蒼竜は泡沫夢幻の縛魔師を寵愛する

第二部 嗣子は鵬雛に憂う

第268話 偽りなき真実 其の三

　耳元で囁く竜紅人りゅこうとの薄い唇が、軽く耳輪に触れる。その唇の熱さに、吐息の熱さに、香彩かさいはびくりと身体を震わせた。
　どうしても感じてしまう場違いな劣情に、香彩かさいは身を捩って抵抗を試みる。決して竜紅人りゅこうとに、軽く耳に接吻くちづけされるのが、嫌だったからではない。まるで条件反射のように、官能に火が点く自分の身体が嫌だったからだ。
　だが香彩かさいの後ろから力強く抱く竜紅人りゅこうとの腕は、びくともしなかった。
　変に高まる胸の鼓動を既に知られてしまっているのか、竜紅人りゅこうとがくすりと笑う。それにすらも、この胸は動揺を隠せない。
　竜紅人りゅこうとは香彩かさいの様子を見計らっているのか、しばらくの間、無言だった。
　ようやく鼓動が落ち着いてくると、竜紅人りゅこうとの先程話していた言葉が、心の中に入ってくる。


(……僕があの時……)　


　竜紅人りゅこうとを喚よばなくても、竜紅人りゅこうとは成人の儀に乱入する気でいたのだということ。
　その媒体となった唇痕は、人形ひとがたで会えないことが寂しいのだと言った自分の為に、思念体で会えるようにしてくれていたものだということ。
　戸惑いと嬉しさが香彩かさいの心の中に同居して、やけに騒めかせる。不安な気持ちとそれ以上の温かな気持ちが、竜紅人りゅこうとの存在そのものから、香彩かさいの身体に染み渡るようだった。
　そんな温かさを擦り付けるかのように、竜紅人りゅこうとが香彩かさいの後頭部に接吻くちづけを落とす。


「だからあの儀式に乱入して、少しでもお前の罪悪感が薄まればいい、そう思っていた。お前が前後不覚になる頃に現れて、あの時抱いたのは紫雨むらさめだけではないのだと、ほんの少し、お前の記憶に残る程度で良かった。だがお前が俺を『喚よんで』しまったことで、別の罪悪感を生み出す原因を作ってしまったのなら、もっと早くに……それこそ儀式が始まった直後から乱入すべきだったと、後悔している」　
「……っ！」


　香彩かさいは言葉を詰まらせた。竜紅人りゅこうとに何と言っていいのか分からなかった。気持ちが一杯になりすぎて言葉が出ない。
　ただでさえあの強請った唇痕のことで、心の中に色んな感情が溢れているというのに。
　竜紅人りゅこうとの言葉に、心がとても軽くなったのは事実だった。自分が喚よんでしまったのだと、見たくもない別の男の愛でた痕を見せ付けてしまったのだと、そう思っていた。だがそうではなかった。


「自分で乱入するつもりだったとはいえ……確かに『喚よばれた』直後の乱れたお前の姿を見て、嫉妬と理不尽な怒りを覚えのは事実だ。紫雨むらさめだからだと分かってはいたが……お前は俺以外の手でこんなにも艶やかに乱れるのかと思ったら、妙に憎らしかった。だが……」


　香彩かさいを後ろから掻き抱いていた腕が少し緩んだかと思いきや、竜紅人りゅこうとは香彩かさいの手をやんわりと握り締めた。


「俺が触れた時……お前、明らかに声が変わっただろう？」