343 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第343話 撞着憤む 其の四
しおりを挟む一度開き直ると前向きになる香彩だが、時折その前向きの気持ちを保ったまま、とんでもない方向に進むことがある。今まで何故そうなるんだと、さりげなく香彩の軌道修正をしていたのは療と、目の前にいる紫雨だった。
療は相談という形で。
そして紫雨は『悪役』という形で。
くつくつと笑いながら紫雨が、酒杯に並々注がれた神澪酒を一気に呷る。
「──逃げ場所は提示した。後は竜紅人が捕まえに行けばいいだけの話だ」
「逃げる前提なんだ」
療のその言葉に、紫雨がますます面白いとばかりにくつりと笑った。
「逃げないとでも?」
「ん──……」
力なく療は空笑いをする。
まさかこの後に及んでとは思うが、別方向に突き抜ける香彩だ。あの真摯な目がまさか『逃げる覚悟を決めた目』だとは思いたくない。
思いたくないが、何せ香彩には前例がある。
「それで『逃げ場所』を作って上げるだなんて優しいよねぇ、紫雨」
「探す手間を考えれば楽だろう? 以前お前と香彩が桜香に会いに、紅麗に行った時のことを忘れたか? とんでもない形相で香彩はどこだと、俺の政務室に飛び込んできたんだんだぞ竜紅人は」
「あ、そっち方面にも一応、配慮してるのね」
「両方厄介だが、竜紅人には実害があるからな」
「あ──……」
四つある城門の一つ、白虎城門の先にある街道の石畳を破壊し、桜の木々をこれでもかと薙ぎ倒したのは記憶に新しい。そして幽閉前に上位の竜である黄竜と争って、地面を深く抉り、山の木々も広範囲に渡って薙ぎ倒したのだ。
実害を防ぐ為に香彩に逃げ場所を先に示しておけば、あの時のように混乱して気配を読むことすら忘れていた竜紅人に、明確なことを答えられると紫雨は踏んだのだろう。少なくとも香彩がどこに逃げたのか分からない、という事態は防げると。
「それに怒りをこちらに向けられても困るのでな。以前のように突進してくる蒼竜を止める『力』など、俺にはもう残されてない」
「流石に竜ちゃんももう香彩のこと、ある程度分かってるだろうし、そんなに混乱しないとは思うけど、もしそんな状況になったらオイラが止めるよ」
「──ああ、任せる。その時は出来るだけ中枢楼閣から離れてくれ。何かしら壊して咲蘭の奴に嫌味を言われたくないのでな」
紫雨の心底嫌そうな物言いに、療はくすくすと笑うと素直に応えを返す。
彼は再びくつくつと笑いながら、酒杯に酒を注ごうとした。だが酒甕はすでに空になっていて、紫雨は新しい酒甕の封を開けようとする。
「紫雨、いくら強くても流石に飲み過ぎじゃない?」
「……」
饒舌だった紫雨は打って変わったかのように、無言のまま酒甕を開けた。
ぶわりと再び部屋を、そして紫雨と療を包み込むのは、濃厚な神澪酒の酒気だ。すでに室内に蓄積されている物の上に更に覆い被さるような、そんな何層もの白い空気に療の身体は更に熱くなる。
療は無意識の内に身体の熱を冷まそうと手で扇ぐ。だがそれも馥郁とした神澪酒の酒気を、顔に浴びせるだけに終わってしまう。
(ああ、これは)
酒気を逃がさないと、危ないかもしれない。
どこかふわふわとした頭の中で、そんなことを思う。
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる