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Ⅴ 千岐大蛇(チマタノカガチ)
仮宮殿崩壊…… ③
しおりを挟む日が落ちている……
猫弐矢達が仮宮殿を放棄する決断をしてから二十分程が経った。
『千岐大蛇、もうすぐクラウディア・ラティス川最後のカーブに掛かります』
フゥーが魔法モニターを注視しながら言った。川の最後のカーブを抜けると、一気に平野部に出て来る事になる。
『カガチはそのまま真っ直ぐ川沿いに内海湖に向かうのか? それともいきなり西に折れて仮宮殿に向かって来るのか? どっちなんだよ』
『セレネちゃん、日が暮れたらもっとスピードアップするのかな?』
『知るかよ、話し掛けるなよ』
セレネが先に問い掛けて紅蓮が聞き返すと彼女は邪見に扱ったが、神聖連邦王子で高貴な出なのに気さくな紅蓮は一切気にしない。
『砂緒の何処が良いの?』
『うるさいわ、あっち向けや』
紅蓮がここぞとばかりにセレネにちょっかいを出し始めて、フゥーは呆れつつ猫弐矢に聞いた。
『仮宮殿の避難はどうなったのでしょうか? もうそろそろ誘引しないと……』
『そうだね』
『全部聞こえておるぞ、貴城乃シューネ殿がまだ魔戦車に乗っておらん以上、まだなのであろう』
『父上……』
『兎幸と会った事あるー?』
魔法モニター越しに見る父の顔の眼前に兎幸の後頭部が重なってしつこく聞いた。
『止めて下さい兎幸さん、いま真面目な場面ですぞ』
立派な髭を蓄えた老人の大猫乃主は、少し赤面しながら兎幸の健康的な身体から目を背けた。
『父上?』
―仮宮殿内部は再避難が迅速に実行され、人気が無くなりシーンと静まり返っていた。
「もう誰もいませんかーーー? どなたもいらっしゃいませんかーーーっ?」
「どうだもう宮殿内は誰も居ないのではないか?」
大声で方々を探す有能メイドさんと兵士達にシューネが言った。
「そうですね、では私達も……でも仮宮殿とは言え、私がお仕えし始めたのはこの宮殿から、とても寂しいですね」
「そういう物かな……」
カガチ自体にはシューネは特に責任は無いとは言え、少しだけチクリと心が痛んだが、こんな程度で心が動いていては、神聖連邦帝国の姫乃ソラーレの為に生きる事は出来ないと自分に言い聞かせた。
「……」
「どうした?」
「子供の声が、したような?」
等と言いながら有能メイドさんは走って行った。その後ろを警護の兵士も走って付いてく。
「やっぱり置いてけぼりをくった女の子がいましたっ!」
シューネが戸惑って待っていると、兵士達と泣きじゃくる女の子を抱きながら有能メイドさんが走って戻って来た。
「おお、凄い、だがもうここが切り上げ時だ。もうこの中に人は居ないと信じよう」
「そうですね、早くこの子を両親に会わせてあげないとっ」
二人は兵士に囲まれながら、急ぎ足で仮宮殿の外に出た。
ガラガラ、ガシャッ!!
魔ローダーGSX-R25の巨大な腕が石造りの壁を突き破り、入念に設置したばかりの魔戦車の魔法通信設備を強引に引き剥がしていく。
『魔法通信機及び魔ァンプリファイヤ一式回収しました!』
『うむ、これでカガチが好みそうな高カロリーな物はあらかた回収出来たか』
『何がカガチの好みなのか分かりませんが……』
「シューネ様、魔戦車一両開けてあります!」
避難民の後ろから付いて行く魔戦車から兵士が顔を覗かせて叫んだ。
「いや良い、私も徒歩で移動しよう」
「はぁ、でも魔ローダーやヌッ様との魔法通信には魔戦車じゃないと」
「直ぐに両親が見つかりました!」
有能メイドさんが走って来た。心配していた両親は移動せずに門近くで待っていたのだ。
「シューネ様、魔戦車に搭乗しましょう! 歩くのがメンドクサイからじゃ無いですよ、全体の指揮を執る者は……あっいえ、差し出がましい事を」
言いかけて有能メイドさんは頭を下げた。
「その通りだ……私とした事が良い人と見られよう等と欲目が出たようだな」
そのまま二人は魔戦車に搭乗した。
『ヌッ様とル・ツーの諸君よ、仮宮殿から最後の一人が避難した。今や宮殿の中はもぬけの殻だ。チマタノカガチの誘引を開始して欲しい』
『……同僚の私の事を忘れておらんか?』
シューネは忙しさの中で夜叛モズの桃伝説の事を忘れていた。
『そんな訳が無かろう。省略したのだ』
『何故?』
『分かった、シューネご苦労だったな。ではこれより誘引を開始するぞ! 父上モズ殿お願い致す』
『わかった』
『うむ』
猫弐矢が叫ぶと、大猫乃主とモズが返事をしてフゥーが無言で頷いた。
『ちょっと待って、今山間部から出て来たカガチに魔砲ライフルを撃ちたい、とにかく撃ちたいの! そうじゃないと私の活躍が無くなるのよ』
『何を言い出すメランさん話聞いてたか? あんたもたいがい身勝手だな』
突然メランが猫乃の後ろから手を上げて叫んで、いつもとは逆にセレネが呆れた。
『よし良いだろう。第一撃はメラン殿から始めて下され』
『うっ簡単に許可するんだ?』
『ガンバレ! 兎幸もカバーするよ』
等と言いながら猫乃とメランは操縦席を交代した。地面に伏せたル・ツー漆黒ノ天はスコープにカガチを捉えて狙いを定めた。
『うおーー、やりますっ!! おりゃっ』
ドーンンドドーーン!!
ヒューンと数発の魔砲弾がカガチの首の一つに吸い込まれていく。
ビシャッ!!
魔砲弾は命中して首は吹き飛んだ。
「くおおおおおおーーーーんん!」
『当たった!!』
『まだまだ、続けて行きますよっ』
ドンドンドンドンドン!!
メランは狂った様にライフルを連発して行く。ほぼ無抵抗なぐらいに次々にカガチの首が吹き飛んで行く……
ビシャッバシャッビチャッ!!
『来たっ!』
猫弐矢の叫びが示す様に、カガチは川沿いに一直線に北上するのでは無くて、斜めに北西に仮宮殿に向けて移動を始めた。
『成功よね!? もう撃ち尽くしてやるわっ!!』
『メランさん目が怖いわ』
ドンドンドンドン!!!
ヒヨンッカッッ!!
メランが調子に乗って撃ち続けている瞬間、まだまだ無数に残っているカガチの一つの首の両目が赤く光った。
キィイイイイーーーーンン!!
光ったとほぼ同時にル・ツーに直撃していたはずの光線は、兎幸の魔ローンが跳ね返していた。この光線は砂緒の全力雷に報復した時の光線よりかは、遥かに威力が小さく兎幸の魔ローンで充分跳ね返す事が可能であった。
『大丈夫みたい!?』
『よしじゃあ、全弾撃ち尽くして……』
『いや、もうカガチは格闘戦の領域に入った。その魔銃と弾は大切にとっておくのだ』
『ちぇー』
メランは〇ツオの様に舌打ちすると、いよいよ猫乃と操縦席を交代した。
『これよりはワシがカガチを仮宮殿に誘引し、それをモズ殿が絶対服従で固定する。そしてヌッ様は砂緒殿が落下してくるまで、出来る限り首を削り続けるのじゃ! 行くぞっ!!』
『はいっ!!』
『行きましょうぞっ』
大猫乃主の号令の下、ヌッ様とル・ツー漆黒ノ天と桃伝説は一斉に走り出した。
※クラウディアにある内海湖と、東の地の西側中心を貫く巨大な内海とは名称が似ていますが別の物です。
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