278 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第278話 偽りなき真実 其の十三
しおりを挟む「──何だ?」
「いえ、こちらのお話ですよ」
そう言って叶は再び、にぃと笑う。
そんな叶の笑いに少し訝しむ様子を見せた紫雨だったが、特に追求することはなかった。追求しても無駄だと思ったのだろう。
大局を見据え、個を慮ることをしない性質を、誰よりもよく分かっているのは、彼君との付き合いの長い紫雨だ。追求したとて、はぐらかされるのが目に見えている。叶にとって結果が全てだ。その過程で自身が求める結果の為に、多少手を入れたりすることもあるが、所詮は通過点に過ぎないのだ。その通過点から結果に向かう道中の人の想いなど、眼中にはない。
紫雨は叶の前を無言で横切ると、ある木壁の前に立ち、そっと触れた。
『力ある言葉』を唱えれば、不思議なことに木壁から、陣の紋様が浮き出てくる。
それが紫雨がよく使う移動手段であることを、香彩はよく知っていた。
目的の場所にあらかじめ同じ陣を描いておき、『力』を発動させれば、今いる場所からその場所へ瞬時に移動することが出来る。あまり長距離を移動出来るわけではないが、便利な術式だ。しかもさほど『術力』を使用するわけではない。だが高度な技術が必要な為、現在は紫雨しか扱うことが出来ない術のひとつとなっている。
「──どちらへ?」
叶は独特の抑揚のない口調で、紫雨に聞いた。
興味はないが、とりあえず聞いたのだと言わんばかりのその程に、紫雨が面白そうにくつくつと笑う。
「陰陽屏だ。お前がどこの『北東鬼門』で病鬼をわざわざ皆に分かるように捕まえたのか、だいたいの想像がつく。縛魔師達はさぞかし不甲斐ない思いをしただろうさ。ただでさえ役職を引き継いだ大司徒《だいしと》は、その甚大な術力を失ったという噂で持ち切りだ。多少は補佐と便宜を図らねば、後に悔恨を残しても堪らんだろう?」
「……いやはや、人とは面倒ですねぇ」
「そう仕向けた張本人がよく言う。出来ればこれ以上、面倒なことを起こしてくれぬことを願うばかりだ、叶」
言葉とは裏腹に再び楽しそうに笑う紫雨に、叶は無言のまま笑みを返す。
幽鬼めいた、だが何かを含んだかのような笑みを。
紫雨の姿が、仄かに光る陣の描かれた木壁へと消えて行く。
それを見送ってから叶は、くすくすと声を立てて笑った。
「……衝撃が欲しいと、わざわざ口にして差し上げたというのに逃げないなんて、余程術に自信があるのか、それとも……」
私に餌として遣われたかったのか、どちらなんでしょうねぇ。
まさにそれは刹那の間だった。
叶が何やら掴むような動作をした。
彼の手の中にあったのは、白い蝶だ。
くつり、と喉奥で叶が笑う。それはまさに獲物を捕らえたと言わんばかりの、最高の材料を手に入れたと言わんばかりの、捕食者の笑みだ。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる