198 / 409
第一部 嫉妬と情愛の狭間
第198話 成人の儀 事後 其のニ
しおりを挟む香彩を拘束していた竜紅人が、ゆっくりと足の絡みを、羽交い締めのようにしていた腕を解いた。
竜紅人には分かっていたのだろう。
儀式上、あの体勢に成らざるを得ないことも、あの体勢が駄目な理由も。
(……だから拘束した)
竜紅人自身の身体を使って。
より密着すれば、たとえ過去に囚われたとしても、想い人の熱を縁に出来るだろうから。
(……現におまえは)
(途中から俺を見なくなった)
(俺を見ていないというのに、怯えた目で視線を絡めて、名前を……)
必死に名前を呼んでいた。
(こんな俺の名前を……)
香彩を未だ身体に乗せたままの竜紅人が、自身の肩に香彩の頭が乗るように、少し身体を横にずらした。
手で香彩の髪を慈しむように梳りながら、額に軽く接吻を送る。
その身体が一瞬透ける。
思念体だと忘れていた程に、完全な受肉を果たしていた竜紅人だったが、その身体が保てなくなるほど、神気が枯渇していた。
それもそうだろうと、紫雨は思った。
いくら本体と繋がりのあるとはいえ、思念体で神気を操り、身体を保つのには限度がある。
その上、想い人に神気を注ぎ、一部を術力持続の為に盛大に利用されたのだ。
ゆっくりとした点滅のように、竜紅人の身体が薄くなっては元に戻ることを繰り返す。
「……紫雨、あとは……」
最後まで言い切ることなく、竜紅人の身体はまるで何かの糸がぶつりと切れるかのように、唐突に姿を消した。
その言外を理解して、紫雨がくつりと笑う。
ああ、任されよう。
室内にまるで残香のように残る神気の名残に、紫雨が語り掛ける。残香は紫雨と香彩を包み込むように舞うと、あっけなくその気配を消し去った。
(……だが、しばらくの間だけ許せ)
紫雨は上掛けを手に取ると、気を失った香彩の横に寝そべりながら、自分と香彩の身体にそれを掛ける。
湯殿へ行かなければと思う。
身を清めて着替えをし、出来れば夜が明ける前に、中枢楼閣外にある自分の屋敷へ移動しなければと思う。
四神を宿してしばらくは、馴染ませ慣らす為に身体を休める必要があった。
成人の儀が密儀であるとはいえ、交合によって行われることは、古参の縛魔師数人が知っている。密儀を終えて、滴るような色気を備えて眠る者を、あわよくばと思う者は少なくない。私室に結界を張るとはいえ、出来ればしばらくは、誰にも姿を見られない場所に連れて行きたいと思うのは、生まれてしまった独占欲故だろうか。
紫雨は香彩の身体に身を寄せ、綺麗な藤色の髪を手で梳る。
指の隙間に通る髪が、あまりにも愛おしい。
(……あともう少しだけ許せ、竜紅人よ)
心内でそんなことを思いながら、紫雨は香彩の無防備な額に、慈しむような接吻を幾度も落としたのだ。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる