287 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第287話 靉靆たる 其の一
しおりを挟むやがて紙蝶が消えた空から、招影が作り出した罪悪感の幻影の世界と、蒼竜が視せていた偽りなき世界が、真っ二つに割れるかのように切り裂かれて消えていく。
すとん、と。
まるでその世界から落とされるかのように、『自分のいる世界』が変わる。
ゆっくりと目を開ければ、白い世界に横たわっている自分がいた。
帰ってきたのだと香彩は思った。
『幻影の世界』から自分の夢床へと。
身体を起こそうとすると、忘れるなと言わんばかりに、後ろから抱き締めてくる逞しい腕がある。
項の辺りに彼の、それは大きな大きなため息が聞こえて、その吐息の熱さに香彩はびくりと身体を震わせた。
「お前なら絶対にそうするだろうなと思っていたが……妬けるな」
「──……っ、竜紅人……」
頸根に落とされて軽く肌を吸う唇に、香彩は息を詰める。
決して寧を赦したわけではないのだと、背後の想い人に小さく呟いた。
そう、赦したわけではないのだ。かと言って絶対に赦さないのだと、断言出来ない自分もいる。その心の曖昧さが、在り方が、自身でも分からないのだ。
かつて自分も同じことを、眠らせた竜紅人にしてしまっているが為に。
無言のまま香彩の細い項に吐息を落としていた竜紅人が、窘めるように軽く牙を立てた。
思わず上げてしまいそうになった艶声を何とか堪える。香彩のそんな様子を見つめながら、竜紅人はくすりと笑うのだ。
「──さて、行こうか。香彩」
「えっ……」
背中に感じていた温かな竜紅人の身体が離れる。釣られる形で起き上がれば、彼が手を差し伸べていた。おずおずと彼の手の上に自分の手を乗せれば、ぐっと引かれて立ち上がるのを手伝ってくれる。
「行くって、どこに?」
自分よりも背の高い竜紅人を見上げて、香彩が言った。
一面の白い世界だ。
この世界のどこに行く宛てがあるのだろう。
蒼竜の啼いた偽りなき世界を視て、ようやく戻って来られたこの夢床だ。
(それでもまだ何かが足りないから)
『力』が戻って来ないのだということは嫌でも分かる。
(でも、何が……?)
何が足りてないのか、香彩自身分からないのだ。
戸惑うような表情を見せる香彩に、竜紅人が少し困った顔をする。
「どこに行くのか、どこに在るのか、知ってるのはお前だけなんだけどなぁ」
最後の罪悪感、お前はお前自身をどこに隠したんだ──?
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる