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III プレ女王国連合の成立

セレネと旅III 3 荒涼回廊からの帰還人、角ガールの伝説!

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「おお流石っ! 内地に在っても域外の帝国の情勢にお詳しいですね」
「当然です。新ニナルティナの騎士としてはその程度の知識が無ければやっておれませんふふふ」
「へェー」

 砂緒は自慢げに語ってからお茶を飲んだ。セレネは目を細めて砂緒を見た。

「しからば荒涼回廊の北部にある軍閥の事はご存じですね?」
「え? 荒涼回廊北部の軍閥とな……そのまんまハイア領となるのでは……す、すいません知りませんでした、ごめんなさい土下座します」

 砂緒が素直に無知を認め土下座しようとする。

「お、おい国の使者を名乗るなら軽々しく土下座をするな! 可愛いヤツだなあ」

「ふふ、面白い方。内地にあってはご存じ無くて当然です。我々がかつてニナルティナの王様達から域外の帝国に遣いを送ると言っても、結局は荒涼回廊北部にある帝国人の出先機関に遣いを送る事と同義でした。所がご存じの様に域外の帝国ハンナ朝が崩壊して以後は各地が軍閥割拠して、出先機関がある地域も例外では無く、当地の軍閥が勝手に出先機関を占拠してしまう始末。つまり我々が都に遣いを送ろうとすると結局は軍閥の臨検を受け、運が悪いと横取りされてしまう有様なのです」

「ほほう、ややこしい話ですなあ」
「なる程、セブンリーフも戦乱続きだが、域外の帝国もいい加減な事になってたんだな」

「左様です。所が最近ハイア王国内でスマイェルという軍師がめきめきと力を付け、その者が荒涼回廊北部の軍閥を征伐するという噂があります。もし軍閥が消え去れば、腐っても鯛でハンナの跡を受け継ぐハイアに遣いを送る事も可能となるでしょう」

「ハイアに遣いを送るか……」

 セレネが物憂げにぽつりと言った。

「我々は最近偶然、フォルモサ島国を狙うクロスの動向を知ったのですが、地理的理由とは言えアッシュ王国の情報を知りません。何かご存じですかな?」

 砂緒はなんだか暗い顔になったセレネを見て話題を転換した。

「アッシュですか……あそこは確かに我々から最も遠く縁遠い上に一番勢力が小さく、なんとか言うスマイェルのライバルの天才軍師が実質的に治めているのですが、その者がもしいなくなるといよいよ危ないと……ああそう言えば私が持っている魔連銃は、その天才軍師が開発したという伝説がありますね……どうやら魔法機械発明者で色々な魔輪や魔車や魔ローダーを開発しているみたいです」
 
「なんだよ、ハイアもアッシュも軍師が治めているのかよ」
「ほほう発明家ですか、フルエレが大好きな人種ですな」
「またフルエレさんかよ……」
「そのフルエレさまとは?」
「ああ、今セブンリーフ北部を収める女王陛下だ。実質的にここの飛び地も今は女王の支配下となった、心して仕える様に」
「とても美しい方ですぞ! ふふふ」
「え? そ、そうなのですか、心得ました!」

 第七代伽耶クリソベリルはうやうやしく頭を下げた。

「恥掻き次いでにお聞き致すが、未知の東の地については何かご存じかな? 何か個別に貿易があるとか何でも良いのですぞ!」
「東の地……」

 クリソベリルが遠い目をした。

「実は我が館やこの辺りの荒涼回廊南岸地域には、セブンリーフ北部出身者だけでは無く、先程お話した通り東の地のクラウディアやガ・アル出身者が結構居るのです。かくいうこの私の氏族もクラウディア出身なのです……」

 第七代伽耶クリソベリルが再び遠い目をした。砂緒は余程の望郷の念があるのだなと悟った。

「……クリソベリル殿、クラウディアは知っておるのですが、ガ・アルとは?」
「あたしゃも気になったー」
「は、はい……申し訳ありません」
「謝る必要は無いのです、教えて下さい」
「はい、ガ・アルとはいにしえの角ガールの伝説に由来する土地です」
「角ガールとは?」

「はい、今より数十年前とも百年以上とも言われる昔、この南岸地域の首長に突然角のある娘が生まれたのです。その子は角ガールと呼ばれ、継母や義姉達から毎日いじめを受け続け、ある日遂に家宝の神宝を持ち家出して、東の地に帰還人する事にしたのです」

「シンデレラですか? 私の周囲で家出娘の話多すぎです。」
「その帰還人というのは何なのだ?」

 セレネが訊く。

「あ、はい……帰還人とは元々セブンリーフ人や東の地の人々が小舟に乗りこの荒涼回廊の南岸地域に住み着いた後に、再びセブンリーフや東の地に戻って行く事です。それを帰還と言います」

「おお、つまり英国人がアメリカに移民して、何代かしてから再び英国に戻るみたいな話ですな」
「話ややこしくすんなよ、何だよメリ粉って……」

 第七代クリソベリルは砂緒とセレネが話し終わるのを静かに待った。伽耶は二人は仲が良いのだなー羨ましいなーーと思った。

「そして東の地に帰還した角ガールは、クラウディアやあちこちを旅したのち、遂には内海の東に尽きる湾のさらに東の山々に囲まれた聖地にあるソラーレという大きな国の聖帝に認められ、角ガール角ガールと呼ばれ人気者となり北側の沿岸にある角の形に似た地ガ・アルを領地として与えられたとも、再び荒涼回廊に向かった時に聖帝の名前の一部を与えられたとも言われています……この様に聖帝に認められる事は、帰還人のサクセスストーリーとして語り継がれているのです。嗚呼私もいつか父祖の地であるクラウディアに帰還してみたい……」

 砂緒は第七代伽耶クリソベリルの表情に、畏まった役職としての表情では無く、初めて彼女自身の心の奥底にある素直な気持ちを見た気がした。

「伽耶殿……」
「ヘェーーーえらくその聖帝とやらに御執心だな」

 セレネが機嫌を悪くした。

「ハッ! ちち、違います! 私は心も体もニナルいや、ユティトレッドの民、女王様の臣下に御座います」
「結構調子良いですな」

 しかしさらにセレネが第七代伽耶クリソベリルの忠誠を試す様に、わざわざ要らん事を言う。

「……でもクラウディア王国は神聖連邦帝国という国に最近ぶち滅ぼされたらしいぞ! 残念だったな」
「え……そうなのですか……いにしえの角ガールちゃんの様に、いつかクラウディアに帰還してみたい、それがわたくしの夢……そう思いながらこの地の夜空を眺めて生きて来たのですが、そうなのですね、もう滅んでいたのですね……」

 クリソベリルは静かに上を向き、希望が断たれた様な悲し気な笑顔で言った。砂緒はクリソベリルの目にうっすら涙が滲んでいる様に感じた。

「何を要らん事を言うのですか? 無い乳を揉み倒しますぞ! 可哀そうでは無いですか」
「おーーー揉んでみろよ」

 セレネは低い胸を突き出した……またもクリソベリルは二人のやり取りを無言で待つ。

「それは兎も角……クリソベリル殿、ご安心召されい! クラウディアは滅亡したと言っても、支配権を神聖連邦帝国とやらに移譲しただけで、民や王族は無事にそれまで通り普通に暮らしておりますぞ!! 何しろ私は家出して来たクラウディアの王女と同居しております! 彼女とはマブのダチですからな」
「そうなのですか!?」
「ええ、ああそうだ! 何なら一緒にクラウディアに行ってみましょうか?? ねえセレネ? 彼女をクラウディアに連れて行ってみませんか?」
「エーーー」

 セレネはあからさまに嫌そうな顔をした。

「何故ですか? 何か問題があるのですか?」
「おじい様から東の地に行くなと言われている!」
「何ですか、まおう軍の上を通るなだの、東の地に行くなだの、貴方こそ自由に生きたら良いじゃないですか?」
「ぐぐ………………お前の癖に偉そうな……ただの帰宅拒否なだけだろ!」
「………………」

 セレネの言う通りだった。

「ま、まあお二人共、落ち着いて下さい、私が此処の役職を投げ捨て、帰還する事等あり得ないですから」
「……クリソベリル、帰還したいのなら貴方の好きにして良いのですよ。一族の者から新たな館の主を選出したり何なら私が復職しても良いのです……」
「お母様!?」

 第七代クリソベリルが慌てて声がした方を振り返ると、母親が居た。つまり第六代伽耶クリソベリルなのかと砂緒とセレネも思って見た。

「ご挨拶が遅れました。この者の母親で御座います。ユティトレッドの王女殿下にはご機嫌麗しゅう御座います。この様な鉱物しか無い所にお越し下さいまして有難き幸せで御座います」

 母親もスカートをぴらっと持って恭しくお辞儀をした。慌ててセレネも一応立ち上がって軽く頭を動かす。

「うむ、苦しゅうないぞ、挨拶痛み入る楽に致せ」
「えらっそーーーですね、無い乳揉み倒しますぞ」
「だからやってみろよ」
「いや奥方、そう畏まらずに! 彼女をビュンとクラウディアにお連れして良いのですかな?」
「ええ、この子の可能性を信じてみたい……是非にお連れ下さって欲しいです」
「お母様……良いのでしょうか……」

 第七代伽耶クリソベリルは思いも寄らない自身の運命の展開に、恐れとも期待ともつかない表情をした。
 ウウウーーーーーウウウーーーーーー!!!
突然館の中にサイレンの音が響く。

「ご報告します! ゴブリン・オーク・コボルトの連合軍が砦に攻め寄せて来ました!!」
「まあ大変! 今は正門が潰れたばかりなのに!! こんな時に……」
「うっ」
「ゴブリンやオークがまだ居るのか?」
「はい、異民族の他にもドラゴンやモンスターがうじゃうじゃ居ます!!」
「何と……その様な存在が兎幸の博物館の外にもまだまだ沢山いるのですな」
「は、はい申し訳ありません! 私はまた両手に魔連銃を持ち、撃退せねばなりません! しばし此処でおくつろぎ下さいませ!」

 第七代伽耶クリソベリルは一転して厳しい表情になると赤い鉢巻をきゅっと締めた。しかし一礼して立ち去ろうとするクリソベリルの手首を、砂緒がわしっと掴んだ。
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