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第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第314話 顕現 其の三
しおりを挟む『……様、香彩様!』
誰かが自分を呼んでいると香彩は思った。それはどこかで聞き覚えのある声だ。
眩しくて開けていられなかった目が、少しずつ慣れてくる。
目の前にいるのは大きな獣だろうか。
黒の縦縞模様がだんだんと見えてきて、香彩は驚きのあまり息を呑んだ。
「白、虎……!」
目の前にいる大きな虎竜を捉えたその時、ぶわりと神気の気配が大きくなるのを感じた。
『我々を受け入れて下さり、有り難き幸せに存じます。ようやく私を視て下さいましたなぁ。香彩様』
「──ああ、白虎! 白虎だ!」
香彩は思わず白虎の首に抱き付いた。胸に抱き締めていた銀狐が、ひらりと身を翻して白虎の頭の上に乗る。
側にいることが当たり前だと、その存在を感じることが当たり前だと思っていた。
気配を感じなくなり、その姿を捉えることが出来なくなってしまったから、余計に思うのだ。ごく自然に白虎の気配を感じ、姿を視ることが出来る。それが堪らなく嬉しくて、香彩は白虎の柔らかな白い毛並みに頬を擦り寄せた。
「あ! そういえばみんなは? いるの?」
一頻り毛並みを堪能してから離れた香彩が、白虎の綺麗な青空色した目を見つめながらそう言った。
白虎が返事をするように低く唸る。
『まだ貴方様への負担が大きいと思いまして、私だけが馳せ参じました。皆、心配しておりましたよ香彩様』
白虎はそう言うと、この白い世界の天に向かって、大きく咆哮する。
するとどうだろう。
白虎に応えるかのように天から咆哮が聞こえてくる。朱雀、青龍、玄武の聲だ。
術力の源でもある大きな光玉の側にいて、くるくると回る小さな四つの光玉の思い出す。彼らが先程、術力の源と共にこの胸に納まった所を見ていたはずだった。だが実際に白虎の姿が視られるようになり、他の式達の聲が聞こえるようになって、香彩はようやく実感する。
『力』が自分の元に戻ってきたのだと。
『──僕の『力』を護ってくれてありがとう』
香彩は白虎とそして天に向かって言う。
天からは再び喜びに満ちた咆哮が聞こえてきて、香彩は思わず涙ぐんだ。
溢れて伝いそうになる眦を、銀狐の小さな舌が舐める。
くゎいくゎいと、銀狐が鳴いた。それに返事をするように白虎が、くるくると唸る。
『そう銀狐の言う通りですとも。この夢床にもう長居は無用です、香彩様。さあ、お乗りになって下さい』
帰りましょう、と白虎が言う。
香彩は頷くと白虎に飛び乗った。白虎の頭の上にいた銀狐が再び香彩の腕の中に収まる。銀狐が落ちないようにしっかりと抱き締めれば、銀狐が嬉しそうにくぅぅと鳴いた。
白虎が地を駆けて、やがて飛翔する。
優美な縞模様の尾をさらりと振り、宙を駆け上がり、その鋭い爪で虚空を掻いて、天へと昇っていく。
白い世界は、もう無用だろうとばかりに弾け飛ぶようにして消え去った。その眩しいばかりの光の渦に、香彩の視界は浚われて、やがて何も見えなくなった……。
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