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Ⅴ 千岐大蛇(チマタノカガチ)

カガチ⑧ ヌ様起動! Ⅲ 行くよっ

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「……」

 フゥーは涙で一杯の目のまま背後の山々に振り返った。

「フゥーくんおいで」
「あっ」

 猫弐矢ねこにゃはそっとフゥーの肩を抱き寄せて同じ様に背後の山を見た。大切なパートナー加耶カヤクリソベリルが行方不明になった直後である、もちろんよこしまな気持ちからでは無くて、単純に励ましたい気持ちと背後の山から感じる微妙な揺れからフゥーを守る為だ。しかし以前に砂緒とセレネと一緒に感じた時と同じ様に、今回の揺れもすぐに収まるだろうと思っていた。
 がっがっがっがっ

「わーーー?」
「え?」

 しかし猫弐矢達がいる周辺のみで起こっている揺れなのだが、少し大きくなった。
 ガラガラガラガラ……
さらに猫弐矢達が見ている目の前で山肌が崩れ出した。

「もしかしてヌ様が復活される? フゥーくんの涙がヌ様を呼び起こしたのかもしれない」
「山が崩れるの!?」
「伝説通りの大きさなら、山からボコッと全高十Nキロのヌ様が出て来られるはずだっ!!」
「う、嬉しいですが、ちょっとした大災害では!?」

 先程の慟哭から一転、唇の端っこがひきつりながらも少し笑顔になったフゥーは、もはや猫弐矢に抱かれたまま推移を見守った。
 がががっががっがっがららがらら……
 局地的な揺れが一段と大きくなった。

「遂に出るぞ……」

 ボコッ
 最後の揺れの後、目の前のとても低い位置の山肌が割れ、中から透明な球体が出て来た……

「え?」
「あれ……球体?? だけ」

 二人はふわりと飛んで来て目の前に着地した球体を近くで覗き込んだ。

「あの猫弐矢さま、球体の中心に魔ローダーの操縦席らしき物とコンソールと操縦桿がありますが」
「確かにあるね。それに操縦席を取り囲む様に数本の線がぐるっとある、鳥かごみたいな変な形状だな」

 もちろん猫弐矢達は見た事が無いが、天球儀の様な感じで操縦席の周囲を数本の金属の帯が囲っていた。

「透明だけど不思議な素材……」

 フゥーが思わず球体に触った瞬間だった。
 シュンッ
二人は一瞬で球体の中に取り込まれてしまった。

「うわっ!? 吸い込まれたけど……」
「座ってみます」

 フゥーは猫弐矢の手を離すと、導かれる様に操縦席に座った。
 ピピピ……
 シューーーーン ヒューーーン
すぐに魔法コンソールが反応し、あちこちからPCの駆動音の様な物が聞こえ始めた。

「飛んだっ! うわーー飛んだっ」

 後ろで立っている猫弐矢がよろめきながら叫んだ様に、二人を乗せた球体は再びフワリと浮くと、そのまま海に向かって飛び出した。

「この球体がヌ様と何か関係が? あっ海水に浸かります!!」

 ボチャッという音と共に、丁度アクティビティのウォーターバルーンが如く二人を乗せた球体は海水面に達した。
 ゴーーーーーーッ
 今度は球体の周囲の海面から何本もの水柱が立ち、球体に迫って来る。

「何だこれは!? どういう事なんだ??」
「……分かりました。何故だか分かりませんが分かりました。これがヌ様です……」

 猫弐矢が前に回りこんでフゥーの顔を見ると、再び泣いていた。自分の能力が嘘じゃないと分かったからか、それとも単にホッとしたからか恐怖からか良く分からない涙だった。

「ヌ様? 何処が??」
「見て……下さい」

 何本もの水柱が次々に二人が乗る球体に接近すると、ぐいんとバネの玩具、ス〇ンキーの様に球体に向けて曲がりくっついて行く。そしてくっつくと同時に単なる水流だった物が骨格や筋肉ぽい形状に変化して行った。

「まさか……これがヌ様の身体に?」
「はい、ヌ様は山から現れるのじゃなくて、水の中から生まれるそうです」
「水の中から生まれる?」

 二人が言っている間にも単なる海水の流れが次々に巨大な魔ローダー・ヌの身体を形成して行く……
 
 そして数十分が経った……
 
「見てごらん、ヌ様が現れたよ……というか僕達からは見えないけど」
「そうですね、透明の球体もすっかり魔ローダーの操縦室という風情になりました。けど魔法モニターは天井から床にまで貼ってあって視界が広い」

 二人はほぼ360度スクリーンの魔法モニターの画面をまじまじと見た。巨大な手足と遥か下の地上の景色が見える……ハズだが。

「なんかーーあれだね、十Nキロって感じでも無いねタハハ」

 猫弐矢はフゥーを傷付け無い様に感じていた事を遂にぼそっと言った。

「うっ実は私も感じてました。三百Nメートルくらい?? 私飛んだ事ないから分かりませんけど」
「確かに! アッハハハ」
「うふふ」

 猫弐矢自身はコンテナに運ばれて飛んだ事があるが、二人は笑い合った。

「でも、敵も丁度三百Nメートル、ならこれで充分だっ! フゥーくん君は本物のヌ様のドルイダスだっ! 誇って良いよ」
「はい……有難う御座います! お母さんも見守ってくれてると思います、早速動かしてみますっ!」
「うん」

 フゥーはいつもの調子で動かそうとした。

(うっ重い)

 フゥーはわずか三百Nメートル級のヌで異常な魔力の消費を感じた。

「どうしたんだい?」
「いえ、何でもありません。行けます。動かせます!」

 フゥーが叫んだ瞬間、ヌの両目がビカッと光った。

「よし仮宮殿に急ごう」
「行くよっヌッ様!!!」

 巨大な魔ローダー・ヌはゆっくりと歩みを始めた。その時既に夕方になっていた。


 ―クラウディア元王国仮宮殿。

 フィーーンフィーーン。
 それまで静まり返っていた宮殿内にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。避難している住民達は不安気に顔を見合わせた。

「第一観測用魔戦車から報告! チマタノカガチが活動を再開!! こちらに北上して来ました!」

 急遽配属されたオペレーターのメイドさんが、髪を振り乱し椅子ごと体を振り返って、切羽詰まった顔で貴城乃たかぎのシューネに報告した。

「遂に動き出したか。総員第一種戦闘配置だ。観測用魔戦車は第一防衛ラインまで後退」
「観測用魔戦車は第一まで後退、総員第一種戦闘配置です!」

 可愛い声のメイドさんが復唱する。椅子に座ったままのシューネが冷静に指令を出した。

「まだ夕方ですよ!? カガチは活動が活発になっているのか?? 猫弐矢殿達はどうなっているのですかっ」

 座るシューネの真後ろに立っていた夜叛やはんモズが、少し身を屈めてシューネの顔を見ながら言った。

「夜叛モズ、桃伝説ももでんせつの出撃を頼む」
「ああ、分かりましたよ」

 モズはシューネに促されて魔ローダー駐機場に向かった。
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