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Ⅵ 女王

神話の終わり ② 別れ

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『ヌッ様要員の皆さま、ル・ツースタンバイ成りました、お早くお願いします!』

 時折白い波しぶきが飛んでくる魔ローダー甲板の先端で、風を切りル・ツー漆黒ノ天が腕を組んで立つ姿を確認し、胸部装甲とハッチが無いGSX-R25搭乗員が、まだ誰も乗っていないヌッ様の球体の前で叫んだ。

「ああ仰っていますが、セレネ様はまだ来ないのでしょうか?」

 フゥーがメランと雪乃フルエレ女王に向かって言った。

「セレネは今砂緒と一緒に蛇輪の試験飛行してるわ」

 そう言うと、皆は上空を飛ぶ蛇輪を見上げた。

「間に合った! 当然僕も乗るよ。父の想いを無駄にしない、急ごう」
猫弐矢ねこにゃさま……」

 そこに猫弐矢が駆け足でやって来る。彼はもう複雑な想いを押し込んで球体に乗り込もうとする。

「私はアレに乗る!」
「え? そ、そう」

 メランは上から呼び掛ける、装甲の欠けたGSXーRを指差した。

「では、セレネ様来ずですか……紅蓮様は白鳥號はくちょうごうで観測や助太刀をされるでしょうし……」

 フゥーは頼りない猫弐矢をちらっと見て少し俯いた。フルエレはその様子を見て決心した。

「よし! ヌッ様には私とこの子が乗るわよっ!!」

 と、言いながらフルエレは少し離れた場所で見ていた美柑ミカの腕を強引に引っ張って来た。

「お、おいどんば、船に残いもんそ」
「はぁ……」

 美柑はカカトを踏ん張りながら必死に首と手を超高速で振った。方言はいつも通りいい加減である。フゥーはあからさまに嫌がる美柑を見て冷や汗を掻く。

「何を言ってるのよ! 皆必死なのよ貴方みたいな健康な強い魔導士は絶対やるのよ! ホラホラ乗った乗った」
(お、お姉さま!? いつからこんなお元気お節介キャラに??)
「やっやっややや」

 フルエレが美柑を無理やり球体に押し込んだ事で、続けてフゥーと猫弐矢も乗り込み、メランは手を振って見送った。美柑はパピヨンマスクの顔を必死にフルエレから背けたが、フルエレはにこにこして彼女を見続けた。ちなみに鈍感なフルエレは彼女が自らの妹だとは全く気付いていない……

(何なのよこの子可愛いわねえ、丁度依世いよと同じくらいの歳格好ね……あの子に辛く当たってしまった……情けないわ)

 とぼけた事を思いながらフルエレは遠い目をした。

『GSX-Rさん乗り込み完了しました』

 球体の中からフゥーが叫んだ。

『よし、任せてくれ!』

 GSX-R搭乗者も応答すると、球体をひょいっと抱えて突然ブンブンと振り回し始めた。

『待てーーーっ!! 君一体それをどうするつもりだい??』

 それを見て上空から白鳥號の紅蓮アルフォードが度びっくりして慌てて叫んだ。

『どうするとは? 手はず通り砂浜に向けて投げ込みますが……』
『待てい! 衝撃で壊れたり中の人が骨折したらどうするんだ??』
『は、はあ……』

 白鳥號は急降下しつつ人型に変形して甲板にズシャッと着地した。

(紅蓮、細かい……)
(その通りよねえ)

 美柑やフルエレが見てる前で、白鳥號はGSX-Rから球体を奪った。

『僕が浅瀬に降ろす! いいねフゥーちゃん』
『いいわよ!』 
『どうぞ』
『行ってくれ紅蓮く、いや若君……』
『猫弐矢さん紅蓮でいいよ! フルエレちゃんも美柑までいる?? 分かった行くよ』


 紅蓮も横目で先頭で立つル・ツーを見つつ、急いで浅瀬に飛び着地するとそっと球体を置いた。

『ありがとうございます! 直ぐにヌッ様を生成します、お早くお戻りを』
『ああ、皆も気を付けて! 特にフルエレちゃん無理しないでね』
『ありがとう紅蓮くん!』

 透明の壁からフルエレは手を振り、美柑はぷいっと反対を向いた。直後、言った通りすぐさま飛び立つ紅蓮の白鳥號。

(何で特にフルエレちゃんなのよぉ)

「ヌッ様生成します! 目覚めてヌッ様っ!!」

 浜辺からゆらゆらと沖に揺られるヌッ様球体の周囲から夜の黒い海水が渦を巻いて集合し、やがてヌッ様の巨大な筋骨が生成され始めた。
 シュバアアアアアッ!!
 そうして今までに比べてかなり素早くヌッ様が突然出現した。

『ヌッ様生成しました……』
『フゥー、ヌッ様の出現を確認した。いよいよ大詰めだな、がんばってくれ』
『はいシューネ様』

 通り過ぎ行く貴城乃たかぎのシューネの大型船の後ろに広がるアナの砂浜に、ヌッ様が出現した。その巨大な姿は月明りに照らされて鈍く光り輝いた。しかし……

「フルエレくんが最初からいたから、今度こそ全高10Nキロの伝説のヌッ様が登場するんじゃないかと思ったけど」

 ヌッ様は以前からと同じ全高約300Nメートルであった。それは今現在ゆうに600Nメートルを越えてしまった千岐大蛇ちまたのかがちには遠く及ばない。この身体で本当にセブンリーフと東の地を呼び寄せ、さらにカガチを結んで固定化する事が可能なのか? フゥー達は少し不安になった。

「なんだかごめんなさい」
「い、いいや! フルエレくんは悪くないよハハッ」

 猫弐矢も父の事で辛いのに作り笑いをした。

(冷たい様に見えてたけど、お姉さまも結構気ィー遣いなのね)

 美柑はパピヨンマスクの下で目を細めた。


「GSX-R25さん、それもう空いてるのよね?」

 メランは胸部装甲が外された魔呂の操縦者に叫んだ。

『は、はいもうする事はありません!』
「じゃあ代わりなさい! 今からその機体は私のものよ!」

 既に靴によじ登って来る魔導士服の女の子を見て搭乗者は慌てた。

『シューネ様、セブンリーフ組の者がGSXを譲れと言って来ました!』
『よい、譲れ』
『はあ?』
『良いから譲れば良い、降りよ』
『ハハッ』

 搭乗者はいつも厳しいシューネがいきなり装備品を他国に譲る許可をして、訳も分からず魔呂を跪かせると席を飛び降りた。

「ありがと! チュッ」

 メランはウインクして投げキッスをすると、掌からオートで操縦席に滑り込んだ。

『これが神聖連邦帝国の新型かぁ……』

 ウィンウィンウィンシューンシューン
 跪いたかと思ったGSX-Rが再び起動して立ち上がり、整備員達が驚いた。

「そんな装甲が外れた魔ローダーでどうする気ですか!?」

 メランは少し無視して置いてあった魔砲ライフルを拾った。

『砲台くらいには、なるっ! 魔法システム接続っ』

 ガチャッジャキッ
 メランは弾倉を装着してボルトを引いた。

「メラーーーン!! 一人じゃ無茶だよーーー」
「サンキューッ!! 魔力補助と魔ローンお願いね」

 と、そこへ個人用未確認飛行物体で兎幸うさこが飛んで来た。彼女はハッチの無い操縦席にひょいっと飛び込むと、やはり甲板に立つル・ツーを眺めた。

『チマタノカガチ、中間地点に接近中です!!』

 有能メイドさんが紅蓮からの報告を受けた。

大猫乃主おおねこのぬし殿、全て準備整いましたぞ』

 ブリッジのシューネは再び通信機を持った。

『うむ、その様だな。ではそろそろ行くとしようか』

 と、言いながらル・ツー漆黒ノ天は片足をダンッと甲板上で踏ん張った。すると全高25Nメートルの魔ローダーの動きで、全長248Nメートルの巨艦と言えどもグラリと揺れた。

「う、うおおお」

 シューネがいるブリッジ要員始め、艦内の全ての人々や物もつられて揺れた。シューネは少しよろけて物に掴まる。だが猫呼ねここだけは何故か手を組んだままふらつく事も無く父王を見上げ続けた。

(何のつもりだ……)

『……では最後の頼み、また聞いて頂こう』
『何なりと』

 シューネは背筋を伸ばし、隣の艦長は帽子を直した。

『何も変わらぬ、我がクラウディアの長き平和と天高くそびえる高層神殿の建設じゃ、お頼み致すぞ』

 ル・ツーは腕を組んだまま振り返ってブリッジを見ながら言った。

『確実に』

 シューネは胸に手を当てて軽く頭を下げた。

『シューネしかと見よ』
『相分かった』

 ル・ツーは腕を組んだまま前を向き直した。その瞬間、大猫乃主は見上げる猫呼の姿を最後に眺めた。

『ふふっ待っておれカガチ!!!』

 ル・ツーは腕を組んだまま、そのままあっさりと甲板の先端からどばっしゃーと凄まじい水しぶきを上げて暗い海に飛び込んで行った。そして水中に入った途端に巨大なクジラの様に凄まじい勢いで泳ぎ始め、ぐんぐんと遠くに見えるチマタノカガチに肉薄して行く。

「え」 

 猫呼は眼前で起こった事がまだ理解出来ていなかった。てっきり最後に涙の別れがもう一度あると思っていたのに、何の余韻も残さず父王があっさりと海の中に消えた事が一瞬理解出来なかった。

「ぱ、パパ? パパアアアーーーーーーーッ!!! ああああああああ」

 そのまま崩れ落ち甲板に両手を付いて大声で嗚咽し始めて、両側から兵士に手を添えられて守られた。

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