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II メドース・リガリァと北部海峡列国同盟

どきどきの初登城 7 本当の本当に偶然たまたまだったんだっ!

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 雪乃フルエレが、泣きながらアルベルトの別荘を走り出て数日が経っていた。

「むふむふむふふふふふふふ」

 相変わらず客の少ない喫茶猫呼ねここの店内を、砂緒すなおが一人不気味に笑いながら、テーブルを拭いたり掃除をしたり、一人でせっせと働いている。

「キモイ上にあきれるわ……」

 それを見たセレネが何時もの様にキモイゝ連発しているが、いつも以上に呆れる理由もあった。


 ほわんほわんほわんほわわ~~ん。フルエレが帰宅した次の日。

「フルエレが最上階の部屋から出て来ない……」
「昨日あんな事がありましたからねえ……」
「早くブラジルを八つ裂きにする相談がしたいのですが……」
「そんな雰囲気でもねーだろ、そっとしておいてやれよ」

 ガチャッ

「みんなおはよう! ごめんなさい、少し遅れちゃった!」

 いきなり喫茶店の制服に着替え済みのフルエレが、ドアから出て来た。普段通りの顔をしていた。

「うお、おはようフルエレさん」
「おお、おはようっ!」
「おはようございます、フルエレ」

 アンティークな魔法エレベーターのドアをガシャリと開け、四人は無言のまま一階まで降りると、VIP用出口からそそくさと出て、さらに一般入り口からビルに入り直し、そのまま階段で地下一階喫茶猫呼まで降りた。

「……この店への入り方、何とかならないのでしょうか」
「無理やり急場で作ってもらったお店なので仕方ないでしょう……」

 四人は普段通りお店を切り盛りし始めたが、普段無神経な砂緒が成長したのか余計な事を言わず、フルエレをそっと見守っていた。

「砂緒……怒ってる? 心配かけちゃったよね……ごめん」

 最初に切り出したのはフルエレだった。泣きながら別荘を出て来たフルエレを、イェラとクレウが保護したので、大体の話は漏れているという前提の会話だった。

(ムシが良すぎますよフルエレさん! 砂緒も少しは怒るんだろーな?)

 何故かセレネはフルエレを応援する処か、砂緒に同情するようになっていた。

「……すぐに帰って来てくれると……信じてましたよ!」

 にこっと笑って即答した砂緒を見て、セレネはコケた。

「…………本当ごめん」

 砂緒はさらに、にこっと笑った。

「いいんですよ! それよりもブラジルを八つ裂きにしませんか? フルエレを傷付けた事が許せません!!」

 落ち着いた優しいモードが終了し、突然過激な事を言いだす砂緒。

「やめて! いいのもう。 それにレナードさんがアレな感じだから、アルベルトさんが居なくなると、この国の人達が迷惑するわ……もう忘れましょう」
「でも……大臣会議とか、行けますか?」
「……もう行きたくない。砂緒、前に全て放り投げたい事があったら、二人でどこへでもトンズラしましょうって言ってくれてたわよね……」
「ええ、言ってました、言ってましたとも!」
(おいおい……)

 列国同盟にフルエレを巻き込むと提案していたセレネは目を細めて見ていた。

「もし……こんな立派なビルも何もかも捨てて、明日出発するって言っても……いいの?」
「もちろんですとも!! 私は松尾芭蕉の様に、心はいつも旅の中にありますとも!!」
「ごめん、例えが良く分からないんだけど、とても嬉しいわ。明日じゃないけど考えておいて」

 フルエレが恥ずかしそうな笑顔で厨房に消えていくと、砂緒は天にも昇る様な笑顔で鼻歌を歌いだした。


 ……等という事があった。

(おい……少しは寂しいとか……その、あたしにもう会えないとか思わないのかよ)

 セレネは最近に無く異常に機嫌の良い砂緒を見て、全て放り出して出ていくというフルエレへの幻滅よりも、自分と会えなくなる事は一切気にかからないのか? という事ばかりが巡っていた。

「ああそうだ、セレネはどこに乗りますか?」

 一人でぼうっと考えている時に、不意に砂緒に話し掛けられて驚く。

「はあ? 何の事だよ……」
「いや旅に出るとして、魔輪まりんのどこに乗りますかと」
(な、何だよ、勝手に連れて行く計算に入っていたのかよ)

 普段嫌悪している癖に、連れて行く計算に入っていた事で何故かホッとしてしまう。

「はぁ? 何であたしまで行く事になってんだよ、あたしは根無し草じゃないんだよ馬鹿」

 感情と真逆の事を言ってしまうセレネ。

「私が今考えているのは、イェラがフルエレの後ろにしがみ付いて、セレネ貴方がサイドカーの私の膝の上に乗っかるという方式です。セレネが吹っ飛ばない様に、両手でしっかりホールドするのでご安心下さい」
「色んな意味で問題があるわっ!」

 セレネは一瞬想像して赤面しかけて首を振った。

「ご安心下さい、紳士なので絶対に胸を掴む等のセクハラは致しません! まあ最も掴む程の膨らみは無いようですが……」
「本気で言ってんのか?」

 セレネが剣を抜こうとした時、フルエレが二人に寄って来て小声で話した。

「ごめん、なんかまた変なお客の集団が来たの、お願い二人で対応して……」
(またフルエレさん勝手な事ばかり言って)
「お任せ下さい、フルエレは厨房の奥にでも隠れていなさい、ふふ」


 砂緒が店の入り口に向かうと、若い男女八人程のグループが入り口でもたもたしている。しかも良く見ると、その内二人はほっかむりしてサングラスまで掛けている。まさにフルエレの言う通り怪しい客の集団だった。

「どしたんスかー? 嫌なら帰ってもいいスよー」

 砂緒は最大限無礼な店員を演じた。

「い、いえ、入ります……」

 若い女性が恐々店内に入ると、残りの集団もぞろぞろ従った。

「何しやすかー? お勧めは砂糖水スー」
「じゃあ砂糖水八つ」

 冗談を真に受けた。余程余裕が無いのだろう。

「何か……他に用向きでもあるんでしょうか……?」
「……そうなんです……実は、私達フルエレさんに謝りたい事があって……」
「帰って下さい!!」

 雲行きが怪しくなって来た事を察知して、砂緒が珍しく突然怒鳴った。

「あの……私に……な、何か用かしら?」

 フルエレが恐々、しかし何かを期待して、不安と期待が入り交じりという感じで寄って来る。

「あ! フルエレ何故来ちゃうのですか!? 奥に居て下さいって!!」
「フルエレさんごめんなさい!!」
「ごめんなさい!!」

 若い男女数名が同時に立ち上がって謝罪する。

「ど、どういう事でしょうか? 何でしょうか……」
「実は親が突然ギックリ腰になって」
「兄の嫁が出産して」
「突然同僚が休んでのっぴきならない仕事が出来て」

 口々にどうやら別荘でのパーティーを休んだ理由を述べ始めた。

「あれからアルベルトにどえらい剣幕で怒られて……」
「普段怒らないアルベルトが半泣きで怒って来て」

 ここに居る男女はアルベルトの親友達の様だった。

「アルベルトさん、レナード公も居るんですね」
「済まない!! フルエレ君!!」

 突然立ち上がって謝罪するほっかむり男A。

「いやー俺なんて、政庁を港湾都市に移転する政務が入ってしまってさ~」
「あっ……」

 レナードはもうほっかむりを取って話した。それを見てアルベルトも変装を脱ぐ。

「本当に本気で怒られてね、私ら友達連中全員、本当の本当に偶然七人共用事が出来て、パーティーに行けなかったの」
「アルベルトがフルエレさんという人を、よっぽど大切に思っている事が判って、こうして皆で謝罪に来たのよ……本当にごめんね。彼、貴方を傷付けるつもりでも騙すつもりでも無かったの、そんな事をする人間じゃないのは私達が保証するよ!」
「な、何を今更……ねえ? フルエレ……」

 砂緒はフルエレを見た。

「皆さん……わざわざ私の為に……有難う……それにごめんなさい」
「ふ、フルエレ……あの、旅の話とか……その……」
「砂緒ごめんね、今ちょっと立て込んでるから……」

 フルエレはあからさまに態度を変えて邪険にした。

(はぁ……酷いよフルエレさん……砂緒、ぶてっ! 蹴れ! 蹴り倒せ!!)
「は、はぃ……」

 セレネはコケた。砂緒は何一つ口答えする事無く、力なく言われた通り店の奥に移動した……

(はぁ~理解出来んわこの二人……)

 シュンとして店の奥に消えた砂緒を見て、アルベルトは勝ち誇るどころか、凄く申し訳ないという顔をした。

「砂緒君は、よっぽど君の事を心配していたのだろうね……今日は仲間が来ないと判った時点で、君を玄関から奥に入れるべきでは無かった。仲間が来ないと知っていたのに、君を部屋に入れてしまえば、二人でもパーティーが始まると考えた僕は正直馬鹿だったと思う。反省している。今まで通り接して欲しいというのはムシが良すぎると思う。けれど大臣会議には出て欲しい。君にはそうした才能があるはずだから、そういう物を僕の馬鹿さ加減で壊したくないんだ」

 アルベルトは誠実に頭を下げた。

「い、いいえ頭を上げて下さい! 私が色々考え過ぎて、考える必要無い事まで考えてしまって、逃げ出す様に出てっちゃって、失礼しました……ごめんなさい」

 フルエレもペコリと頭を下げると、しばらくして二人して頭を上げ照れながら笑い合った。

「で、でも……砂緒君にも謝りたい……彼はきっと……君を」
「あ、ああ、違うんですよっ!! 砂緒はそういうのじゃ無いんです! なんていうか新しく出来た幼馴染っていうか、だから私から軽く言っておきますからっ!」


 砂緒は少し離れた奥でしっかり聞いていた。

「新しく出来た幼馴染……とな? そ、それはつまり最終的に一番大切な人……という意味ですよね?」
「あ、いやー私が(まんがを)読んだ限りじゃー幼馴染は大抵負ける」

 セレネの何気ない一言を聞いて、ついに砂緒は無言で膝から崩れ落ちた。

「あわ、あわ、あわわわわわわ……」

 ぶつぶつ言葉を発しながら呆然とする砂緒を見て、普段傍若無人で無神経な砂緒が、ここまで素直にフルエレの言葉に従う理由が良く分からなかった。

「フルエレ……ふ、フルエレ……」

 力なく名前を連呼する砂緒を見て、セレネは気付くと、何故か優しい笑顔で無意識に頭をぽんぽんしていた。

「ほえ?」

 幼子の様な目でセレネを見上げる砂緒。

「ち、ちちちちちち、違うっ! 程よい高さの位置に頭があったんで、バスケットボールと勘違いしてポンポンしただけだ、馬鹿ッ!」

 セレネは何故か赤面して去って行った。
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