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第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第259話 光射す 其の三
しおりを挟む主に真竜に対して使う『力ある言葉』の誓願は、力を貸してほしいと希い、彼らの神気を術力に変換する為のものだ。その際に心の奥深くの夢床を通るとされている。夢床に借りた神気を集めて術力に変換し、放つのだ。
祀りにおける儀式も同様で、真竜に召喚を希う為の誓願をし、術者の『力』の源とも云える夢床の深い場所で、降り立った真竜と様々な契約を交わす。当人同士言葉を交わし、契約を終えるまで少し時間を要するが、儀式を外側から見ている者からすれば、真竜が現れて握手を交わし消える、まさに一瞬の出来事だ。
香彩は『雨神の儀』における、雨神召喚の為の『力ある言葉』を上げることが出来なかった。それはまさに雨神に『ここへ来て力を貸して下さい』と希うことが出来なかったのと同意だった。
香彩の言葉に、小さく息をついたのは雪神だ。
「──これが覚醒の颶風に乗って、我らのところに流れて来た」
雪神が衣着の懐から取り出したのは、祀祗札だった。
「……あ……」
覚醒の颶風、そして祀祗札。
それは香彩にとって、一生忘れることの出来ない出来事だった。
術力の喪失を知ったあの日。
激しい雨と風に打たれながら、この札を手に取り、『力』の発動を希った。だが祀祗札は香彩を嘲笑うかのように手元から離れ、強風に煽られて空へと舞い上がり、やがて消えていったのだ。
「お前の、今までの誓願とは違う、『力』を希う強い想いが込められていた。きっと何かあったのだと思い、我々はこの札を媒体に、お前の『中』の気配を探り、降りようと考えた。辺りは一面の闇でそれは驚いた」
雪神が視たのは、招影が齎す毒そのものだったのだろう。
「お前の『中』を探っているのに、お前が視えない。そんな奇妙な空間の中、一点だけ清浄な物が視えた。……お前の懐にある羽の持ち主に感謝することだ。おかけでお前達の居場所を、感知することが出来たのだから」
香彩は無意識の内に、衣着の合わせ目に触れた。縛魔師の正装の一番奥、下衣の内袋には咲蘭から貰った黒い羽が仕舞われている。
黒羽は魔を払う『力』が強い。
少しでも穢れが払われればと、貰った日から身に付けていたものが、こんな形で役に立とうは、香彩は思ってもみなかったのだ。
雪神から差し出された祀祗札を、香彩は複雑な気持ちのまま受け取る。
「──実の所、傍観を決め込むつもりでいた」
どこか躊躇いながらも雪神は、淡く笑みながらそう言った。
「彼君の描かれた台本を、汚すことに成り兼ねない。そう思っていたのだが……お前がお前でなくなれば、我々もお前を通じて人に干渉が出来なくなる。それだけはなんとしても避けたかった」
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