214 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第214話 待ち人 其の三
しおりを挟む「上衣、もう脱いでも大丈夫ですよ」
香茶を淹れながらそう言う、咲蘭の言葉に促されて香彩は、被衣のように頭から被っていた咲蘭の上衣を脱ぐ。
丁寧に畳んでいると、目の前の卓子に香茶と季節の甘味がそっと置かれた。
「しかしこれほどとは……」
香彩から上衣を受け取った咲蘭が、香彩を見ながら言う。彼らしくない、まるで全身を見定めるような眼差しに、香彩は気色ばんだ表情を浮かべた。
「──ああ、すみません。ただあまりにも匂い立つようだと思いまして。呼び出しておいて申し訳ありません。ですがあなたのお屋敷まで迎えに行けばよかったと、後悔しておりますよ」
紫雨に叱られてしまいますね、と話しながら席に着く咲蘭を、香彩は複雑な感情のまま見る。
彼の口から出てきた名前に、苦々しい思いと、寂寞たる思いが心を占めた。
門前払いを食らったのは、つい先程だ。
それは心のどこかにあった甘えという扉を、目の前でぴしゃりと閉められたようなものだった。
自分は一体何をしに、皇宮母屋を訪れたのか。
報告か、それとも相談か。
力量を示せという言伝に、居た堪れない気持ちになって、直ぐ様立ち去った。
皇宮母屋を背に早足で歩きながら、どこか裏切られたような気分になったのも事実だった。だがそれこそ自分の心が幼い証拠だと、香彩はぐっと奥歯を噛み締める。
(……それでも自尊心を捨ててでも、求めてしまったのは)
保護ではない。
救いではない。
では、何だ……?
自分はあの人に、何を求めていた……?
「……調子は……いかがですか?」
自分の内側に向いていた意識が、咲蘭の言葉によって浮上する。
香彩は無言のまま、首を横に振った。
成人の儀を済ませてから数刻で、自身の術力の消失を知った。
それから数日は屋敷にて、禊を行い、清めの香を焚き、己と内側と向き合って術力を取り戻そうとした。
だが内側を見つめれば見つめるほど、成人の儀のことを歴々と思い出し、こんなにも影響を受けていたのだと、己を嗤うしかなかった。そしてこの時に自分が自身に向けて受けた、精神的な過負荷を失くさなければ、術力の消失を防ぐことができないのだと知ってしまったのだ。
発動する前にすっと消えてしまうあの術力を、己の身体に留めることが出来ないのだと。
(……だけどどうすればいいのか、分からない)
もう一度、夢床に降りれば何か分かるのかもしれない。夢床は自身の内側の更に奥にある場所だ。自身も気が付いていない、隠された何かが見つかるかもしれない。
香彩は確かに一度、成人の儀の後に夢床に呼ばれて、降りたことを覚えていた。
だが、そこまでだった。
目が覚めた途端、まるで砂上に建てられた楼閣のように、構築された『縛魔師の夢』が崩れ去った。
ただの夢であるように、感じ取ってしまった。
それを認識出来たのは、清めの香を焚いて、己の内側を見つめた時だ。何かあったのだと思うのに、何も思い出すことが出来ない自分がいた。
夢床で一体何があったのか。
もう一度降りようとして、降りることが出来ない事実に、香彩はようやく気付いたのだ。
夢床がまるでその空間を香彩から守るように、香彩自身を拒んでいるのだと。
自分が自分を拒む。
まるで認めたくない何かを見せ付けられた、拒絶反応のように。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる