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I ニナルティナ王国とリュフミュラン国

魔ローダー欲しい! 1 爽やかな午前、戦争参加のお誘い .

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 砂緒すなおは真面目にウエイター姿でテーブルを拭いている。猫呼クラウディアはカウンターで書類を整理し、イェラは簡易調理室でフードメニューの仕込みを行っている。冒険者ギルドの午前中のいつもの風景だった。突然静かに入り口のドアが開いた。雪乃フルエレが精魂を込めて揃えた調度品の中でもお気に入りだったドアベルは、多くの者の不評から撤去されていた。撤去する事を相談された時、フルエレは明らかにムッとしていたが皆の総意には逆らえなかった。

「すーなーお君! 戦争い~きましょ~~!」

 最初の客は大将衣図いずライグと配下の者共だった。敵国ニナルティナはあれ以降も度々小競り合いレベルの侵攻を繰り返し、その度に衣図は砂緒を誘っていたが無下に断られていた。

「あれ、今日はいつも一緒にいる嬢ちゃんはどしたあ?」
「フルエレならまだすやすや寝ています。当たり前の事をいちいち聞かないでもらいたい」

 砂緒が真面目にテーブルを拭きながら振り向きもせずに答える。

「十時だぜ、あの子見かけによらず、やばい子だったんだなあ」

 衣図が呆れて話す。

「フルエレさんは実はズボラでいい加減な性格なんです。見た目で得をしています! お兄様は騙されているんです。何でもかんでも命令を聞くのはやめて下さい!」

 この前砂緒に言われた事をそのまま本人に言い返す猫呼。

「毎晩なんか疲れる事でもしてんじゃねえの~~ねえ砂緒さんよ~~」

 後ろからスリかコソ泥にしか見えない子分のラフがふいに余計な冗談を言った。

「?」

 ガシャッ
簡易調理場から物を落とす音が。

「こここ、これで仕込みは終了だな。ふぅ」
「あ、あ、新しい冒険者さんのお名前はこちらの紙だったかな……」

 あからさまに猫呼とイェラの動きが不自然にぎこちなくなり、それを誤魔化そうとして余計さらに変になっていた。自分達が住む館で知らぬ間にこっそり新婚さんの様に何かが行われているかもしれない……二人が普段意図的に触れない様にしている話題に突然ズケズケ踏み込まれて動揺していた。だが実際には何も無かったので砂緒は意に介さず一人で準備に勤しんでいた。

「そんな事はどーでもいーや。情報では今度の敵はちょっと多めらしい。すやすや寝てるフルエレの安眠を守る為、今回はちょっと出てくれや? 頼むぜ」

 少し数が多めという言葉に反応したのか砂緒はエプロンをしゅっと外した。

「よござんしょ、今日は久しぶりに戦場に出てみましょうか」
「おおっ、そう来なくっちゃな!」


 敵を迎え撃つ為にいつぞやの荒野に出たが砂緒が期待していた魔戦車は居なかった。

「鹵獲した六両もの魔戦車はどこに行ったのですか?」
「あんなもんまだ修理出来てる訳ないだろうがよ! それに修理しても戦場に出れるのは一両のみ。残りは予備機や訓練用や観賞用や部品取り車だ」

 砂緒は以前フルエレにおお威張りで村には魔戦車が大量にある等と解説していたが、完全に間違いだった。一歩間違えば村はいつでも壊滅していた。

「観賞用って何なのですか。早く完成してもらいたい物です。いちいち戦場に出るのは面倒です」
「完成したって魔導士が揃うかどうか。そうだフルエレに乗ってもらえねえかな」
「私は彼女が魔戦車に乗るのは反対ですね」
「大好きな彼女が取られちゃうってか?」

 衣図がニヤリと笑う。砂緒は何故反対すると言ったか論理的に説明しようとしたが無理だった。実は衣図が言った通りだったのだ。魔戦車だと最低3人の乗員が必要なので、残りの乗員と何か親しげになる事が不安だったが、自分では良く意識出来ず分かっていなかった。

「おおーい、敵が接近していますぜ~~」

 斥候のラフが走り寄って来た。砂緒の肌が大理石の乳白色に染まって行く。


「おっかしいねえ、また少し揉んだだけで、すぐに逃げやがる」

 あの時の巨馬に跨る大将衣図。

「手ごたえが無いですねえ」

 先程まで騎馬隊や盾を持った重装兵に重くなってボーリングの球の様にぶち当たり続けていた砂緒が、変身を解除して一緒に歩きながら撤退する敵兵を追撃する味方のリュフミュラン義勇兵を見ている。もちろん覚えたての雷攻撃は一切使用していない。

「無理に追撃するな! 伏兵に気を付けろ! こっちは領土拡張する訳じゃねえんだからよ」

 しかし敵指揮官有美うみレナードが多用する伏兵も無く、あっさり本当に撤退するだけの敵軍。何の為にわざわざ少し多めの数で侵攻して来たのか分からない。

「おおーい大将~~変な事口走ってる捕虜がいやがるんで、見てくだせえよ~」

 またラフが走って来るので二人で行ってみる事にした。


「ははははお前が衣図か、予想通り図体がデカいだけのマヌケなツラしてやがるぜ」
「うるさい!」

 縄で縛られた捕虜が兵士に囲まれて地面に座り込んでいる。兵士の一人が思い切り殴る。

「痛えな。ふざけるなよ。はははは、だがなお前らが生きて居られるのも今の間だけ、ニナルティナじゃもうすぐ魔ローダーが発掘されるんだ。魔ローダーさえあれば上空から魔法瓶百連打してやるからな! リュフミュラン王都は火の海よ、はははは」
「うるさい黙れ! ほらを吹くな!」

 周囲の兵士からぼこぼこに殴り続けられる捕虜の男。

「おいおい殺すな。埋めるのがめんどくせえだろ」

 慌てて衣図が兵士達を止める。

「どう思うよ砂緒?」
「本当にそんな物があれば極秘裏に敵国を奇襲します。下っ端が言いふらすなど十中八九脅しか何かのデマでしょう。何かしら意図的な物を感じますねえ」
「お、お前さんもそう思うかい。硬くなったり重くなったりするだけじゃねえな、分析力がある!」

 足蹴にされる捕虜を見ながら淡々と語り合う二人。

「大将~~この捕虜たちはどうしやしょうか~~?」
「飯代もかかるんだ、また前みたいに王都に送っとけや。それ以上は知らねえよ!」

 如何にも人道的な措置だったが、この措置が間違いだった。以前からこうした事が各所で散発的に起こり、戦を知らない王宮と王都の人々の間では徐々に魔ローダーが空から攻めて来るという噂が広がり始めて行った。

「ふ~~いい朝!」
「怒るぞ」
「その人に何言っても無駄ですよ~」

 昼近くになってようやく両腕を伸ばしながら降りて来たフルエレ。呆れる猫呼とイェラ。

「あの男を変だ変だ言っているが、お前も大概だな」
「まあ心外! 成長期なんですよ!」

 フルエレは足を投げ出してソーダを飲む猫呼に気付いた。

「あ、あれ猫呼ちゃん、営業スマイルは? それに受け付け業務はしなくて良いのかしら」
「普段からあんまり手伝ってくれない人に言われたくありませ~ん」
「猫呼ちゃん、なんだか急にやさぐれてしまったみたいだわ。何があったのかしら……」
「お前に影響されたんだろう」

 呆れて言うイェラ。

「受付ならあの子がやってくれそうですからご安心を」

 猫呼が腕を後ろ手に組みながら、冒険者ギルドのカウンターを咥えたストローで指す。カウンターには天球庭園の兎幸うさこが普通に自然に立っていた。

「雪乃……来た……ここ楽しそう」
「うえ、兎幸ちゃんって移動出来るの?」
「これ……見て下さい」

 兎幸の横で浮遊していたUFOがふわりとフルエレの近くに飛んで来る。マジックハンドから一枚の紙が渡される。

「ん、石扉修理費用三千万Nゴールド……、内訳材料費運搬費建設費用……え、え!?」

 兎幸がにっこり笑う。実際にはフルエレは膨大な量の魔法力を与えていて、帳消しどころかお釣りが出るレベルの事をして上げていたが、お人好しのフルエレは微塵もその様な事が考えられなかった。

「ね、猫呼ちゃん……ねえ?」
「知りませ~~~ん。私の魔法のお財布は身も心も清い人にしかお金は出せませ~~ん」
「あ、貴方そんな子だったかしら?」
「それよりも、兎幸ちゃんの名前ってフルエレさんが名付けたんですってね。それってもしかして私の名前が頭にこびり付いてて、手抜きで命名したんじゃないですよね~~?」
「うっっ」

 図星だった。

「これ嘘……お金……別にいらない」

 兎幸がにっこり笑う。やっぱり魔法自動人形ギャグだったようだ。

「でも……嫌な事があれば……事あるごとに出す……」
「うん、やめて。所で砂緒はどこにいるの?」
「砂緒なら久しぶりに多めの敵とかで戦闘に出たぞ。私はいるがな」
「え……」

 フルエレは絶句した。


 夕方になり砂緒が戦闘で服がボロボロになり帰って来た。

「おかえりなさい! 本当に心配したのよ!!」

 砂緒が店内に入るや否や、目に涙を貯めたフルエレがたたっと駆け寄り抱き着く。

「フルエレ……寝ている間に行ってしまって悪かったですね」
「いやいやいや、お兄様は悪くないです! 何で寝てたフルエレさんに謝ってしまうのですか? 騙されていますよ」

 別にフルエレは実は悪女で砂緒を騙している訳でも何でも無く、本当に心の底から戦闘に出てしまった砂緒の事が心配で心配で堪らなかったのだ。ズボラでちゃらんぽらんなフルエレも、こうして涙で駆け寄るフルエレもどちらも真実のフルエレだった。

「それよりフルエレ、敵兵の捕虜が魔ローダー魔ローダー言いふらしていて閉口しました。……ん? 何か一人増えていますね。兎幸ではないですか」
「砂緒……おかえり……来てみた」

 真面目にカウンターに立つ兎幸がにっこり笑う。

「魔ローダー?」

 フルエレは捕虜の言葉が気になった。
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