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第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第237話 災悪の魔妖 其の二
しおりを挟む厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
神経を逆撫でするような鳴哮に悪寒がして、香彩は身を震わせた。
背筋に冷たいものが通ったかのような、ぞくりとした感覚は、戦慄か。何度か覚えのある己れの生命の危険を、大切な人の生命の危険を報せる合図のようなものが、体中を駆け巡る。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
潔斎の場の門から侵入してきたそれは、人の二の腕から手の先までの、影のようなものだった。だが二の腕の部分が異様に長く、無数に絡み合う蠢蟲を想像させた。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
慌てふためく人々を、古参の導師達が諌め、固めさせる。
的確な判断だと香彩は思った。それを識る者は決して接触してはならないことを知っている。
招影、と呼ばれている。
名前の通り『影を招く』存在であり、何かに憑いて、周りに全ての災悪、禍災をおびき寄せ招き寄せ撒き散らす、最悪の魔妖だ。
その正体は川藻だと云われている。
普段は川の流れに沿って漂っているが、何かに『呼ばれる』と川に投げ込まれた、もしくは向けられた様々な人の怨邪念を全て背負って空を漂い、呼ばれたもの憑くのだ。
招影に接触すると、絡みつく念に罪悪感が刺激され、忘却された苦痛の記憶が甦り、人の心を死に至らしめる。
ぽたり、ぽたりと。
招影の指先から水滴が滴り落ちる。
それはまるで半紙に墨汁を落としたかのように、じわりと神木の床を黒く染め、空気を澱ませ、穢していく。
腕はどこからが始まりなのか、検討もつかないほど長い。何体もあるそれは、絡み擦れる度に、気味の悪い鳴声を上げるのだ。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
厭魘艶嫣、怨瘟陰鴛。
その中に忘れたくとも忘れられない、聞き覚えのある官能的な低い声を聞いた気がした。
「……どう、して……?」
周りの者が異形の招影に気を取られている中、香彩だけが紫雨を凝視していた。
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