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II メドース・リガリァと北部海峡列国同盟

どきどきの初登城 2 メドース・リガリァとユッマランドの停戦、 ユティトレッド王の野望

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 スピネルが前線の陣地に戻るとえらい騒ぎになっていた。これまで連戦連勝、破竹の勢いで勝ち進んでいた物が、突然魔戦車や歩兵の皆が戦闘を行う事無く撤退、それに続いて半壊したディヴァージョンを抱えてデスペラードが帰って来たとあって、これまで楽観的に戦の推移を見ていた連中が急に慌てだした。

「えらい騒ぎだなこんな程度で。歩兵の皆さんには何の損害も出て無いのだから、慌てる事も無いであろうに……」
「ちょっと! どうしたのよっ! 心配したじゃないのっ!! 馬鹿ッ!!」

 デスペラードから降り、作戦の推移と撤退の経緯を簡単に説明して、今日はもう仮眠を許されて自分のテントに帰って来た直後の事だった、突然いつもの弁当屋の娘が飛び付いて来た。

「どうしたのと言われても。それがしは命令されて出撃して帰って来たに過ぎん……」
「サッワさんはボロボロになって担架で運ばれて来たって言っていたわ! 私心配で心配で……剣士さまにもしもの事があったらって!!」
「それは済まぬ。自分でも見た所何も無いと思うが……」

 スピネルは自分の身体各所を見てみた。

「ふざけているのっ!? べ、別に貴方の事ばかり考えていた訳じゃないけど……本当に少しだけ心配してたのよ……」
(困ったな……どうすれば良いのだこの娘は)
「あぁ……そうだ、貴殿いつものアレは持っておられるのか?」

 弁当屋の娘は目頭を指で拭っていた。

「……こんな時間だけど……剣士さまがまた粗食だといけないから……偶然持っていたわっ! 腐ると勿体無いから食べて……今すぐ」

 娘は待ち構えていた様に鞄から即座に弁当を出した。

「うむ……丁度腹が減っていた所だ……」

 スピネルも何を話して良いか分からないので、間を繋ぐ為に即座に食べ始めた。

「剣士さま……剣士さまがそんな単純な話じゃないって言っていた事が判ったの。今日一回初めて負け戦ってだけで、みんな大慌てで……国に帰ろうだの、貴嶋さまは本当に大丈夫なのかとか……みんな掌を返した様に噂し合って……私怖い……お願い剣士さま……その、いつも無事で帰って来て欲しいの、お弁当食べる人が居なくなると困るから……」
「くくく……くく……」

 無言でお弁当を食べていたスピネルが突然笑い出した。いつものぼくとつな剣士さまが、良く分からないツボでフォークを震わせながら、突然不気味に笑い出した事に激しく戸惑う弁当屋の娘。

「ど、どうされたの剣士さま……?」
「くくく、負け戦だって? ここは遥か前線、君の国は無事だし帰る場所もまだある、こんなのは負けてるとは言わない。本当に国が亡びるまではもう少し間があるだろう。それがしをわ、笑い死にさせる気であろうか、くくく……」
「へ、変よ……いつもの剣士さまじゃない……それにメドース・リガリァが亡びたりしないわ……よしてっ」

 いつもより激しい戦闘からの帰投直後で興奮しているのか、いつもと違う雰囲気の剣士さまに、娘はさらに戸惑った。


「なんという事だ……デスペラードは無事で何よりだが、ディヴァージョンはボロボロではないか! 操縦者のサッワもショックで重傷同然、一体どうすれば良いのだ!!」

 弁当屋の娘が言う様に一般人処か、貴嶋や将軍達のいる軍府ですら大慌ての状態であった。

「迂闊であった! 今まで一般兵相手に破竹の勢いであったからと、魔ローダーも同じであろうと甘く見ておった……スピネルの報告では相手方にも相応の損害があると言うが……こちらの魔ローダーは修理は効くのか……」

 将軍たち、重臣たちの目は貴嶋に向かった。

「この度の撤退、一重に私の采配ミス、いずれ責任は取ろう。しかし今はまだ私の指揮に従って欲しい。そして現在の状況を打破する策として、ユッマランドと和議を結ぼうと思う」
「その様な事が可能でしょうか?」
「可能だ! こちらから攻めるまで魔ローダー魔戦車を保有しながら何もしなかった国だ。こちらが引けば相手も喜んで引く。かならずそうなる!!」

 貴嶋は内心どうなるか不安があったが、今はそう言うしか無かった。

「は、分かりました……早速使者を立てましょう」
「そして後は魔ローダーの修理であるが……何とか魔王軍に話を繋ぐしかあるまい。それまで国境線にゴーレム部隊を配置しておけ!!」
「はっ!!」

 緊急会議は一応解散し、貴嶋は一人でテントで休んでいた。

「申し訳ありませぬ女王陛下……一戦すら敗退が許されぬ戦で……」

 貴嶋が一人で呟いた直後だった。

「あらあら……こんな程度で大慌て、ぬるま湯で育ったせいか、結構打たれ弱いのですわね……」

 貴嶋がテントの中を見ると、ココナツヒメが居た。以前神出鬼没と分かったので、今回は驚くまいと思った。

「そなたか……話を聞いておられたなら話は早い。魔ローダーの修理をお願い出来るであろうか?」
「当たり前の事を聞かないで下さらないかしら……魔王軍はアフターサービスも万全ですわ! て、言うよりももう技術者を派遣しておりますの。現地、此処でもう修理を致しますわ」

 ココナツヒメはふわーっと貴嶋に接近すると、顎クイをしようと指を伸ばした。

「止めて頂きたい。あ、いや、触らないで頂きたいという意味です。修理については有難い。しかし……一体何がお望みでここまで世話をして頂けるのか? とてもただでとは信じられぬ」

 貴嶋は顔を軽く背けて顎クイを回避した。

「まあ……純情なのね……そうね、見返りは何が良いかしら……次に会うまでに考えておきますわ、うふふふふふふふふ……」
「不気味な女だ……」

 貴嶋はココナツヒメがぼうっと消えたテントの屋根を見つめた。


 ―ユッマランド王城。

「信じられない、何故和議なの!? 連中絶対、再び準備が整い次第攻めて来るのは目に見えているのに! こんな一時しのぎに付き合うお父様も重臣たちも生温いですわっ! 私達だけでも攻めに行きたい……」

 王女美魅ィみみぃは和議に憤懣やるかたないという感じであった。

「美魅ィさま……ご心中お察しします……」

 しかし璃凪りなは内心ホッとしていた。和議が成立して欲しいと思っていた。

「失礼致します! 美魅ィさまっ和議が成立しましたぞ!!」

 突然家臣の者が部屋に入って来て、大喜びで和議の成立を伝えると去って行った。

「チッッ!!」

 王女美魅ィは、はしたなく舌打ちした。メドース・リガリァとユッマランドは一時停戦となった。


 ―ユティトレッド魔導王国王城。

「メドース・リガリァの馬鹿者共めっ! 一体どうやってこちらから仕掛けるかと思案しておった所に、わざわざ自分から戦端を開きおった。しかもユッマランドにまで手を出してむざむざと撤退。手早く魔ローダーを与えておいて良かったわい。これで何時でもこちらから攻め込む大義名分が出来た物よ。ラ・マッロカンプにも魔ローダーしかと与えたな?」
「はっ! 速やかにお届けします……」

「ふふふ、後は雪乃フルエレを如何に使おうか……彼女の初登城が近付いておるはずじゃ、フルエレはどうしておるか? 自らの影響力を拡大させ組織を作っておるか? また私兵を養い軍団を作っておるか? 闇の者共を使い旧勢力を手懐けておるかな??」
「……えーーーっと、フルエレさんは……んーーっと言い難いのですが、ほぼ毎日遊んでいますね……」

「ほほぅ? 遊んでおるとな?」
「はい、グルメにショッピングにと……まあ孤児の為の基金のみ準備中との事ですが」
「ほほぅ?? 孤児の為の基金とな? セレブが良くやる手じゃ……してセレネはどうしておるか??」
「……どうやら連中に取り込まれつつある様です」
「何!? あの子が心を開いておるのか……信じられん……一度呼び出してみたい……砂ナントカも含めて」
「列国同盟計画の方の準備も整いつつあります、賛同国も増えております!」

「ふむ……しかし儂はさらに新しい策を思い付いた。我らの傀儡新ニナルティナを中心とする同盟軍と、勢力を拡大するメドース・リガリァとの戦い、これはセブンリーフの覇権を賭けた戦いとなるであろう。そして当然我らが勝つ!! そして……勝利の暁には、魔王軍を除くセブンリーフ有力国三十か国の王を、全て一同に揃えた会議を興さん!!!」

「なんと!! 大それた……」
「その為にも早く列国同盟の調印式を行いたい……もどかしいのう」

 言いながらユティトレッド魔導王国国王は白く長い髭を触り続けた。
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