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第一章 Suicide Seaside
第15話 実験 其のニ
しおりを挟む実験を取り仕切る研究員に聞けば、樹把は昨日に引き続き、今朝も早くから上司に緊急の頼まれ事をされて出掛けているらしい。
「あの教授にも困ったもんだよ。直前になって用事を思い出して、それを部下に頼むんだから。自分で動けって思うね俺は。こっちは国から今回の実験に対して必ずこの定員でって、厳命されてるっつーのに。本来だったら、じゃあまたの機会にって言って断れたのに、それすら出来ない。まぁ、というわけで漣。真矢は到着次第、向かわせるから先に下に降りててくれ」
研究員にそう言われて神璃は、後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、実験を受ける他の人と共にエレベーターで地下へと降りる。
扉が開いた瞬間、誰かしらの驚きの声が洩れた。
薄暗くて広い空間の中に、縦長の卵のような機械が均等にずらりと並べられていたのだ。奥の方は暗くて見えなかったが、同じ機械が並んでいるのだろう。どれだけの数があるのか見当が付かない。
(これが……人体保存装置)
どこか薄ら寒いものを感じながらも、神璃は研究員の指示に従って列に並んだ。
これから特殊な注射を打たれるのだ。
それは限りなく薄く溶かした『混沌』だ。これを体内に入れ、『SILENT』が管理する低温保存装置に入る。低温にする理由は『混沌』を身体の中で増殖させないためとも云われている。低温状態から目覚めた際に『混沌』の性質を強制的に利用して『SILENT』が記憶している『低温状態に入る前の』被験者の身体に戻す。すると体内の限りなく薄い『混沌』は、自身の性質に耐え切れずに消えてしまうのだという。
腕にちくりとした痛みが走った。
何やら異物が入っていくかのような、妙な気持ち悪さと腕の重さを感じたが、それは一瞬だった。
神璃は何やら懐かしい気持ちがした。
長年離れていた故郷に久々に帰ってきたかような、嬉しさとどこか悲しい気持ちが襲う。
研究員の誘導に従って、縦長の大きな卵型の機械の前に立った。自動的に扉が開いて中に入るように指示される。
ゆっくりと閉まっていく装置の扉を見ながら、神璃は色んなことを思った。
樹把はもう研究所に着いて、説明を受けているだろうか。
皇司と『天使』は話をしてみたのだろうか。
この中に入った一か月とは、一体どんな感じなのだろうか。
そんなことを思いながらも、やがて襲ってくる強い眠気に、神璃の意識は次第に遠のいていった。
***
「──さすがは『特待生』……いや、特殊能力者だ。『混沌』との相性がいい」
人体保存実験を任されている研究員は、『SILENT』から上がってくる結果を端末で見ながら感嘆の声を洩らした。通常人の身体に極僅かでも『混沌』が入ると、人は初めの内は拒否反応を示す。だがだんだんと『混沌』が身体中に広がっていく内に、『混沌』そのものに身体が慣らされていくのだ。
だが『特待生』は拒否反応を示すどころか、恰も自分自身そのものであるかのように『混沌』と共存する。
この『特待生』はどの濃度までの『混沌』を受け入れることが可能なのか。研究をする者としては興味深くて仕方がない。
上層部は今は『SILENT』が管理している『混沌』を、将来的には人間が支配出来ないものかと考えている。彼らがどのようにして『特待生』に特殊能力があることを見抜いたのか、一介の研究員には知る由もない。だが上層部が『特待生』を使って何かしようとしていることは分かる。
研究員はどこか遣る瀬無い思いを抱きながら、『特待生』が眠るカプセルを見遣った刹那。
もうひとりの研究員が走って来て、耳打ちする。
「──何!? それじゃあ、国が決めた定員が足りなくなるじゃないか」
「それが……──状態が落ち着き次第、こちらで『保存』をしながら身体を慣らしていくと」
「ああ、それならちゃんと定員になるのか。上層部が監査に来ても問題ないな」
「ええ……しかし……」
「お前の言いたいことは分かるさ。おちおち死にかけることも、恐ろしくて出来やしないな」
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