42 / 588
I ニナルティナ王国とリュフミュラン国
初めてのお客さま 5 おかえりなさい、 お店は乗っ取られていた… .
しおりを挟む
二人共無言なまま砂緒が七華リュフミュラン王女を抱えながら出口まで歩いて行く。次の角を曲がるともうすぐ出口が近い為か、少し明るい光が差し込んで来た。ここら辺りで七華が生来の気の強さが戻って来て、これまで馬鹿にしてきた相手に主導権を握られたまま外に出て、お姫様抱っこの状態で衆目に晒される事に嫌悪感が湧いてきた。なんとか主導権を取り戻さなければならなかった。
「ここら辺りで結構ですわ、さあ降ろしなさい。自分で歩きまわ」
全く無視してズンズン進む砂緒。このままこの状態で衆人環視の下に晒されるのは嫌だと、生きエビの様にビチビチ体を動かす。このまま外に晒してやろうと計画していた砂緒はあえなく彼女を放流した。
「ではここで黙って目を閉じなさい。助けて下さったお礼をしたいと思いますわ」
「?」
砂緒は完全に、彼女が全身に数多く装着した宝飾品の一つを貰える物だと思い、貰える物は貰おうと言われるまま目を閉じ、恥も外聞も無くいつぞやの様に掌をすっと差し出した。
「びっくりしてはだめですわよ」
かすかに囁く様な小さな声。
「?」
差し出した手には確かにすぐに七華の柔らかい手が添えられたが、その中に宝飾品は無かった。直後、目を閉じた向こうからふわりと空気の層が移動してくる気配と甘い香りがして、その直後に自らの唇に触れる手などよりもさらに柔らかな感触があった。
(……うん!? 何ですかこれ……んんん!??)
真っ白な時間が過ぎ、重なる唇の感触が消えゆっくりと目を開けると、地下入り口から漏れるかすかな光を受けて妖しく光る細い糸、そして白く細い尖った指先で、はしたなく口元をすっと拭う微笑を浮かべる七華王女の顔があった。
「フルエレには内緒ですわよ」
耳元で囁かれ、なにかしらの攻撃を受けたのか、何が起こったのか分からず混乱して機能停止した砂緒。
先頭を切り、堂々と表に出る七華王女。その後ろには普段よりさらには無表情化し、左右の地面を一定時間ごとに交互に見ながら、自分の唇に指を当て考え事でもするかのように黙り込んで歩く砂緒の姿があった。襲われた姫を颯爽と救い出した騎士、という構図は完全に消えていた。
「んーーー~~~??」
砂緒のあまりの様子のおかしさに、やっと七華が戻って来たとか、テロ事件がどうだとかが一切吹き飛ぶ雪乃フルエレ。
「王女! ご無事でございましたか? お怪我はありませんか!?」
突如王女のお付きの美形剣士スピナが大声を出しながら歩み寄り、跪いた。
「馬鹿者! 地下牢に三毛猫仮面なる不審者が出没し、捕虜を一人殺して行きました。貴方は何をしていたんですか? この役立たず」
ばしばしと頭を3回程叩く。当然痛くも痒くも無いだろうが、公衆の面前で大きな侮辱ではある。
「返す言葉も御座いません。この失態、どの様な罰も受けましょう」
相変わらず心がこもっていない言葉。
「牢屋の扉の出っ張りで服が破れました。新しい物に着替えます。早くなさい」
「ははっ」
胸に手を当てかしずいた。
「ああ、そうですわ。雪乃フルエレ、今城内は大変な騒ぎの様ですね、またもやお礼をじっくり申し上げたいのですが、服の損傷もあり早く戻りたいと思うのです。しかし今はこれを貴方にお預けします」
破れた胸元を強く押さえながら、片手で頭に装着している大きな宝石が嵌め込まれた、美しいヘッドチェーンをフルエレに渡す七華。七華にとってはフルエレが真っ先に助けに行こうとした事など当然知らないので、あっさりとした態度であった。
「え、え、駄目ですいけません。とても大事な物なのでは……」
「三毛猫なる怪盗が狙っていた物です。私などより貴方達二人が持っていた方が余程安心出来るという物でしょう。無くさぬ様お願い致しますわ」
体の良い厄介払いであった。幾つもの宝飾品を持つ七華は、代々伝えられた物だとは知っていたが、命やそれ以上の価値を感じてはいなかった。
「え、あ、はい」
先程までの感動の対面と違い、事務的過ぎる冷静な態度に戸惑うフルエレ。なんだか一人で盛り上がっていた事が恥ずかしくなるくらいだ。
「砂緒さま、何か混乱している様です。お気遣いして差し上げて」
そう囁く様に言うと、混乱する区画を避ける様に指示を受けて、そそくさとスピナら護衛騎士に囲まれ安全な場所に避難していく七華王女。
「砂緒、大丈夫だったの? テロリストがあちこちに魔法瓶を設置してて爆発が起きて、その混乱に乗じて捕虜が沢山逃げ出して、城内は大混乱みたい。早く衣図さん達の所に向かいましょう」
見ると確かに広場にも数人の死体が転がっている。
「……はい。ですね」
服が血で汚れ、うわの空過ぎる砂緒。何があったのだと気になり過ぎるフルエレだった。
「だい……丈夫?」
衣図らと合流し、混乱する城を放置して村に帰還した砂緒とフルエレ。衣図らはテロがニナルティナ軍と連動した物である可能性を考慮して、すぐに兵達を集めて国境の警備に当たる為に出動してしまった。
「帰ろっか」
「そうですね、そうしましょう」
砂緒は先程のぎこちなさから一転、今度は努めて冷静にしている様に見えた。でもそれが逆に、いつもの不可解発言の無い常識的行動や発言が、フルエレの不信感を増大させた。
「わあ、おかえりなさいませ! 砂緒さんフルエレさん!」
「戻ったかフルエレ、大丈夫だったか」
書類を持った猫呼クラウディアと女剣士イェラが冒険者ギルドに入った二人を見て駆け寄る。二人は共に同じメイド服を着ている。イェラの物は既に新調されていた。
「ただいま! ここを守っていてくれたのね、本当に有難う」
「今戻りました」
「どうした元気が無いぞ砂緒、生気を吸い取られた様だな!」
びくっとする砂緒。明らかにおかしな態度に三人は驚いた。
燭台が並ぶテーブルの上には豪華な夕食が並ぶ。イェラが帰って来た二人をもてなす為に大急ぎで作った物だったが、下手な食堂などよりも美味しそうに見える物ばかりだった。
「凄い! イェラさんって絶対スーパー主婦になれちゃうね」
「私は生粋の戦士だ。スーパー主婦になどならない」
「手芸するのだって素敵よ! 実は一番お淑やかなのかもしれないわね」
4人は夕食を始めながら話を進めた。歓迎する二人は意図的にテロや牢屋の話は避けた。
「聞いてくれ、猫呼はプロだ。冒険者一人一人にバースデーカードや上達記念メッセージなど送っているぞ、ファンクラブまで出来た」
「イェラさんだって凄い人気ですよ、特に服を新調する以前は……」
「その事はもう言うな」
二人は偶然その場に居合わせていただけにも関わらず、性に合っていたのか嬉々として冒険者ギルドの話を続けた。
「しかしこのまま同じ事を続けていては駄目だ。今この辺りは深刻なモンスター不足に直面している。新しい狩場を開拓し、あちこちに宝箱を埋めて置いたりやらせもしようかと計画中だ」
「や、やらせは駄目ですよ!」
「フルエレさん、資金面はご安心下さい、魔法のお財布にはまだまだ金のつぶてはありますからね」
ようやく自分達の冒険者ギルドが軽く乗っ取られている事に気付いた……
「砂緒さんやフルエレさんにも手伝って欲しい事がいっぱいあります!」
「砂緒、お前も新しいアイディアを出すのだ」
雇う側から従業員になっていた……
「そうだ、少し前に紅蓮アルフォードさん、美柑ノーレンジさんという凄く強そうな超S級冒険者が来たのですよ! フルエレさんは知っていますか?」
「後で色々聞いてびっくりしたぞ。有名人らしい」
「まあ。凄いじゃない! 私はよく知らない人達だけどサインとか貰ったのかしら!?」
掌を合わせて驚くフルエレ。
「ああその発想は無かったな。それを飾ればここにも箔が付いたか」
がっかりして頭を押さえるイェラ。笑顔で話を聞きながらスープを飲む猫呼クラウディア、和やかな夕食風景だった。フルエレは黙り込んで静かに食べ続ける砂緒が気になり続けていた。
「砂緒、何か言って下さい! 今日はどんな迷言でも大歓迎よ!」
三人の笑顔の中、ゆっくりと砂緒がフルエレの方を向く。
「フルエレ、貴方は兵士を一人射殺したのですか?」
「ブフーーーーー!!」
猫呼は飲んでいたスープを霧状に噴射した。全て顔面で受け止めるイェラ。和やか一転黙り込む三人。フルエレは砂緒のおかしな様子はこの事かと誤解した。
「はい、撃ち殺しました。おじいさんが後ろから若い兵士に斬られそうになって。それで気付くと引き金を引いてて」
暗く沈んだ声で淡々と語るフルエレ。
「もうそんな話題は止めようよ」
猫呼が辛そうな顔になる。
「砂緒にはなるべく殺さないでなんて言いながら、どうしようもない嘘つきだよね」
テーブルに腕を置きながら、俯いて誰の顔も見ずに話すフルエレ。
「いちいちそんな事気にするな! 戦場では当然の事だ」
「砂緒はどう思う?」
なおも聞くフルエレ。
「天晴! 見事討ち取りましたな! としか思わないですが、そんな事。私に言った事と矛盾してるじゃないか! みたいな事も言うつもりは毛頭ありませんよ」
「それはそれで変だ。慰めてほしいフルエレの気持ちを汲め」
イェラが睨みながら砂緒を促す。
「ううん、いいのそれが砂緒だから。普通みたいに君は悪く無いよとか言いながら抱き締められて慰められたら、悲劇のヒロインみたいになれるかも知れない。けど猫呼ちゃんがお兄さんを探してるみたいに、亡くなった兵士が帰りを待ちわびる家族の元に帰れる訳じゃない。もう元には戻らないのよ」
フルエレは悲しそうな顔ながら、無理やり笑顔を作った。
「ああ、そうです! 私もイェラさんも、もうここに住んでるのですけど、いいですよね」
猫呼はもうこれ以上重い空気は耐えられないと、超強引に話題を換える。少なくともフルエレとイェラは年上として、猫呼に気を遣う事をさせてはならないと話を合わせた。砂緒は黙って食事を再開する。
「そうなのね! 猫呼ちゃんだけじゃ無くて、イェラさんまでなんだ」
「ああそうだ。一人暮らしも良いが猫呼は一緒に居ると可愛いのだ、良いか?」
「もちろんよ!」
イェラは元住んでいた家を引き払い、こちらに移り住んでいた。
「砂緒さんお兄様がみつかるまで、これからは砂緒さんを臨時代用お兄様とお呼びしていいですか? ちゃんとそれ相応のお給金はお支払いします」
「お給金!? そのお話お受けして、砂緒!」
「臨時代用お兄様はコンプライアンス的に大丈夫なのか」
少しだけ場が和んでホッとした猫呼。
「そう言えば、牢屋で三毛猫仮面を見ました。なかなかの変態でしたね。あれが本当に兄ですか?」
びくっと猫呼のダミー猫耳が反応する。
「私の兄は……私の記憶の中ではまだ丸坊主のク○ガキでした……好みの兄タイプかどうか実際に見てみないと」
「ク○ガキ言うな。まだ子供だったと言え。それに好みで探すな」
イェラが注意する。
「なかなかの危険人物そうに見えましたよ」
「でも今は砂緒お兄様に甘えたいです!」
「本気で警察案件だから止めろ」
フルエレは自分の所為で場が暗くなったのに、元に戻りつつあってほっとした。本当は砂緒が悪いのだが、一切に気にかけてはいない。彼はまだ唇の感触を思い出していた。
「そうだフルエレ、今夜私は猫呼とイェラどっちのベッドで寝れば良いのですか?」
「ひゃ?」
「何を言っている」
猫呼とイェラが同時にびっくりする。
「最初にこの館に泊まった時に、フルエレが一番最初の夜だから、いっしょ」
「うわーーーわーーーわーーーわーーーわーーー。な、何を言っているの!?」
突然立ち上がって、真っ赤な顔で砂緒の口を押さえるフルエレ。
「何でも無いの、本当に何でも無いのよ。この人頭がちょっと……だから意味不明な事言うの。き、気にしないでね」
もう猫呼もイェラも二人に何かあったのだな……と思っているが、実際には何も無かった。でも二人はフルエレがいつもの調子に戻って来た事が嬉しかった。
「ここら辺りで結構ですわ、さあ降ろしなさい。自分で歩きまわ」
全く無視してズンズン進む砂緒。このままこの状態で衆人環視の下に晒されるのは嫌だと、生きエビの様にビチビチ体を動かす。このまま外に晒してやろうと計画していた砂緒はあえなく彼女を放流した。
「ではここで黙って目を閉じなさい。助けて下さったお礼をしたいと思いますわ」
「?」
砂緒は完全に、彼女が全身に数多く装着した宝飾品の一つを貰える物だと思い、貰える物は貰おうと言われるまま目を閉じ、恥も外聞も無くいつぞやの様に掌をすっと差し出した。
「びっくりしてはだめですわよ」
かすかに囁く様な小さな声。
「?」
差し出した手には確かにすぐに七華の柔らかい手が添えられたが、その中に宝飾品は無かった。直後、目を閉じた向こうからふわりと空気の層が移動してくる気配と甘い香りがして、その直後に自らの唇に触れる手などよりもさらに柔らかな感触があった。
(……うん!? 何ですかこれ……んんん!??)
真っ白な時間が過ぎ、重なる唇の感触が消えゆっくりと目を開けると、地下入り口から漏れるかすかな光を受けて妖しく光る細い糸、そして白く細い尖った指先で、はしたなく口元をすっと拭う微笑を浮かべる七華王女の顔があった。
「フルエレには内緒ですわよ」
耳元で囁かれ、なにかしらの攻撃を受けたのか、何が起こったのか分からず混乱して機能停止した砂緒。
先頭を切り、堂々と表に出る七華王女。その後ろには普段よりさらには無表情化し、左右の地面を一定時間ごとに交互に見ながら、自分の唇に指を当て考え事でもするかのように黙り込んで歩く砂緒の姿があった。襲われた姫を颯爽と救い出した騎士、という構図は完全に消えていた。
「んーーー~~~??」
砂緒のあまりの様子のおかしさに、やっと七華が戻って来たとか、テロ事件がどうだとかが一切吹き飛ぶ雪乃フルエレ。
「王女! ご無事でございましたか? お怪我はありませんか!?」
突如王女のお付きの美形剣士スピナが大声を出しながら歩み寄り、跪いた。
「馬鹿者! 地下牢に三毛猫仮面なる不審者が出没し、捕虜を一人殺して行きました。貴方は何をしていたんですか? この役立たず」
ばしばしと頭を3回程叩く。当然痛くも痒くも無いだろうが、公衆の面前で大きな侮辱ではある。
「返す言葉も御座いません。この失態、どの様な罰も受けましょう」
相変わらず心がこもっていない言葉。
「牢屋の扉の出っ張りで服が破れました。新しい物に着替えます。早くなさい」
「ははっ」
胸に手を当てかしずいた。
「ああ、そうですわ。雪乃フルエレ、今城内は大変な騒ぎの様ですね、またもやお礼をじっくり申し上げたいのですが、服の損傷もあり早く戻りたいと思うのです。しかし今はこれを貴方にお預けします」
破れた胸元を強く押さえながら、片手で頭に装着している大きな宝石が嵌め込まれた、美しいヘッドチェーンをフルエレに渡す七華。七華にとってはフルエレが真っ先に助けに行こうとした事など当然知らないので、あっさりとした態度であった。
「え、え、駄目ですいけません。とても大事な物なのでは……」
「三毛猫なる怪盗が狙っていた物です。私などより貴方達二人が持っていた方が余程安心出来るという物でしょう。無くさぬ様お願い致しますわ」
体の良い厄介払いであった。幾つもの宝飾品を持つ七華は、代々伝えられた物だとは知っていたが、命やそれ以上の価値を感じてはいなかった。
「え、あ、はい」
先程までの感動の対面と違い、事務的過ぎる冷静な態度に戸惑うフルエレ。なんだか一人で盛り上がっていた事が恥ずかしくなるくらいだ。
「砂緒さま、何か混乱している様です。お気遣いして差し上げて」
そう囁く様に言うと、混乱する区画を避ける様に指示を受けて、そそくさとスピナら護衛騎士に囲まれ安全な場所に避難していく七華王女。
「砂緒、大丈夫だったの? テロリストがあちこちに魔法瓶を設置してて爆発が起きて、その混乱に乗じて捕虜が沢山逃げ出して、城内は大混乱みたい。早く衣図さん達の所に向かいましょう」
見ると確かに広場にも数人の死体が転がっている。
「……はい。ですね」
服が血で汚れ、うわの空過ぎる砂緒。何があったのだと気になり過ぎるフルエレだった。
「だい……丈夫?」
衣図らと合流し、混乱する城を放置して村に帰還した砂緒とフルエレ。衣図らはテロがニナルティナ軍と連動した物である可能性を考慮して、すぐに兵達を集めて国境の警備に当たる為に出動してしまった。
「帰ろっか」
「そうですね、そうしましょう」
砂緒は先程のぎこちなさから一転、今度は努めて冷静にしている様に見えた。でもそれが逆に、いつもの不可解発言の無い常識的行動や発言が、フルエレの不信感を増大させた。
「わあ、おかえりなさいませ! 砂緒さんフルエレさん!」
「戻ったかフルエレ、大丈夫だったか」
書類を持った猫呼クラウディアと女剣士イェラが冒険者ギルドに入った二人を見て駆け寄る。二人は共に同じメイド服を着ている。イェラの物は既に新調されていた。
「ただいま! ここを守っていてくれたのね、本当に有難う」
「今戻りました」
「どうした元気が無いぞ砂緒、生気を吸い取られた様だな!」
びくっとする砂緒。明らかにおかしな態度に三人は驚いた。
燭台が並ぶテーブルの上には豪華な夕食が並ぶ。イェラが帰って来た二人をもてなす為に大急ぎで作った物だったが、下手な食堂などよりも美味しそうに見える物ばかりだった。
「凄い! イェラさんって絶対スーパー主婦になれちゃうね」
「私は生粋の戦士だ。スーパー主婦になどならない」
「手芸するのだって素敵よ! 実は一番お淑やかなのかもしれないわね」
4人は夕食を始めながら話を進めた。歓迎する二人は意図的にテロや牢屋の話は避けた。
「聞いてくれ、猫呼はプロだ。冒険者一人一人にバースデーカードや上達記念メッセージなど送っているぞ、ファンクラブまで出来た」
「イェラさんだって凄い人気ですよ、特に服を新調する以前は……」
「その事はもう言うな」
二人は偶然その場に居合わせていただけにも関わらず、性に合っていたのか嬉々として冒険者ギルドの話を続けた。
「しかしこのまま同じ事を続けていては駄目だ。今この辺りは深刻なモンスター不足に直面している。新しい狩場を開拓し、あちこちに宝箱を埋めて置いたりやらせもしようかと計画中だ」
「や、やらせは駄目ですよ!」
「フルエレさん、資金面はご安心下さい、魔法のお財布にはまだまだ金のつぶてはありますからね」
ようやく自分達の冒険者ギルドが軽く乗っ取られている事に気付いた……
「砂緒さんやフルエレさんにも手伝って欲しい事がいっぱいあります!」
「砂緒、お前も新しいアイディアを出すのだ」
雇う側から従業員になっていた……
「そうだ、少し前に紅蓮アルフォードさん、美柑ノーレンジさんという凄く強そうな超S級冒険者が来たのですよ! フルエレさんは知っていますか?」
「後で色々聞いてびっくりしたぞ。有名人らしい」
「まあ。凄いじゃない! 私はよく知らない人達だけどサインとか貰ったのかしら!?」
掌を合わせて驚くフルエレ。
「ああその発想は無かったな。それを飾ればここにも箔が付いたか」
がっかりして頭を押さえるイェラ。笑顔で話を聞きながらスープを飲む猫呼クラウディア、和やかな夕食風景だった。フルエレは黙り込んで静かに食べ続ける砂緒が気になり続けていた。
「砂緒、何か言って下さい! 今日はどんな迷言でも大歓迎よ!」
三人の笑顔の中、ゆっくりと砂緒がフルエレの方を向く。
「フルエレ、貴方は兵士を一人射殺したのですか?」
「ブフーーーーー!!」
猫呼は飲んでいたスープを霧状に噴射した。全て顔面で受け止めるイェラ。和やか一転黙り込む三人。フルエレは砂緒のおかしな様子はこの事かと誤解した。
「はい、撃ち殺しました。おじいさんが後ろから若い兵士に斬られそうになって。それで気付くと引き金を引いてて」
暗く沈んだ声で淡々と語るフルエレ。
「もうそんな話題は止めようよ」
猫呼が辛そうな顔になる。
「砂緒にはなるべく殺さないでなんて言いながら、どうしようもない嘘つきだよね」
テーブルに腕を置きながら、俯いて誰の顔も見ずに話すフルエレ。
「いちいちそんな事気にするな! 戦場では当然の事だ」
「砂緒はどう思う?」
なおも聞くフルエレ。
「天晴! 見事討ち取りましたな! としか思わないですが、そんな事。私に言った事と矛盾してるじゃないか! みたいな事も言うつもりは毛頭ありませんよ」
「それはそれで変だ。慰めてほしいフルエレの気持ちを汲め」
イェラが睨みながら砂緒を促す。
「ううん、いいのそれが砂緒だから。普通みたいに君は悪く無いよとか言いながら抱き締められて慰められたら、悲劇のヒロインみたいになれるかも知れない。けど猫呼ちゃんがお兄さんを探してるみたいに、亡くなった兵士が帰りを待ちわびる家族の元に帰れる訳じゃない。もう元には戻らないのよ」
フルエレは悲しそうな顔ながら、無理やり笑顔を作った。
「ああ、そうです! 私もイェラさんも、もうここに住んでるのですけど、いいですよね」
猫呼はもうこれ以上重い空気は耐えられないと、超強引に話題を換える。少なくともフルエレとイェラは年上として、猫呼に気を遣う事をさせてはならないと話を合わせた。砂緒は黙って食事を再開する。
「そうなのね! 猫呼ちゃんだけじゃ無くて、イェラさんまでなんだ」
「ああそうだ。一人暮らしも良いが猫呼は一緒に居ると可愛いのだ、良いか?」
「もちろんよ!」
イェラは元住んでいた家を引き払い、こちらに移り住んでいた。
「砂緒さんお兄様がみつかるまで、これからは砂緒さんを臨時代用お兄様とお呼びしていいですか? ちゃんとそれ相応のお給金はお支払いします」
「お給金!? そのお話お受けして、砂緒!」
「臨時代用お兄様はコンプライアンス的に大丈夫なのか」
少しだけ場が和んでホッとした猫呼。
「そう言えば、牢屋で三毛猫仮面を見ました。なかなかの変態でしたね。あれが本当に兄ですか?」
びくっと猫呼のダミー猫耳が反応する。
「私の兄は……私の記憶の中ではまだ丸坊主のク○ガキでした……好みの兄タイプかどうか実際に見てみないと」
「ク○ガキ言うな。まだ子供だったと言え。それに好みで探すな」
イェラが注意する。
「なかなかの危険人物そうに見えましたよ」
「でも今は砂緒お兄様に甘えたいです!」
「本気で警察案件だから止めろ」
フルエレは自分の所為で場が暗くなったのに、元に戻りつつあってほっとした。本当は砂緒が悪いのだが、一切に気にかけてはいない。彼はまだ唇の感触を思い出していた。
「そうだフルエレ、今夜私は猫呼とイェラどっちのベッドで寝れば良いのですか?」
「ひゃ?」
「何を言っている」
猫呼とイェラが同時にびっくりする。
「最初にこの館に泊まった時に、フルエレが一番最初の夜だから、いっしょ」
「うわーーーわーーーわーーーわーーーわーーー。な、何を言っているの!?」
突然立ち上がって、真っ赤な顔で砂緒の口を押さえるフルエレ。
「何でも無いの、本当に何でも無いのよ。この人頭がちょっと……だから意味不明な事言うの。き、気にしないでね」
もう猫呼もイェラも二人に何かあったのだな……と思っているが、実際には何も無かった。でも二人はフルエレがいつもの調子に戻って来た事が嬉しかった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界
Greis
ファンタジー
【注意!!】
途中からがっつりファンタジーバトルだらけ、主人公最強描写がとても多くなります。
内容が肌に合わない方、面白くないなと思い始めた方はブラウザバック推奨です。
※主人公の転生先は、元はシナリオ外の存在、いわゆるモブと分類される人物です。
ベイルトン辺境伯家の三男坊として生まれたのが、ウォルター・ベイルトン。つまりは、転生した俺だ。
生まれ変わった先の世界は、オタクであった俺には大興奮の剣と魔法のファンタジー。
色々とハンデを背負いつつも、早々に二度目の死を迎えないために必死に強くなって、何とか生きてこられた。
そして、十五歳になった時に騎士学院に入学し、二度目の灰色の青春を謳歌していた。
騎士学院に馴染み、十七歳を迎えた二年目の春。
魔法学院との合同訓練の場で二人の転生者の少女と出会った事で、この世界がただの剣と魔法のファンタジーではない事を、徐々に理解していくのだった。
※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。
小説家になろうに投稿しているものに関しては、改稿されたものになりますので、予めご了承ください。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで
あれい
ファンタジー
田代学はデブ男である。家族には冷たくされ、学校ではいじめを受けてきた。高校入学を前に一人暮らしをするが、高校に行くのが憂鬱だ。引っ越し初日、学は異世界に勇者召喚され、魔王と戦うことになる。そして7年後、学は無事、魔王討伐を成し遂げ、異世界から帰還することになる。だが、学を召喚した女神アイリスは元の世界ではなく、男女比が1:20のパラレルワールドへの帰還を勧めてきて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる