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II メドース・リガリァと北部海峡列国同盟
北部海峡列国同盟締結 15 砂緒とフルエレ、魔ローダー日蝕白蛇輪、黄金の翼の祈り
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回復魔導士が脈や呼吸を調べる。まだセレネの生命は微かにあったが終末は近付きつつあった。
「どうすればいいの……どうしてこんな事になったの……」
フルエレが呟くが誰も何も言わない。七華は深刻な事態だが、初対面の相手でもあって、どう対応して良いか分からず、遠くで黙ったまま見ていた。フルエレに優しく声を掛けようかとも思ったが、自分自身でらしく無いと思い、黙ったままだった。その間も砂緒はセレネの手を握りながら泣きじゃくっていた。
(あんなに砂緒が泣いて……一体どういう関係の娘なのだろう?)
顔に文字が書いている様に分かり易い時と、何を考えているのか分からない表情に乏しい時と落差が激しいな……なんて事を考えながら推移を見ていた。自分自身で冷たい女だなと思った。
「セレネ……」
ピーーー
砂緒が何か言いかけたと同時だった、メランの乗る黒い稲妻Ⅱの特殊スキル回復(弱)の再始動ブザーが鳴った。
「あ、あの……回復(弱)可スタンバイですが……どうすればいいの?」
メランが操縦席から遠慮がちに聞く。セレネを診ている回復魔導士数人が、無言で小さく首を振った。
「待って下さい」
ずっとセレネの手を握り、幼児の様に泣きじゃくっていた砂緒が、涙も拭かず突然すくっと立ち上がった。
「砂緒?」
フルエレが砂緒を見る。
「………………メラン、回復(弱)発動と同時に飛び降りて下さい」
「え?」
「瑠璃ィ、私とフルエレを大急ぎで操縦席に届けて下さい、早くっ!」
「は?」
「メラン、確実に飛び降りて下さい、後は知りませんから」
周囲の者は何を言っているのか理解出来なかった。殆どの者は頭がおかしくなったとしか理解していなかった。
「砂緒……分かったわ……、イェラお願いメランを受け止めて! メランごめんね、言う通りにして上げて……」
「えぇ……本気なの!? フルエレさんまで?」
「よし、メラン君が落ちそうな場所に男達はマントを貼るんだ!! 落ちた場合の治療も!!」
「えぇ……」
メランは血の気が引いた。何かの手段でセレネさんを助けるのだろうけど、私の安全も考慮してよと。
「息のある内に早くっ!!」
「よっしゃ、行くで、嬢ちゃんも行くで!!」
「きゃっ!」
瑠璃ィは砂緒とフルエレを両脇に抱えると、造作も無くピョンピョンと装甲を伝って、二人を魔ローダー日蝕白蛇輪の操縦席に届けた。
「フルエレ、すいません……無理な事を言って。すぐに理解してくれましたね」
「砂緒と旅して結構経つもの、当然じゃない……」
「砂緒さん、何をするのか分かりませんが、セレネさんに再度回復(弱)行きます!」
メランが魔ローダー黒い稲妻Ⅱの巨大な両手でセレネを包む。
「ふーーーーー、怖いよ……飛び降りろって何よ……」
メランは全高約二十五Nメートルの魔ローダーの、十数Nメートルの場所の腹部に位置する操縦席から下を覗く。約五階建て程の高さだった……メランは両手に風系の魔法を纏わせる。
「では、行きますよ!」
メランの合図で蛇輪が尖った指先で手刀のポーズを決める。
「いつでもどうぞ!」
砂緒がいつもとは別人の様な、きりっとした男らしい顔になっていた。メランは深呼吸をした。
「ふぅーーーーーーーーーーーーー1、2、回復(弱)!!! てやっ!!!」
シュバア!! キラキラキラ……
セレネを包む巨大な両手が真っ白に光り、セレネも真っ白に光った。
ガシュッッ!!!
「きゃーーーーーーーーー!!」
無言で黒い稲妻Ⅱの胸に手刀を打ち込む蛇輪。メランはそれこそ死ぬ気で飛び降り、瑠璃ィとイェラが恐ろしく正確に、二人で落ちて来た布団でも掴む様にしっかり受け止めた。
「何をする気なんだ!?」
黒い稲妻Ⅱの胸に巨大な手刀を打ち込んだまま、じっとしている二人の蛇輪。
「フルエレ……どうですか? 来てる感覚ありますか??」
「ごめんなさい、分からない……やってみるしか……」
「では!」
砂緒は黒い稲妻Ⅱから手刀を引き抜くと、皆に倒れない様に、肩を持って、ゆっくり後ろに寝かせた。それでもかなりの衝撃が響き、セレネの身体も揺らした。
「フルエレ、怖いです、一緒にお願いします」
「ええ、私も、一緒にやりましょう」
操縦席で一つの座席に二人で座り、二人で操縦桿を握った。
「………………回復!!」
「………………回復!!!」
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
メランの黒い稲妻Ⅱの回復(強)より何倍も激しく光る掌。
ピーーー
さらには瞬時にスタンバイのブザーが鳴った。
「来たっ! 能力吸収成功です!」
「行くわよ!! 倒れるまでするわ!!」
「はいっ!!」
人々が避ける中、今度は魔ローダー蛇輪の両手で優しく包む様にセレネを覆った。
「回復!!」
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
「回復!!」
「回復!!」
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
何度も何度も吸収したばかりの特殊スキル回復を繰り返す二人の蛇輪。しかしセレネはピクリとも動かない。
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
(治れ!! 治れ!! 治れ!! 治れ!! 治れ……!!)
砂緒とフルエレ、二人共ずっと涙を流しながら必死に回復を掛け続けた。何度も何度も激しい光がセレネを包む。砂緒は必死に回復を繰り返す間、短い間だったが、セレネと出会ってから、喫茶猫呼で一緒に過ごした日々が浮かんで離れなかった。
キモイキモイ連呼する顔も、不機嫌な顔も、鬱モードの姿すら愛おしく思えた。
「回復!! 治れ!! 回復!! 治れ!! 回復!! 戻れ!! 回復!! 戻れ!! 回復!! 治れ!! 回復!! 治れ!! 回復!! 戻れ!! 回復!!」
繰り返し繰り返し何度言ったか分からない程回復と連呼する内に、砂緒はだんだんトリップする様な感覚に囚われて行く。今が起きているのか寝ているのか分からない、フルエレの回復という叫びもだんだん遠い音の様になって来た……気を失いかけているのか? 段々と周囲が暗くなった。
気付くと一番最初の、消えかけのぼんやりとした銀河系の様な煌めきが、うっすらと遠くに見える以外、何も無い本当に深い真っ暗な空間に戻っていた。ただ当時と違うのは、砂緒自身はしっかりと人間の姿をしており、手足をはっきり確認出来た。おまけに何も無い空間なのに歩いて進む事も出来た。
「?」
ふと気付くと、砂緒の真横を小さい蛍の様な、か細い光の球が飛んで行く。砂緒は無言で後を追った。
「………………あれは?」
砂緒が蛍の飛んで行く先を見ると、見覚えのある大きな光の玉があった。小さな蛍の光はゆらゆらと吸い込まれる様に大きな光に向かって行く。瞬間的に小さな光がセレネだと思った。
「ダメだ……行ってはだめだ……違う世界に行かないで下さい……」
砂緒は歩きながら蛍火を掴もうとするが、スカっとなって全く掴めない。しかし諦める事無く、何度も何度も繰り返した。
「行かせない……まだまだ、行かせません」
砂緒自身が魂のイメージ的な存在なのに、ずっと涙が流れ続けていた。先程回復を繰り返していた時の様に、ずっと元気なセレネの姿が思い浮かんでいた。
「絶対に捕まえる!! あと……少し……」
昆虫採集に夢中になっている少年の様に、ずっと手を振り続け、遂に小さな蛍火を手のひらに包んだ。
「!」
気が付くと、操縦席で真横でフルエレが泣きながら回復を叫んでいる。気を失っていたのか、そもそも何も起きていなかったのか、とにかく砂緒も再び回復と叫び出した。
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 好きだ!! 回復!! セレネ好きだ!! 回復!! セレネ好きだ戻れ!! 回復!! 戻れ戻れ!! 回復!!」
バシャッ!!!
何度目か分からない程回復と叫んだ時だった、たたんだままの背中の翼がバシャッと開き、飛行体勢の様に面積が伸びると、いつか月から帰還した時の様に黄金の粒子を発し始めた。
「何? これは何なの?」
「凄い……不謹慎だけど……綺麗」
七華や周囲で固唾を飲んで見守っている人々の上に降りかかるキラキラ粒子。辺り一面が金色に染まる程の量に思え、特にもともとクロームメッキの鏡面仕上げの様な、蛇輪の機体全体が金色に染まった。
「今気付いた、セレネは私が人間性を獲得してから初めて好きになった人……初恋の人なんです、絶対に死なせない! 絶対に助ける、絶対に蘇らせる!!! 回復!!!!!」
フルエレはぼんやりと悟っていた。自分に最初に会って初めて見た事による、親鳥への刷り込みの様な感情と、色々な物を見聞きした後に知ったセレネへの感情の違いを。
「砂緒、一緒に戻しましょう!! 回復!!!」
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
砂緒は不思議と、セレネと入った喫茶店で、無邪気に遊びで好きだと連呼した時の事を思い出していた。またあんな風に遊びに行きたいな……等とぼんやり考えていた。
「回復!!!!!」
キィイイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーンンンンン!!!
シュバアアアアアアアアアアアアアア、キラキラキラキラキラ………
突然最後にひと際派手に、花火大会の最後に連発されるスターマインの様に蛇輪のあちこちからキラキラ粒子が放出されて、周囲の人々は眩しくて目が開けられなくなった。
「かはっ!! げほっげほっ……はぁはぁ……うくっ」
光りが止むと、突然セレネが上半身を揺らしてげほげほ咳を始めた。しかしその姿は瀕死とか死の寸前という物では無く、顔色には血の気が戻り、まるで海で溺れた人が救助された直後の様であった。
「信じられん……診断を」
「………………完治では無いが……大幅に回復している、命とかは全然大丈夫だ……もう」
「あ、ああ、あああ、ふ、フルエレ、フルエレ!! セレネが!!」
砂緒は真横のフルエレを見ると、先程まで鬼気迫る勢いで回復を連呼していたフルエレは、月から帰還した直後の様にすーすーと寝息を立てて寝ていた……
「そうなんですね、月に行って帰ってくる程の消費を……本当にありがとう……絶対に貴方の事もこの先もずっと守ります……けど、今は……」
砂緒は蛇輪を静かに片膝を着かせると、ずっと開いたままのハッチから飛び降りた。
「はぁはぁ……信じられません。本当なんですね」
砂緒は嬉しすぎて、震えてもつれる足がもどかしく歩いた。
「セレネ……」
砂緒がセレネの面前に立つと、セレネは自力でゆっくりと上半身を上げた。
「恥ずかしいわ……ありが、とう……」
笑うとも怒るともつかない微妙な表情の、砂緒を見上げて言う姿は、いつものセレネに戻っていた。砂緒は力が抜けて、ずしゃっと両膝を地面に着けた。
「……良かったです」
「目をつぶれ」
(……元気になった途端にいきなり殴られる?)
セレネは目の前の砂緒を一回ぎゅっと抱きしめると、いきなり人々の見守る中でキスをした。セレネ自身にとって初キスだった。
「おおおおおおおーーー」
人々の間にどよめきが起こる。短いキスが終わると、セレネは再び砂緒を抱き締めて頭の銀髪をくしゃくしゃにした。
「もう離しません」
砂緒もセレネの事を抱き締めた。
「いたいいたいて」
「あぁすいません」
そう言って二人共離れて見つめ合うと、再びキスをした。それが何度も繰り返された。魔ローダー日蝕白蛇輪の操縦席では雪乃フルエレが眠りこけたままだった。
「どうすればいいの……どうしてこんな事になったの……」
フルエレが呟くが誰も何も言わない。七華は深刻な事態だが、初対面の相手でもあって、どう対応して良いか分からず、遠くで黙ったまま見ていた。フルエレに優しく声を掛けようかとも思ったが、自分自身でらしく無いと思い、黙ったままだった。その間も砂緒はセレネの手を握りながら泣きじゃくっていた。
(あんなに砂緒が泣いて……一体どういう関係の娘なのだろう?)
顔に文字が書いている様に分かり易い時と、何を考えているのか分からない表情に乏しい時と落差が激しいな……なんて事を考えながら推移を見ていた。自分自身で冷たい女だなと思った。
「セレネ……」
ピーーー
砂緒が何か言いかけたと同時だった、メランの乗る黒い稲妻Ⅱの特殊スキル回復(弱)の再始動ブザーが鳴った。
「あ、あの……回復(弱)可スタンバイですが……どうすればいいの?」
メランが操縦席から遠慮がちに聞く。セレネを診ている回復魔導士数人が、無言で小さく首を振った。
「待って下さい」
ずっとセレネの手を握り、幼児の様に泣きじゃくっていた砂緒が、涙も拭かず突然すくっと立ち上がった。
「砂緒?」
フルエレが砂緒を見る。
「………………メラン、回復(弱)発動と同時に飛び降りて下さい」
「え?」
「瑠璃ィ、私とフルエレを大急ぎで操縦席に届けて下さい、早くっ!」
「は?」
「メラン、確実に飛び降りて下さい、後は知りませんから」
周囲の者は何を言っているのか理解出来なかった。殆どの者は頭がおかしくなったとしか理解していなかった。
「砂緒……分かったわ……、イェラお願いメランを受け止めて! メランごめんね、言う通りにして上げて……」
「えぇ……本気なの!? フルエレさんまで?」
「よし、メラン君が落ちそうな場所に男達はマントを貼るんだ!! 落ちた場合の治療も!!」
「えぇ……」
メランは血の気が引いた。何かの手段でセレネさんを助けるのだろうけど、私の安全も考慮してよと。
「息のある内に早くっ!!」
「よっしゃ、行くで、嬢ちゃんも行くで!!」
「きゃっ!」
瑠璃ィは砂緒とフルエレを両脇に抱えると、造作も無くピョンピョンと装甲を伝って、二人を魔ローダー日蝕白蛇輪の操縦席に届けた。
「フルエレ、すいません……無理な事を言って。すぐに理解してくれましたね」
「砂緒と旅して結構経つもの、当然じゃない……」
「砂緒さん、何をするのか分かりませんが、セレネさんに再度回復(弱)行きます!」
メランが魔ローダー黒い稲妻Ⅱの巨大な両手でセレネを包む。
「ふーーーーー、怖いよ……飛び降りろって何よ……」
メランは全高約二十五Nメートルの魔ローダーの、十数Nメートルの場所の腹部に位置する操縦席から下を覗く。約五階建て程の高さだった……メランは両手に風系の魔法を纏わせる。
「では、行きますよ!」
メランの合図で蛇輪が尖った指先で手刀のポーズを決める。
「いつでもどうぞ!」
砂緒がいつもとは別人の様な、きりっとした男らしい顔になっていた。メランは深呼吸をした。
「ふぅーーーーーーーーーーーーー1、2、回復(弱)!!! てやっ!!!」
シュバア!! キラキラキラ……
セレネを包む巨大な両手が真っ白に光り、セレネも真っ白に光った。
ガシュッッ!!!
「きゃーーーーーーーーー!!」
無言で黒い稲妻Ⅱの胸に手刀を打ち込む蛇輪。メランはそれこそ死ぬ気で飛び降り、瑠璃ィとイェラが恐ろしく正確に、二人で落ちて来た布団でも掴む様にしっかり受け止めた。
「何をする気なんだ!?」
黒い稲妻Ⅱの胸に巨大な手刀を打ち込んだまま、じっとしている二人の蛇輪。
「フルエレ……どうですか? 来てる感覚ありますか??」
「ごめんなさい、分からない……やってみるしか……」
「では!」
砂緒は黒い稲妻Ⅱから手刀を引き抜くと、皆に倒れない様に、肩を持って、ゆっくり後ろに寝かせた。それでもかなりの衝撃が響き、セレネの身体も揺らした。
「フルエレ、怖いです、一緒にお願いします」
「ええ、私も、一緒にやりましょう」
操縦席で一つの座席に二人で座り、二人で操縦桿を握った。
「………………回復!!」
「………………回復!!!」
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
メランの黒い稲妻Ⅱの回復(強)より何倍も激しく光る掌。
ピーーー
さらには瞬時にスタンバイのブザーが鳴った。
「来たっ! 能力吸収成功です!」
「行くわよ!! 倒れるまでするわ!!」
「はいっ!!」
人々が避ける中、今度は魔ローダー蛇輪の両手で優しく包む様にセレネを覆った。
「回復!!」
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
「回復!!」
「回復!!」
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
シュバアアアアアア!!!! キィーーーーーーンン!!! キラキラキラ……
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
何度も何度も吸収したばかりの特殊スキル回復を繰り返す二人の蛇輪。しかしセレネはピクリとも動かない。
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
(治れ!! 治れ!! 治れ!! 治れ!! 治れ……!!)
砂緒とフルエレ、二人共ずっと涙を流しながら必死に回復を掛け続けた。何度も何度も激しい光がセレネを包む。砂緒は必死に回復を繰り返す間、短い間だったが、セレネと出会ってから、喫茶猫呼で一緒に過ごした日々が浮かんで離れなかった。
キモイキモイ連呼する顔も、不機嫌な顔も、鬱モードの姿すら愛おしく思えた。
「回復!! 治れ!! 回復!! 治れ!! 回復!! 戻れ!! 回復!! 戻れ!! 回復!! 治れ!! 回復!! 治れ!! 回復!! 戻れ!! 回復!!」
繰り返し繰り返し何度言ったか分からない程回復と連呼する内に、砂緒はだんだんトリップする様な感覚に囚われて行く。今が起きているのか寝ているのか分からない、フルエレの回復という叫びもだんだん遠い音の様になって来た……気を失いかけているのか? 段々と周囲が暗くなった。
気付くと一番最初の、消えかけのぼんやりとした銀河系の様な煌めきが、うっすらと遠くに見える以外、何も無い本当に深い真っ暗な空間に戻っていた。ただ当時と違うのは、砂緒自身はしっかりと人間の姿をしており、手足をはっきり確認出来た。おまけに何も無い空間なのに歩いて進む事も出来た。
「?」
ふと気付くと、砂緒の真横を小さい蛍の様な、か細い光の球が飛んで行く。砂緒は無言で後を追った。
「………………あれは?」
砂緒が蛍の飛んで行く先を見ると、見覚えのある大きな光の玉があった。小さな蛍の光はゆらゆらと吸い込まれる様に大きな光に向かって行く。瞬間的に小さな光がセレネだと思った。
「ダメだ……行ってはだめだ……違う世界に行かないで下さい……」
砂緒は歩きながら蛍火を掴もうとするが、スカっとなって全く掴めない。しかし諦める事無く、何度も何度も繰り返した。
「行かせない……まだまだ、行かせません」
砂緒自身が魂のイメージ的な存在なのに、ずっと涙が流れ続けていた。先程回復を繰り返していた時の様に、ずっと元気なセレネの姿が思い浮かんでいた。
「絶対に捕まえる!! あと……少し……」
昆虫採集に夢中になっている少年の様に、ずっと手を振り続け、遂に小さな蛍火を手のひらに包んだ。
「!」
気が付くと、操縦席で真横でフルエレが泣きながら回復を叫んでいる。気を失っていたのか、そもそも何も起きていなかったのか、とにかく砂緒も再び回復と叫び出した。
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 好きだ!! 回復!! セレネ好きだ!! 回復!! セレネ好きだ戻れ!! 回復!! 戻れ戻れ!! 回復!!」
バシャッ!!!
何度目か分からない程回復と叫んだ時だった、たたんだままの背中の翼がバシャッと開き、飛行体勢の様に面積が伸びると、いつか月から帰還した時の様に黄金の粒子を発し始めた。
「何? これは何なの?」
「凄い……不謹慎だけど……綺麗」
七華や周囲で固唾を飲んで見守っている人々の上に降りかかるキラキラ粒子。辺り一面が金色に染まる程の量に思え、特にもともとクロームメッキの鏡面仕上げの様な、蛇輪の機体全体が金色に染まった。
「今気付いた、セレネは私が人間性を獲得してから初めて好きになった人……初恋の人なんです、絶対に死なせない! 絶対に助ける、絶対に蘇らせる!!! 回復!!!!!」
フルエレはぼんやりと悟っていた。自分に最初に会って初めて見た事による、親鳥への刷り込みの様な感情と、色々な物を見聞きした後に知ったセレネへの感情の違いを。
「砂緒、一緒に戻しましょう!! 回復!!!」
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
「回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!! 回復!!」
砂緒は不思議と、セレネと入った喫茶店で、無邪気に遊びで好きだと連呼した時の事を思い出していた。またあんな風に遊びに行きたいな……等とぼんやり考えていた。
「回復!!!!!」
キィイイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーンンンンン!!!
シュバアアアアアアアアアアアアアア、キラキラキラキラキラ………
突然最後にひと際派手に、花火大会の最後に連発されるスターマインの様に蛇輪のあちこちからキラキラ粒子が放出されて、周囲の人々は眩しくて目が開けられなくなった。
「かはっ!! げほっげほっ……はぁはぁ……うくっ」
光りが止むと、突然セレネが上半身を揺らしてげほげほ咳を始めた。しかしその姿は瀕死とか死の寸前という物では無く、顔色には血の気が戻り、まるで海で溺れた人が救助された直後の様であった。
「信じられん……診断を」
「………………完治では無いが……大幅に回復している、命とかは全然大丈夫だ……もう」
「あ、ああ、あああ、ふ、フルエレ、フルエレ!! セレネが!!」
砂緒は真横のフルエレを見ると、先程まで鬼気迫る勢いで回復を連呼していたフルエレは、月から帰還した直後の様にすーすーと寝息を立てて寝ていた……
「そうなんですね、月に行って帰ってくる程の消費を……本当にありがとう……絶対に貴方の事もこの先もずっと守ります……けど、今は……」
砂緒は蛇輪を静かに片膝を着かせると、ずっと開いたままのハッチから飛び降りた。
「はぁはぁ……信じられません。本当なんですね」
砂緒は嬉しすぎて、震えてもつれる足がもどかしく歩いた。
「セレネ……」
砂緒がセレネの面前に立つと、セレネは自力でゆっくりと上半身を上げた。
「恥ずかしいわ……ありが、とう……」
笑うとも怒るともつかない微妙な表情の、砂緒を見上げて言う姿は、いつものセレネに戻っていた。砂緒は力が抜けて、ずしゃっと両膝を地面に着けた。
「……良かったです」
「目をつぶれ」
(……元気になった途端にいきなり殴られる?)
セレネは目の前の砂緒を一回ぎゅっと抱きしめると、いきなり人々の見守る中でキスをした。セレネ自身にとって初キスだった。
「おおおおおおおーーー」
人々の間にどよめきが起こる。短いキスが終わると、セレネは再び砂緒を抱き締めて頭の銀髪をくしゃくしゃにした。
「もう離しません」
砂緒もセレネの事を抱き締めた。
「いたいいたいて」
「あぁすいません」
そう言って二人共離れて見つめ合うと、再びキスをした。それが何度も繰り返された。魔ローダー日蝕白蛇輪の操縦席では雪乃フルエレが眠りこけたままだった。
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言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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