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Ⅴ 千岐大蛇(チマタノカガチ)

出会い、姫乃ソラーレと依世 下 依世と與止②鏡台の二人

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 ―再びナノニルヴァの宮正門。貴城乃たかぎのシューネはまだまだ警備兵達に取り囲まれて身動き出来ずにいた。

「此処でいくら粘って頂きましても、我らはどうする事も出来ません。一度お引き取り願いたいのですが」

 警備兵達の上級の高官は何故か半笑いでシューネに言い放った。いつも上から目線のシューネに恨みがあった様だ。

「いや、お気遣い結構。諦めずに此処でこうしておればいつか道が開けるかもしれませんからな」

 シューネは表情一つ変えず言った。

「なんと、週刊少年マンガの熱血主人公が如くに前向きな発言、見習いたい物ですククク」

 男は半笑いのまま、シューネの前を行ったり来たりしつつ嫌味を言った。
 どどどどどどどど……
と、遠くから不自然な音が響いてきて全員がふと振り返った。

「何だ?」
「?」
「どけええええええええええ!!!」

 ドカーーーン!!
 何かが物凄い勢いで走り抜けて行って、警備兵も上官もボーリングのピンの様に全員綺麗に弾け飛んで壁にぶち当たって気絶して泡を吹いた。そのままその何かはさらに凄まじい勢いで遠くに消えた。

「若君!?」

 さすがに一応魔法剣士のシューネには見えていた。駆け抜けて行ったのは若君紅蓮であった。当然彼なら宮の低い塀など誰にも気付かれる事無く飛び越えて行く事は可能だが、恐るべき視力で遠くに見えたシューネの危機をついでに救って行ったのだった。彼は姉姫乃ソラーレと貴城乃シューネがお互い決して口には出さないが、昔からほのかな恋心を抱いているのは充分承知していて、弟ながらに気に掛けていたのだった……

「いやまあ警備兵共が寝ているならば致し方ない、此処は通してもらおうか。こうしてこうしてと……」

 彼はメモ用紙に謎の怪異の仕業なりと書いてセ〇テープで柱に貼ると先を急いだ。


「さぁお座りなさい」
「は、はい」

 姫乃は美柑ミカを鏡台の前に座らせると、お団子と輪っかを複雑に組み合わせた髪型の片方をしゅるっと解いた。

「まあ……なんて美しい金髪なのかしら、お人形さんみたいね。想像の與止日女よとひめは黒髪だったから新鮮ですわ……」

 姫乃はうっとりとした目で美柑の長い髪を手で撫ぜ続けた。

「は、はぁ空想の妹さんですねアハハ」

 美柑はどこまで踏み込んで入り込んでよい話なのかドギマギしながら聞いた。そのまま姫乃はもう片方の髪型も解いてしまうと、ゆっくりと櫛で長い髪を梳かして行った。

「嬉しいわ、夢が一つ叶いました。こうして可愛い妹の髪を梳くのが夢だったのですよ」

 鏡には髪の色こそ違えど、本当の姉妹の様に慈しんで妹の髪を梳き続ける姉の姿があった。

(お姉……さま……)

 しかし美柑こと依世いよは、その鏡に映る二人の姿が幼き日の姉夜宵やよいとの懐かしい日々に重なって見えて、不意に寂しさとも悲しみともつかない謎の涙がぽたっぽたっと落ち始めてしまった。

「どうしたの依世ちゃん? それ程わたくしが恐ろしいのですか?」

 姫乃は慌てて櫛を止めて美柑の顔を覗き込んだ。

「い、いいえ怖いだなんて、むしろ嬉しいです。私も姫乃さんの事を本当のお姉さんみたいに思ってしまって」

 彼女は笑顔のまま目を閉じて必死に涙を拭い続けた。しかし美柑は神聖連邦帝国とセブンリーフの微妙な関係を考えて、実の姉夜宵こと同盟の女王雪乃フルエレの事は伏せた。

「じゃあゆっくりと目を開けてごらんなさい」
「え? いきなりプレゼントですか!?」

 涙を拭い続けた美柑は厚かましい言葉を発して、言われるままそっと目を開けた。

「さあ動かないで下さいな」
「う?」

 目を開けた美柑の顔の真ん前には突き付けられた短魔銃の砲口があった。

「貴方は天使では無くて何処かの国の間者ですね? わたくしが妹を欲しがっている事まで良く調べて……何が目的ですか?」

 美柑は迷った。超A級冒険者の彼女ならば、この近距離からでも指の動き一つを見切って短魔銃を弾き飛ばし充分に反撃する能力があったし、膝に乗るフェレットが本気を出せば変身しなくとも姫乃をひっかいて止める事も出来た。けれどそんな事をして良いのだろうかという迷いの方が大きかった。

「……姫乃さん落ち着いて聞いて下さい」
「何をですか?」
「実は私、紅蓮のパートナーなんです」
「え?」

 姫乃は衝撃の顔をした。

「だから銃を収めて下さいませんか」
「……つまりもう紅蓮は生きていないのですね!? なんと酷い事を……許しませんよ!!」

 姫乃は涙を滲ませ片手で魔銃を構えたまま、目頭を押さえた。

「思い込み激しいですっ! 生きてますよっ紅蓮死んでませんってば~~~!!」
「黙りなさい! 色香で紅蓮を骨抜きにして情報を聞き出して後に亡き者にしたのですね!? 許しませんよっ」

 いよいよ姫乃の怒りは頂点に達した。美柑は呆れて冷や汗を流した。

「色香なんて無いよ~~~も~~!!」
「分かりました。私の手には負いかねます。今人を呼びますから、おとなしくするのですよ」
「も~~~いちいち先に何するか言っちゃダメだよ~~先手打たれちゃうよ!」

 心の声が駄々洩れなくらいに何でも口に出して解説する姫乃を心配する美柑だった。

(ダメだ……此処で捕まる訳には行かない、上手く姫乃さんを気絶させてトンズラしよう)

 と、美柑が考えた直後だった。

「皆のも……むぐっ!?」

 突然姫乃は後ろから強い力で羽交い絞めにされて、口を手で押さえ付けられてしまった。必死に後ろを振り返ろうとする姫乃。
 ガタッ
 美柑はすくっと鏡台の椅子から立ち上がった。
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