上 下
293 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う

第293話 蜘蛛と獲物 其の四

しおりを挟む


 それはひどく甘美な誘惑にも思えた。
 心の隙間に冷やりとした風が吹き込み、それが心の奥底の一番見てはいけない部分に、冷たくじっくりと溜まっていくかのようなそんな感覚に、竜紅人りゅこうとはくつくつと嗤った。


(──だがそれはひどく後悔する) 


 確かに繋がれた香彩かさいは逃げられずに、ずっと自分の側にいるだろう。
 だがそれで香彩が何を思うのか、考えるだけで眩暈がしそうだと竜紅人は思った。
 嫌われたくないのだ。
 ずっとずっと渇望し、焦がれながらも自我を殺していたというのに、想い人がずっと自分のことが好きだったのだと、求めてくれたのだから。


(だから駄目だ) 


 逃がすものかと訴えて安心させて。
 香彩を縛る御手付みてつきという名の長い長い鎖を付けたまま、逃がさなくてはならない。
 いずれ香彩の心が落ち着いて、香彩自身が再び自分を求めてくるまでは。
 そんな未来を想像し、竜紅人は再び獲物を見つめながら、くつりと笑った。


(……安心させて、逃がして──……追い詰める……!)


 それはまさに真竜の狩猟本能を刺激するのだ。
 ねっとりと舌で耳孔を責めれば、『香彩』の艶めいた色声が上がる。つつと、舌を首筋に滑らせて強く吸い牙を立てれば、その声はより一層、淫らになった。


「──っ!」


 獲物もまた同一の存在である為か、同じ快楽を感じているのだろう。思わず耐え切れなかったと言わんばかりの声が上がる。
 吸った肌に浮き上がるのは、唇痕だ。
 陶器のような白く滑らかな肌に残る紅はあまりにも淫靡であり、自分の痕を残すこの行為を大層気に入っていた。そして香彩もまた、自分に愛撫の証を肌に落とされるのが、堪らなく好きなのだと竜紅人は思っていた。
 寂しいから強く痕を残して欲しいと言われたことを、昨日の事のように覚えているのだ。
 竜紅人は楽しそうにくつりと笑うと、ようやく獲物の頬に触れた。


「……教えて、くれる気になったか……?」


 わざと色を含ませた声に、香彩の翠水が大きく揺れる。奥歯を噛み締め、ぐっと口を閉じているその姿は、決して悦楽だけを堪えているわけではないのだと見て取れた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

処理中です...