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I ニナルティナ王国とリュフミュラン国

初めてのお客さま 5 おかえりなさい、 お店は乗っ取られていた… .

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 二人共無言なまま砂緒すなおが七華リュフミュラン王女を抱えながら出口まで歩いて行く。次の角を曲がるともうすぐ出口が近い為か、少し明るい光が差し込んで来た。ここら辺りで七華が生来の気の強さが戻って来て、これまで馬鹿にしてきた相手に主導権を握られたまま外に出て、お姫様抱っこの状態で衆目に晒される事に嫌悪感が湧いてきた。なんとか主導権を取り戻さなければならなかった。

「ここら辺りで結構ですわ、さあ降ろしなさい。自分で歩きまわ」

 全く無視してズンズン進む砂緒。このままこの状態で衆人環視の下に晒されるのは嫌だと、生きエビの様にビチビチ体を動かす。このまま外に晒してやろうと計画していた砂緒はあえなく彼女を放流した。

「ではここで黙って目を閉じなさい。助けて下さったお礼をしたいと思いますわ」
「?」

 砂緒は完全に、彼女が全身に数多く装着した宝飾品の一つを貰える物だと思い、貰える物は貰おうと言われるまま目を閉じ、恥も外聞も無くいつぞやの様に掌をすっと差し出した。

「びっくりしてはだめですわよ」

 かすかに囁く様な小さな声。

「?」

 差し出した手には確かにすぐに七華の柔らかい手が添えられたが、その中に宝飾品は無かった。直後、目を閉じた向こうからふわりと空気の層が移動してくる気配と甘い香りがして、その直後に自らの唇に触れる手などよりもさらに柔らかな感触があった。

(……うん!? 何ですかこれ……んんん!??)

 真っ白な時間が過ぎ、重なる唇の感触が消えゆっくりと目を開けると、地下入り口から漏れるかすかな光を受けて妖しく光る細い糸、そして白く細い尖った指先で、はしたなく口元をすっと拭う微笑を浮かべる七華王女の顔があった。

「フルエレには内緒ですわよ」

 耳元で囁かれ、なにかしらの攻撃を受けたのか、何が起こったのか分からず混乱して機能停止した砂緒。


 先頭を切り、堂々と表に出る七華王女。その後ろには普段よりさらには無表情化し、左右の地面を一定時間ごとに交互に見ながら、自分の唇に指を当て考え事でもするかのように黙り込んで歩く砂緒の姿があった。襲われた姫を颯爽と救い出した騎士、という構図は完全に消えていた。

「んーーー~~~??」

 砂緒のあまりの様子のおかしさに、やっと七華が戻って来たとか、テロ事件がどうだとかが一切吹き飛ぶ雪乃フルエレ。

「王女! ご無事でございましたか? お怪我はありませんか!?」

 突如王女のお付きの美形剣士スピナが大声を出しながら歩み寄り、跪いた。

「馬鹿者! 地下牢に三毛猫仮面なる不審者が出没し、捕虜を一人殺して行きました。貴方は何をしていたんですか? この役立たず」

 ばしばしと頭を3回程叩く。当然痛くも痒くも無いだろうが、公衆の面前で大きな侮辱ではある。

「返す言葉も御座いません。この失態、どの様な罰も受けましょう」

 相変わらず心がこもっていない言葉。

「牢屋の扉の出っ張りで服が破れました。新しい物に着替えます。早くなさい」
「ははっ」

 胸に手を当てかしずいた。

「ああ、そうですわ。雪乃フルエレ、今城内は大変な騒ぎの様ですね、またもやお礼をじっくり申し上げたいのですが、服の損傷もあり早く戻りたいと思うのです。しかし今はこれを貴方にお預けします」

 破れた胸元を強く押さえながら、片手で頭に装着している大きな宝石が嵌め込まれた、美しいヘッドチェーンをフルエレに渡す七華。七華にとってはフルエレが真っ先に助けに行こうとした事など当然知らないので、あっさりとした態度であった。

「え、え、駄目ですいけません。とても大事な物なのでは……」
「三毛猫なる怪盗が狙っていた物です。私などより貴方達二人が持っていた方が余程安心出来るという物でしょう。無くさぬ様お願い致しますわ」

 体の良い厄介払いであった。幾つもの宝飾品を持つ七華は、代々伝えられた物だとは知っていたが、命やそれ以上の価値を感じてはいなかった。

「え、あ、はい」

 先程までの感動の対面と違い、事務的過ぎる冷静な態度に戸惑うフルエレ。なんだか一人で盛り上がっていた事が恥ずかしくなるくらいだ。

「砂緒さま、何か混乱している様です。お気遣いして差し上げて」

 そう囁く様に言うと、混乱する区画を避ける様に指示を受けて、そそくさとスピナら護衛騎士に囲まれ安全な場所に避難していく七華王女。

「砂緒、大丈夫だったの? テロリストがあちこちに魔法瓶を設置してて爆発が起きて、その混乱に乗じて捕虜が沢山逃げ出して、城内は大混乱みたい。早く衣図いずさん達の所に向かいましょう」

 見ると確かに広場にも数人の死体が転がっている。

「……はい。ですね」

 服が血で汚れ、うわの空過ぎる砂緒。何があったのだと気になり過ぎるフルエレだった。

「だい……丈夫?」


 衣図らと合流し、混乱する城を放置して村に帰還した砂緒とフルエレ。衣図らはテロがニナルティナ軍と連動した物である可能性を考慮して、すぐに兵達を集めて国境の警備に当たる為に出動してしまった。

「帰ろっか」
「そうですね、そうしましょう」

 砂緒は先程のぎこちなさから一転、今度は努めて冷静にしている様に見えた。でもそれが逆に、いつもの不可解発言の無い常識的行動や発言が、フルエレの不信感を増大させた。


「わあ、おかえりなさいませ! 砂緒さんフルエレさん!」
「戻ったかフルエレ、大丈夫だったか」

 書類を持った猫呼ねここクラウディアと女剣士イェラが冒険者ギルドに入った二人を見て駆け寄る。二人は共に同じメイド服を着ている。イェラの物は既に新調されていた。

「ただいま! ここを守っていてくれたのね、本当に有難う」
「今戻りました」
「どうした元気が無いぞ砂緒、生気を吸い取られた様だな!」

 びくっとする砂緒。明らかにおかしな態度に三人は驚いた。


 燭台が並ぶテーブルの上には豪華な夕食が並ぶ。イェラが帰って来た二人をもてなす為に大急ぎで作った物だったが、下手な食堂などよりも美味しそうに見える物ばかりだった。

「凄い! イェラさんって絶対スーパー主婦になれちゃうね」
「私は生粋の戦士だ。スーパー主婦になどならない」
「手芸するのだって素敵よ! 実は一番お淑やかなのかもしれないわね」

 4人は夕食を始めながら話を進めた。歓迎する二人は意図的にテロや牢屋の話は避けた。

「聞いてくれ、猫呼はプロだ。冒険者一人一人にバースデーカードや上達記念メッセージなど送っているぞ、ファンクラブまで出来た」
「イェラさんだって凄い人気ですよ、特に服を新調する以前は……」
「その事はもう言うな」

 二人は偶然その場に居合わせていただけにも関わらず、性に合っていたのか嬉々として冒険者ギルドの話を続けた。

「しかしこのまま同じ事を続けていては駄目だ。今この辺りは深刻なモンスター不足に直面している。新しい狩場を開拓し、あちこちに宝箱を埋めて置いたりやらせもしようかと計画中だ」
「や、やらせは駄目ですよ!」
「フルエレさん、資金面はご安心下さい、魔法のお財布にはまだまだ金のつぶてはありますからね」

 ようやく自分達の冒険者ギルドが軽く乗っ取られている事に気付いた……

「砂緒さんやフルエレさんにも手伝って欲しい事がいっぱいあります!」
「砂緒、お前も新しいアイディアを出すのだ」

 雇う側から従業員になっていた……

「そうだ、少し前に紅蓮アルフォードさん、美柑みかノーレンジさんという凄く強そうな超S級冒険者が来たのですよ! フルエレさんは知っていますか?」
「後で色々聞いてびっくりしたぞ。有名人らしい」
「まあ。凄いじゃない! 私はよく知らない人達だけどサインとか貰ったのかしら!?」

 掌を合わせて驚くフルエレ。

「ああその発想は無かったな。それを飾ればここにも箔が付いたか」

 がっかりして頭を押さえるイェラ。笑顔で話を聞きながらスープを飲む猫呼クラウディア、和やかな夕食風景だった。フルエレは黙り込んで静かに食べ続ける砂緒が気になり続けていた。

「砂緒、何か言って下さい! 今日はどんな迷言でも大歓迎よ!」

 三人の笑顔の中、ゆっくりと砂緒がフルエレの方を向く。

「フルエレ、貴方は兵士を一人射殺したのですか?」
「ブフーーーーー!!」

 猫呼は飲んでいたスープを霧状に噴射した。全て顔面で受け止めるイェラ。和やか一転黙り込む三人。フルエレは砂緒のおかしな様子はこの事かと誤解した。

「はい、撃ち殺しました。おじいさんが後ろから若い兵士に斬られそうになって。それで気付くと引き金を引いてて」

 暗く沈んだ声で淡々と語るフルエレ。

「もうそんな話題は止めようよ」

 猫呼が辛そうな顔になる。

「砂緒にはなるべく殺さないでなんて言いながら、どうしようもない嘘つきだよね」

 テーブルに腕を置きながら、俯いて誰の顔も見ずに話すフルエレ。

「いちいちそんな事気にするな! 戦場では当然の事だ」
「砂緒はどう思う?」

 なおも聞くフルエレ。

「天晴! 見事討ち取りましたな! としか思わないですが、そんな事。私に言った事と矛盾してるじゃないか! みたいな事も言うつもりは毛頭ありませんよ」
「それはそれで変だ。慰めてほしいフルエレの気持ちを汲め」

 イェラが睨みながら砂緒を促す。

「ううん、いいのそれが砂緒だから。普通みたいに君は悪く無いよとか言いながら抱き締められて慰められたら、悲劇のヒロインみたいになれるかも知れない。けど猫呼ちゃんがお兄さんを探してるみたいに、亡くなった兵士が帰りを待ちわびる家族の元に帰れる訳じゃない。もう元には戻らないのよ」

 フルエレは悲しそうな顔ながら、無理やり笑顔を作った。

「ああ、そうです! 私もイェラさんも、もうここに住んでるのですけど、いいですよね」

 猫呼はもうこれ以上重い空気は耐えられないと、超強引に話題を換える。少なくともフルエレとイェラは年上として、猫呼に気を遣う事をさせてはならないと話を合わせた。砂緒は黙って食事を再開する。

「そうなのね! 猫呼ちゃんだけじゃ無くて、イェラさんまでなんだ」
「ああそうだ。一人暮らしも良いが猫呼は一緒に居ると可愛いのだ、良いか?」
「もちろんよ!」

 イェラは元住んでいた家を引き払い、こちらに移り住んでいた。

「砂緒さんお兄様がみつかるまで、これからは砂緒さんを臨時代用お兄様とお呼びしていいですか? ちゃんとそれ相応のお給金はお支払いします」
「お給金!? そのお話お受けして、砂緒!」
「臨時代用お兄様はコンプライアンス的に大丈夫なのか」

 少しだけ場が和んでホッとした猫呼。

「そう言えば、牢屋で三毛猫仮面を見ました。なかなかの変態でしたね。あれが本当に兄ですか?」

 びくっと猫呼のダミー猫耳が反応する。

「私の兄は……私の記憶の中ではまだ丸坊主のク○ガキでした……好みの兄タイプかどうか実際に見てみないと」
「ク○ガキ言うな。まだ子供だったと言え。それに好みで探すな」

 イェラが注意する。

「なかなかの危険人物そうに見えましたよ」
「でも今は砂緒お兄様に甘えたいです!」
「本気で警察案件だから止めろ」

 フルエレは自分の所為で場が暗くなったのに、元に戻りつつあってほっとした。本当は砂緒が悪いのだが、一切に気にかけてはいない。彼はまだ唇の感触を思い出していた。

「そうだフルエレ、今夜私は猫呼とイェラどっちのベッドで寝れば良いのですか?」
「ひゃ?」
「何を言っている」

 猫呼とイェラが同時にびっくりする。

「最初にこの館に泊まった時に、フルエレが一番最初の夜だから、いっしょ」
「うわーーーわーーーわーーーわーーーわーーー。な、何を言っているの!?」

 突然立ち上がって、真っ赤な顔で砂緒の口を押さえるフルエレ。

「何でも無いの、本当に何でも無いのよ。この人頭がちょっと……だから意味不明な事言うの。き、気にしないでね」

 もう猫呼もイェラも二人に何かあったのだな……と思っているが、実際には何も無かった。でも二人はフルエレがいつもの調子に戻って来た事が嬉しかった。
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