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第三部 降誕す
第386話 求愛 其の五
しおりを挟むだから、逃げたのだ。
感情を雄弁に語る人形の表情すらも怖くて。
逃げて気持ちを落ち着かせようと思ったのだ。
そんな香彩の言葉に、お前なぁ……、と竜紅人が胡坐をかいた膝に頬杖を付きながら、呆れた様子で言う。そしてもう、何度目になるのか分からないため息をついた。
「お前の逃げ癖は分かってるつもりだったが、それで逃げたって何の解決にもならんだろうが。『怖さ』が余計に増して、更に逃げる道に進んで深みに嵌るだけだ。嵌ってしまえば最後『怖さ』の為に偽面を被る……違うか?」
それは決して怒っている声色ではなかった。寧ろどこまでも呆れたような、それでいて仕方ないと思いつつも、諭すような雰囲気で告げられた言葉だった。
昔はよくこんな叱り方をされたことを思い出して、香彩の心の中に苦いものと温かいものが鬩ぎ合う。確かに彼の言う通りなのだ。
逃げれば逃げるだけ『怖さ』の深みに嵌る。やがてそれは取返しのつかない事態となり、『怖さ』の為に周りの者や自分自身ですら心を偽ることになる。
過去にもそんなことがあった。素直になったらもう終わりなのだと思って、嘘をついて擦れ違った。
あれからあまり時は経ってないというのに。
香彩は竜紅人の目を見ながら、こくりと頷いた。
「……逃げないで、ちゃんと向き合って話をするって約束したのに……ごめん、りゅう」
『怖さ』は依然、心の中に重く存在している。これを解消するには『怖さ』の原因となっているものに、直接向き合うしかないのだとよく理解している。
(向き、あって……)
話をして、答えを出す。
それの何と難しく、怖いことか。
嫌われたくないと思う人には特に。
「まぁ俺も何でいきなり人形になったのか分かんねぇけど、人形が怖いのならすぐにでも竜形に戻る。だから話を……──」
「──駄目……っ!」
それは咄嗟に口から出た言葉だった。
香彩は思わず自分の口元を手で押さえる。発してしまった言の葉のあまりの勝手さに、羞恥で顔に朱が走った。
竜紅人が驚いたような、そして更に呆れたような顔をして、目を大きく開けている。
「ごめん……何、言ってるんだろう、僕」
人形が怖くて、この美麗な伽羅色に、自分がどのように映されるのか怖くて、逃げだしたというのに。久方振りに見た生身の人形が見えなくなってしまうのも嫌だなんて。
竜紅人を見遣れば、彼は粗野にも自分の頭を掻き毟ったかと思いきや、何かを我慢するかのように悶えながら天を仰いでいた。
そしてもう本当に何度目になるのか分からない、深いため息をつきながら、面白そうにくつくつと笑うのだ。
「お前さ、俺の竜形もそうだけどさ……俺の人形も、好き過ぎるだろ」
「──っ!」
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