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I ニナルティナ王国とリュフミュラン国

月 3 鉾を引き抜く… 空から降りて来た二人

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「……ほら……あそこ……何か建っていますね……」

 フルエレがひとしきり泣いた後に唐突に砂緒すなおが口を開いた。

「…………え?」

 目が点になったフルエレに、砂緒が怪訝な顔をする。

「え?」
「……え?」

 二人はほぼ同時にお互い、えっと聞き直す。

「フルエレには見えませんか、ほらこれですよ、拡大! 拡大! モニター画面を指差しながら画面を拡大させると、何か金属的な棒状の物の影がうっすらと見えた」
「わっわっ、何かしらこれ!? はは、早く行ってみみ、みましょうかっ!!」

 突然顔を紅潮させテンションマックスでしゃべり出すフルエレ。

「どうしたのですかっ!? フルエレ強烈に赤面していますよ、それに体温も凄く高くなっている気がします!」
「……早く行きましょうよ……」

 砂緒はなんだか意味が良く分からなかったが、取り敢えず棒状の物が見える所まで魔ローダーを飛行させた。


 棒状の物に接近すると、月面に唐突に突き刺さった魔ローダーサイズの武器の様だった。

「何なのかしらこれ……槍?」
「この幅広の刃先は、これは槍では無くて、鉾という物でしょうね」
「ほこ……?」

 砂緒は月面に唐突に突き刺さる鉾を見て、自身が乗る魔ローダーのサイズの巨大化が終わり、通常サイズに戻っている事に気付いた。

「しかしこれはラッキーですね。取り敢えず抜いて貰っておきましょう」
「ええ!? 本気で言っているのかしら?? 置いている物を勝手に持っていくのは犯罪よ!」

 フルエレの律儀過ぎる発言に驚く砂緒。

「ちょっと待って下さい、月面に物を置くなんて尋常な行為じゃないです。映画で観た事があるのですが、こういう過酷な場所に設置している物は、取りに行ける技術を習得した時点で、その者が持って行っても良い事になっているんですよ」
「そんな理屈知らないわ! 軍隊か役所に届けて落とした人が現れない限り勝手に持って行くのはネコババよ」
「フルエレこそ本気ですか。地面に突き刺さっている伝説の剣等は抜いた者が貰って良いという国際的な風習があるのですよ。そもそも月面にお巡りさんもいませんし、交番もありませんよ!」
「コウバンて何かしら? 風習? そんな話私知りません!!」

 言い合いしていて何だかだんだん可笑しくなって来て笑い合った。

「はい、そういう訳でもう抜きますね!」

 笑いあった後に砂緒が何事も無かったかの様に唐突に抜こうとする。

「ちょっと待ってまだ抜かないで! 見て見て、刃先の部分が上を向いてて、柄の部分が地面に突き刺さってる。これは尋常な状態じゃないわよ。放っておきましょうよ」
「もう言い合いも疲れました、抜きます!!」
「ダメッ抜かないで!!」

 言い終わってフルエレがまた突然ハッとした顔になって赤面する。

「どうしたのですかフルエレ、何の脈絡も無く突然赤面を繰り返して」
「もういいわよっ! このやり取り嫌いよっ抜いて頂戴」

 フルエレの許しを得て早速変形を解除して、魔ローダーを元の人間型に戻すと、早速柄の部分が月面に突き刺さった巨大な鉾を両手で握る。

「では抜きますね……」

 珍しく緊張した砂緒が操縦桿に力を込めた。

「あれっ」

 砂緒が声を上げる程、拍子抜けする程にあっさり簡単に何の抵抗も無く抜けた。

「やりましたよ! 丸腰だった私達の魔ローダーに遂に武器が手に入りました」

 二十五メートルの魔ローダーサイズの巨大な鉾を、片手で宇宙に掲げて無邪気に喜ぶ砂緒。

「おめでとうなのかしら……でももう勝負がある程度、決着がついてから武器が手に入ってもね」
「そうですねえ……みんなが心配なのでそろそろ帰りますか?」
「そうね、こんな所まで来れたのも砂緒のお陰ね……楽しかった! 帰りましょう」

 二人はあたかも自動車で行楽に来ていたかの様に気軽に帰還を決めた。

「仮に地球と同様な星の場合、帰還時に衝撃があるかもしれないので、私は自分の座席に戻ります。フルエレもシートベルトをしっかり閉めて下さい」

 そう言ってさっとフルエレの後ろから立ち上がると、座席下のシャッターを開けた。

「あっ砂緒、地上に戻ったらまたね」

 フルエレが不安そうに手を差し出し、二人はするっと手を触れ合わせた。

「大袈裟ですね。下の座席に移動するだけですよ!」

 しかし物凄いスピードで移動出来るのだから大気圏突入能力もあるはず……等とする考えは砂緒の勝手な思い込みだった。もしそんな機能が無かったらどうするつもりだったのだろう?

「鳥型に変形!」

 砂緒は気分を出す為に声を出して変形を命令すると、二十五メートルサイズのままだが鳥型に変形し、鳥の足で鉾を掴むと金色の粒子をまき散らしながら、ふわっと飛び上がった。そして翼全体を金色に発光させながらぐんぐんと速度を上げ、凄まじい速さになって最後は航跡だけを残してビュンッと飛び去った。


 地上ではもはや深夜となり、多くの国の軍が魔ローダー回収を諦め撤収や野営の準備をする中、メドース・リガリァ軍だけがしつこく魔ローダーへの攻撃を繰り返した。

「我らメドース・リガリァ王国はかつてニナルティナやユティトレッドの北方列国を押しのけ、中部の諸国をまとめ盟主の座に就いた事すらある由緒ある国なのだ。しかし偉大なる王が亡くなられ威信は低下し何十年も屈辱を味わって来た。この魔ローダーを手に入れ、再び栄光を取り戻す!!」

 何発撃っても傷一つ付けられないにも関わらず、魔戦車の攻撃をひたすら続けるメドース・リガリァ軍だった。

「もう眠いよ……お兄様が心配なのにお腹は空くし眠くなるし、私って薄情な人間なのかな」

 三角座りをして、同じく横に座るイェラの身体に、もたれ掛かる猫呼が眠い眼をこすりながら言った。

「そういう物だ。人間なのだからお腹も空くし眠くもなるのだ。寝てもいいぞ何かあれば起こしてやる」
「そんな……訳には……行かない……むにゃ」

 兄が心配という猫呼の心情は真実なのだが、10代前半の少女として眠気には勝てなかった。イェラは眠り始めた猫呼の顔を笑顔で見ると肩を優しく抱いた。眼前ではピクリとも動かなくなった巨大な群青色魔ローダーに、魔戦車の猛烈な攻撃が無機質に続いていた。


「フルエレ、これから地表に向けて大気圏突入という奴をやります。多少熱くなるという噂がありますが、気にする程ではありません。一緒に頑張りましょう!」

 元の世界が近づきつつある時に砂緒が唐突に言い出した。

「え? それはどういう事? 熱いってどれくらい熱いの? 夏の暑さくらい??」
「やわな物だと焼き尽くされるくらい熱いという噂です。映画で観ました」
「ちょっと! 何でそんな重要な事最初に言ってくれないの? 一緒に居ようよ、こっちに来て!」

 フルエレが不安で泣き声になる。

「駄目です、個人用の冷却装置があるかもしれないので、座席に一人で座っている方が無難です」
「嫌よ! もし死ぬなら砂緒と一緒に居たい」
「大袈裟ですって。月に行くだけで普通なら何度も死ぬ様な危険がありましたし、今度も恐らく大丈夫ですよ」
「もーーーーーーー!!」
「ほら、アラートが鳴り出しました。突入開始ですね……あれ、室内が真っ赤にならない、何故!?」
「え? もう始まっているの?? 至って普通だわ……室内が真っ赤になるの!?」
「はい、コタツの中に潜り込んだ様に室内が真っ赤になるはずなのですが……至って変化無しです」

 機体の外側では鳥型の翼が摩擦を極限まで軽減する形状に変化し、金色の粒子が猛烈に放出されながら物凄い勢いで大気圏に突入していた。しかし二人が操縦する室内は至って快適なままであった。


「何だこれは……金色の粉が降って……空が金色に光っている……」

 イェラは猫呼が寄りかかる事も忘れて突然の夜空の変化に急に起き上がる。

「なぁに……眠い……」
「起きろ猫呼! 夜空が変だ。金色の帯が出来て金色の粉が降って来た」

 イェラが言った様に夜空に突然金色の巨大なオーロラ状の物が何層にも発生し、金色の粒子が降り注いだ。


「もうすぐ地上です。飛び立った地点のまま! ほら大丈夫だったでしょうははははは」
「一か八かだった癖に偉そうにしないで欲しいわ!」

 フルエレも恐怖感が無くなり相当ホッとして、嬉しくて軽く笑いながら喧嘩口調で言った。

「もしル・二が稼働していたら鉾で戦いますので、地表寸前で人型に変形して逆噴射を掛けます。衝撃があるかもしれません、気を付けて下さい!」
「はい!」

 予告通り真っ逆さまに地表に向けて落ちていた鳥型の二人の魔ローダーは、文章で形容するのが困難な程の複雑な変形機構により瞬時に人型に変形すると、人型のまま翼を大きく広げ、金色に発光しながら一層大量の金色の星形粒子をまき散らしてバーストを掛けた。

「降ります」
「はい」

 砂緒が合図すると、鉾を持った金色に発光する巨大な魔ローダーは、擱座したル・二とそれを取り囲む無数の魔戦車の間に、まるでメリーポピンズの様に恐ろしくふんわりと地上に降り立った。

「ド派手過ぎるだろう……砂緒、フルエレ……何事だ」
「何なのよ~~眠たいしピカピカ光るし、頭がふにゃふにゃよ……」

 帰還した二人の魔ローダーをポカンと見つめるイェラと猫呼。

「……神だ……」

 どこの国の誰か分からないが、兵士がポツリと呟いたのをイェラは聞いた。
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