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I ニナルティナ王国とリュフミュラン国

ニナルティナ王国崩壊 4 観光気分で、 ドラゴンたちの召喚

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「す、凄い……大きな港に大きなレンガの倉庫が沢山……それに見て! 港にあんな高い塔が二本も立ってる! 凄く綺麗な所ね!」

 まるで観光客の様に雪乃フルエレがはしゃいでいるが、彼女は今ニナルティナ王国に侵攻中の敵国に所属する人間であり、彼女が乗る全高二十五メートルのプレートアーマーを巨大化した様な魔ローダーの方こそ、現地の人々にとっては目を見張る恐怖の対象となっている事を忘れている。

「雪乃はしゃぎ過ぎ……危険が無いかちゃんと周囲を警戒して……」

 兎幸うさこにまで叱られる始末になっていた。港をニナルティナ中川を遡って南に進むと五階建て六階建てのタウンハウスやアパートが立ち並ぶ港湾都市が広がって来た。

「確かに……凄い大都会だよね……」

 兎幸までもがフルエレに影響されたのか景色を見始めた。

「そうよね~確かに文化レベルが違い過ぎるわ~どうしてこんな凄い国があっさり負けちゃったのかしら!?」

 それは砂緒すなおと雪乃フルエレの乗った魔ローダーのお陰だったのにもう忘れている。
 ドドーーン!
突然大きな音がして、フルエレの後ろに続く正規軍の騎士団が二~三人吹き飛ぶ。

「きゃっどうしたの!? 何事??」
「右前方建物五階、撃て!!」

 指揮官の号令の下に一斉に魔導士による魔法や魔戦車の砲撃、魔銃による集中砲火が建物の一つに雨あられの様に浴びせられる。攻撃が終わりしばらくして煙が消えた後には、壊れた壁からだらんと垂れ下がる死体があった。

「全ての敵兵が武装解除した訳じゃないのね……」

 フルエレのさっきまでの観光客気分が吹き飛ぶ。しかし正規軍の攻撃はオーバーキル気味ではあったが、味方がやられた以上は仕方が無い。こうした事が数度続いた。

「雪乃……あれは何なの?」

 突然兎幸が叫んだ。今さっき戦闘があった建物の近くの路上を大きな乗り物が走り抜けて行く。

「す、凄い! これがニナルティナの路面念車なのね! 本当に文化レベルが違い過ぎるわ。初めて見ちゃった……しかもこんな緊急事態でも根性で運休してないなんて……運転手さんに敬礼よ! 兎幸ちゃんもしてる?」

 フルエレはモニター越しに走り去る路面念車に敬礼を続けた。

「はぁ~戦いが終わったら乗ってみたいな!」
「え? 雪乃……ケイレイて何? 何を言っているの……」

 フルエレが路面念車を見ている間にも、建物の窓から時折怪訝な顔をして魔ローダーやリュフミュラン正規軍を見つめる人々が居た。彼らにとっては今後どの様な支配が待っているのか不安でならなかった。それからしばらく進んでいると、今度も兎幸が何か見つけた様だった。

「雪乃……何か揉め事、あそこの……川岸を見て……」
「ん? 何何どうしたの?」

 フルエレが川岸を見ると、小さな河川用運搬船が係留され、乗組員と思われる人々が尋問を受けている様だった。フルエレがモニターで見える部分を指でタッチすると、そこの会話が集中して聞こえる様に魔法マイクが音を拾ってくれた。

「だからこの船は一体何を運んでいるのだ? 早く幕を開けなさい」
「い、いえだから只の魚卵の漬物です。怪しい物ではありません」
「だから、だったら早く開けなさい」
「い、いいえ、だから魚卵の漬物だから日光を当てると腐ってしまうのです! 早く通してもらわないと、他国に売るための大型船に遅れてしまうのです……これでどうかお通し下さい」

 商人と思しきお年寄りは尋問を続ける兵士に賄賂を渡そうとする。

「ますます怪しい! もう良い無理やりにでも調べさせてもらう」

 兵士は部下に命令し船を調べようとする。

「お待ちを、あっ!」

 兵士の前に立ちはだかった年老いた商人が突き飛ばされる。

「まあ大変、止めなくてはいけないわね」

 魔ローダーは隊列を離れ川岸に突然走り出す。

「ちょっと! お年寄りに何て事するのですか! もうここから先は湾に出るだけ、破壊工作も攻撃も関係無いと思うの! 行かせて上げて!!」

 魔ローダーの魔法外部スピーカーが大音響で突然割って入り、驚く正規軍兵士。

「な、何なんですか! これは我々の役割なのですよ! 割り込まないで頂きたい」
「もういいじゃないですか、腐ってしまったら勿体無いですよ!」
「おお! なんと有難い女性の声の方、貴方は女神様なのでしょう!」

 商人達は涙を流す勢いで手を合わせ喜ぶ。

「ふん、仕方が無い! もう行くが良い」

 正規軍兵士が通行を許すと、係留されていたローブが解かれ、すぐさま商人の貨物船は川岸を離れていく。離れる間もずっと頭を下げ続けていた。

「……フルエレ優しい……感動した……」
「そ、そそそんな事ないよ! 当たり前の事をしただけ!」
「フルエレ……可愛いのに心広い……素敵……」
「ちょちょちょ、そんな事ないってばあ! もう兎幸ちゃんったら、行きましょ行きましょ!」

 フルエレは殺伐とした掃討シーンの事も忘れて得意満面になった。

「こ、こうやってね、新しい支配者として現地の人々の心を開いて行くの! うふふふ」

 何か急に講釈染みた事まで言い出すフルエレだった。

「ふうう、ヒヤヒヤしましたぞ、しかし魔ローダーの搭乗員が間抜けで良かったですな」
「まだだ、まだ完全に湾を抜けるまで気を抜くな。まだ頭を下げ続けろ!」

 頭を下げている商人達がひそひそ話し続ける。彼らは根名ねなニナルティナ王を惨殺し、彼が長年蓄えた金銀財宝を奪った元家臣達とその従者の兵士達が変装した姿だった。もちろん積荷は名物の魚卵の漬物等では無く金銀財宝だった。フルエレのおせっかいがみすみす彼らを見逃す結果となった。

「このまま上手くニナルティナ中川を抜ければ小島に到達し、南側にはいにしえの墓や岩組が無数にある海岸がある、そこで大型船を待つ手筈だ」
「あと……もう少しですな」

 小悪党らを乗せた船はまんまと湾を出て行った。


 フルエレ達が最初の目的地としているニナルティナ大屋台街では、侵攻の通達の為に殆どの屋台が避難して閑散としていた。しかし路面念車と同じく、意地になって営業している屋台もちらほらと見かけられた。

「うわ、魔ローダー本当に来たぜ。なんか最初に見た時よりちっこくなってる気もするがな。いやあんなもんだったかなあ?」

 その意地で開いている屋台の一つで有未うみレナードが、白濁した汁に麺が入った料理を食べていた。彼は度重なる敗戦の責任を取って全ての役職を解かれただの一般人になっていた。命まで取られなかったのは、彼が一応領主の息子だったからで、同じく副官の職を解かれた眼鏡と一緒に住んでいた。一緒に住んでいると言っても別に男女関係がある訳では無く、大きな館の一室に居候させてやっているだけだった。

「そんな事より私達の事、これからの事どう思っているんですか??」

 おもむろに眼鏡の元副官が切羽詰まった声で迫る。

「……なんだお前、そんな危険な奴だったか? 居候しておいて、妄想爆発させるなよ……」
「お客さん、屋台街が終わるかもしれないって時に痴話げんかは止めてください、一緒に最後の時を味わいましょう……」
「おお、親父、俺も死ぬ時はここでって決めてる。酒をくれ!」
「変な観光客相手にがんばった甲斐があったってもんだ、おごりだどんどん飲んでください」


「本当にこれだけの軍団で屋台街を占拠するのね、ちょっと信じられなかったけど一応作戦完了よね。砂緒は一体今どこにいるのかしら? ここの正規軍に紛れているのかしら?」
「軍需工場のある……港湾都市全体の制圧を……屋台街占拠って言ってるだけ……だと思うの」

 魔ローダーや正規軍が占拠した、ニナルティナ中川の巨大な中州は川が防御用の堀ともなり、確かに軍が駐屯するのに適した地だった。

「あ、あ、そうなんだ、あはは私本気にしちゃってた。ユーモアだったのね」

 しかしフルエレは小さな抵抗はあったにしろ、あっけなく作戦が完了した事で心からほっとしていた。今度こそこれで帰れる……と思った瞬間だった。

「何だ! あれは浮いているぞ! また抵抗者か!?」
「いや、あっちにもいるぞ! 向こうにもいる!」

 正規軍の兵士達が自分達を取り囲む様に浮遊する、無数のローブ姿の魔導士を発見して叫ぶ。魔法機械無しで浮遊するのは近年失われて来た高等魔術であり、相当高度な魔術師の集団であると判る。その不審な魔導士が一斉に何かを詠唱し始めた。

「撃たせるな! こちらから撃て!!」

 これまでの様に正規軍が浮遊する魔導士に向かって、一斉に砲撃や魔法攻撃を開始する。しかし浮遊する魔導士は高度な防御魔法陣を展開しているのか、一切効果が無く弾かれる。

「軍にとって扱い易いからと、魔戦車等という馬鹿でも一般魔導士でも強くなれる気がする兵器おもちゃの為に、過去の歴史の中に追いやられた我々の鬱憤を知れ! 出でよサーペントドラゴン!!」

 言葉と共に一斉に空中に展開した、回転する魔法陣から召喚される巨大な灰色の羽根が生えた竜。その大きさはフルエレの魔ローダーと同じか少し大きい程だった。

「何だこれは……どうすれば良いのだ!」
「あれを見ろ! 召喚術者を食べているぞ!」

 なんと召喚された竜達は一斉に術者を巨大な爪で斬り裂いたり、巨大な顎でかじったりしてしまった。竜達が全く制御されていない事が判明してしまう。羽根を羽ばたかせながら、ずしゃっと一斉に空中からゆっくりと地上に降り立つ竜達。

「なんて事……こんな物が五匹もいるなんて……」

 フルエレはモニターを見て驚愕した。

「五匹じゃ……ないです……港湾都市全体に……五十匹は居ます……」

 兎幸はモニター範囲を左右移動させて冷静に答える。

「え? 十五匹も居るの?」
「……十五匹じゃない……です、五十匹は……います」
「嘘でしょ」

 フルエレは魔ローダーの操縦席で愕然とした。同じころ白濁した汁に麺が入った料理を持ったまま、無言で立ち上がって成り行きを見ていた有未がぼそっと言った。

「親父……やっぱ俺逃げるわ。眼鏡行くぞ!」
「は、はい!」
「あ、お客さん! そんな」

 台の上には料金の何倍もの金が置かれていた。
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