286 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第286話 偽りなき真実 其の二十一 ※挿絵あり
しおりを挟む「……っ!」
言葉にならないまま、再び真実の幻影が暗闇に閉ざされる様を、香彩はただ見つめていた。
竜紅人の物言いから、叶と紫雨が画策していることは分かっていた。そして蒼竜が真実を啼いて視せたことにより、あの二人が何をしていたのか見ることが出来た。だがそこに寧が関わっていたなど、想像すら出来なかった。
(……関わっていたというよりもあれは……!)
香彩の心の中で失っていた物のひとつが、かちりと音を立てて嵌まった刹那、暗闇の中でほのかに光るものが、ゆらゆらとこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
それは紙蝶だ。
どこか不自然な飛び方で、今にも落ちていきそうなそれを、香彩は自身の指に止まらせる。
不自然にも羽に穴の開いた紙蝶を。
(これ……っ!)
まさにそれは叶が鋭爪で穴を開けた、寧の紙蝶だった。
(──どうしてここに? 叶様に奪われたんじゃなかったの?)
事が済んで叶が手元から離したのか。それともこの紙蝶もまた幻影のひとつなのか、香彩には判断出来ない。だが紙蝶は縋るように、香彩の指にその脚を絡ませている。
香彩は複雑な感情を抱いたまま、紙蝶を見つめた。
不可抗力であれど、叶に対して間諜を働いた。それは縛魔師としての一線を越えた、赦されない禁忌なのだと承知している。
だが『叶という存在』は意外と面倒臭がりな性格なのだということを、香彩はよく知っていた。だから本来ならば明確な敵意がない限り、罰を与えるという面倒なことをせずに、警告で済ませるはずだ。それが立場という物を最大限に利用し、紙蝶を媒体として妖力を送って脅迫し、事が済むまで媒体を取り上げることまでやってのけたのだ。
(……そうして寧の受けた罰は、丁度良いから使ってやれと言わんばかりのもの)
もしかすると寧が不敬を働くように、上手く誘導したかのように思えてくる。
そこまでの『真相』は彼君の心内だったのか、真実を啼く蒼竜の幻影には現れなかった。だがおおよその想像は付く。
(──その、全てが……)
(僕の……『力』を取り戻す為)
己の内側にある『もの』を見つめさせる為に行われたこと。
それに寧が体よく使われたのだ。
心内に潜ませて、本来ならば決して表に出すことのなかっただろう、香彩に対する春機すら利用されて。
「……寧」
ぽそりとその名前を呟く香彩はいま、自分の気持ちが分からなかった。ただ何かとても遣り切れなくて、遣る瀬ない気持ちが心から溢れてくる。
その溢れる感情のままに香彩は、指に止まっている紙蝶の羽に、触れるだけの接吻を贈った。
ふるりと身を震わせた紙蝶は、幾度か羽をゆっくりと羽撃かせる。
すると一体何の『力』が働いたのか、紙蝶の羽の穴が、見る見るうちに治っていくではないか。
「あ……」
かちり、と。
心の中に欠けていたものが再び嵌まった気がした。
それが何なのかは分からなかったが、心の奥がひどく熱い気がしてならない。
香彩の指に六脚を絡めていた紙蝶が、まるで礼でも言うかのように香彩の周りをくるりと飛んでから、幻影の暗闇の大空へと羽撃いていく。
持ち主の元へ帰ろうとしているのだろうか。
ほのかな光の軌跡を残しながら天高く飛び行くそれを、香彩は姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説



ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる