていたとされる文字であった。
 何故リズベットがこの文字を書けたのか。その秘密はユーフィリアから渡された本にある。その本はかつて聖女が利用していたとされる物で、偽聖女事件の時に、教会の権威を守るのと引き換えに押収したものだ。
 その中身はまったく意味の分からない記号の羅列が書かれているが、日付のようなものが書かれている事から日記ではないのかと推測されている。聖女の文字を知らないリズベットに理解は到底不能であるが、それを見て模写する事は簡単だ。
 リズベットは聖女についての伝説を思い返す。聖女は異国の地から召喚され、闇を払って、大地を祝福した。この中でリズベットの気になったのは『異国の地から召喚された』という部分である。これがもし作り話ではなく事実であるのだとしたら。
 きっと闇を払うというのも、異国の技術を使って道を切り開いた。それは回りの者達から見ると奇跡のように見えた。そういう事なのではないかとリズベットは考える。そして祝福された土地とは、神のような力などではなく、聖女の知恵の賜物なのではないか。古くからの畑の土が別の場所でも使えるのがそれを証明していた。
 聖女がそうであったように、チェルシー嬢もまた想像もつかないような発明を次々やってのける。その知識の源はどこからくるのか。聖女と一緒、異世界からのモノなのではないか。そう思ったからこそリズベットは真っ先にチェルシーと話がしたかった。
 だがチェルシーがそれを隠そうとするのは分かり切っている。己自ら異世界人と公表していないという事は隠したい意志の表れだ。だからこそリズベットは聖女の言葉を踏み絵として使った。知らないと言い張っても、見た瞬間の態度を見れば知っているかどうか判別できると思ったから。結果はご覧の通りだ。もしかしたらと思っていたのだが、案の定チェルシーは聖女の言葉に反応して見せた。つまりチェルシーは聖女と同郷の者、すなわち
「チェルシー、あなたも異世界から来た人なの?」
「いえ、違いますよ」
「え?」
 ここで初めてリズベットは読み間違えをした。この期に及んで嘘をつくのかとチェルシーを見ても、さっきとはまるで違っていて、真っすぐな視線は嘘をついているように見えない。動揺が表に出てしまったリズベットは、慌てて冷静な仮面をかぶるが、内心では焦りを感じていた。
「私は召喚されたわけじゃありませんから。私は生まれも育ちもこの国です。しかし聖女様と同じ異世界で暮らしていた前世の記憶がある」
「前世の記憶ですって?」
 リズベットはその線を全く考えた事はなかった。でもよくよく考えれば、聖女と同じ異世界からやってきたにもかかわらず、何の騒ぎも起こらず、そのままリッチモンド伯爵の子となったというのは無理がある話だ。チェルシーはリッチモンド伯爵の実子として登録されており、養子になったという記録もない。
 故にチェルシーの語った前世の記憶というのはリズベットにはしっくりきた。
「だから私は異世界人じゃなくて、転生者ですね」
「転生者……」
「はい、それでリズベット様は私が転生者であると知って、どうしようとしているのですか?」
 とうとう本性を現したチェルシーの不気味な圧に、リズベットは息を呑む。
 彼女はひょっとして聖女と同じではなく、むしろ魔の者なのか? 転生者と言う者は国に災いをもたらす存在なのだろうか? リズベットの頭に様々な憶測が飛び交う。チェルシーの持つ得体の知れなさが底知れぬ恐怖を生む。

 しかし

「調子乗りましたごめんなさい! こういうのやってみたかっただけなんです!!」
 チェルシーのその魔王のような空気も、たった10秒程しか持たなかった。リズベットよりもやっている本人の方が耐えられなかったのだ。

「……はぁー」
 それまでの緊張感が嘘のように霧散する。
 やっぱりどこか締まらなかった。

 何ともちぐはぐなチェルシーに、リズベットは猛烈なやりにくさを覚え、頭をかかえる。
「あの、一つ確認なんですが、リズベット様は別に私を断罪しに来たわけじゃないですよね?」
「断罪って……だからあんなに警戒していたの。大丈夫よ。別にあなた悪い事しているわけじゃないし。そもそも疑いがあるのなら私ではなく、憲兵がやってくるでしょ」
「よくよく考えればそうでした」
「それとも何? 本当は何か悪い事してたり?」
 ジド目で睨みつけるとチェルシーは腕をぶんぶんと振って否定する。
「とんでもないです! 私は真面目も真面目、領民のためを思って頑張る極々普通の令嬢ですよ!」
 体全てを使っての全力アピールなんて普通の貴族はしない。見ていて楽しいやら騒がしいやら、これだけ素直な挙動をするのであれば、悪い事は出来なさそうな性格である。しかしながらさっきの圧もまた本物で、チェルシーと言う人物は何とも複雑な色を醸し出している。
「でも安心したらお腹すきました。どうやら話も長くなりそうですし、お茶とお茶請けを用意致しますね」
 そしてこの切り替えの速さである。このチェルシー、色んな意味で只者じゃない。どこか違う世界に生きているというか、地に足がついてないというか、これが転生者と言う者の特徴なのだろうかと、リズベットは頭が痛くなった。
 そんなリズベットの事なぞお構いなしに、チェルシーは己の従女にテキパキと指示を飛ばす。そしてリズベットに問いかけた。
「せっかくリッチモンド領にいらしたのですから、リッチモンドストロベリーはいかがです?」
「ああ、ごめんなさい。すっごく食べたいのだけれど、ユーフィリアに血祭りにされそうだから、イチゴ以外でお願いできるかしら」
「血祭りって随分と物騒ですね!?」
「ユーフィリアの甘味への拘りはすごいからね。抜け駆けは許さないってさ」
「どんな暴君なんですか!? あれ、これって不敬罪になります?」
 リッチモンドストロベリーが食べられない腹いせに、ユーフィリアの怖いイメージを刷り込んでいくリズベットであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

ツギハギの家族

夜霞
ファンタジー
母親に「捨てられた」者がいた。 仲間に「捨てられた」者がいた。 そして、国に「捨てられた」者がいた。 バラバラだった「3人」が、家族という「ひとり」になった。 そんなお話ーー。 ※他サイトに掲載しています ※表紙はぱくたそ様よりお借りしています

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...