上 下
126 / 409
第一部 嫉妬と情愛の狭間

第126話 紫雨 其の三

しおりを挟む
 

 それは蒼竜の目にどんな風に映ったのだろう。話の出来なくなった、本能に支配された真竜には、心奥に秘めた思いなど理解されないだろうと、香彩かさいは思った。
 今はどうしても蒼竜を、受け入れることが出来ないのだ。蜜月期である真竜を、御手付みてつきが受け入れることが出来ない。発情期に入った真竜の発情を、治めることが出来ない。
 ここまで蒼竜に対して出来ないことだらけで、どれひとつ取っても譲歩も出来ないのであれば、中途半端な優しさは却って、蒼竜を傷付けることにしかならないだろう。
 突き放すしかないのだ。
 それにたとえ蒼竜にとって裏切りともいえる行為だとしても、紫雨むらさめだけを悪者にはしたくなかった。
 覚悟をしたのだ。
 この人が持っている四神ものを受け継ぐのだと。そうすることで『竜紅人りゅこうと香彩かさいの術力を消してしまう事態』を防げる。竜紅人りゅこうとと一緒に笑う未来を見ることは、もう難しいかもしれないけれど、竜紅人りゅこうとが自分に対して罪悪感を持つよりはいい。少しでも竜紅人りゅこうとが笑っていられる未来を作るのだと。
 
 覚悟を決めた、ただそれだけだった。
 
 香彩かさいはもう一度、熱くなった息を紫雨むらさめの肌に吹き付ける。貴方だけの所為ではないのだと、自分も共犯なのだと言わんばかりに、撓垂しなだれ掛るようにして、身体を寄り添わせた。
 ふと視線を感じて見上げれは、紫雨むらさめの深みのある翠水の瞳にぶつかる。
 全くお前は……と、その言葉は音にならず、口だけが動いた。
 紫雨むらさめの視線はすぐに外され、蒼竜の方へ流される。
 それを追い掛けるかのように。
 突き刺すような鋭い視線を覚悟して、香彩かさいは蒼竜を見た。













「え……」










 
 香彩かさいを迎えたのは、がらりと様子の変わった蒼竜の、悲しげな眼だった。


「……なん、で……?」


 視線だけで人を害してしまいそうな、目を向けられるのだと思っていた。憎しみと怒りに満ちた目で、見られるのだと思っていた。
 だがどうだろう。
 本能に返ったはずの蒼竜の瞳は、幾度か瞬きを繰り返し、しっとりと濡れているようにも思えた。
 やがてほんの少し頭を上げた蒼竜は、まるで笛でも吹いているかのような、細い声を上げたのだ。

 物悲しげに。


「……あ……」


 喉の奥から絞り出すような声が、香彩かさいの声帯を震わせる。
 覚悟を決めたはずの心が、悲痛な蒼竜の鳴き声によって、脆くも簡単に覆されそうだった。
 せめてその声を、細く悲しいその声をどうにかしてあげたいのだと、身体が動く。
 蒼竜に向かって。

 だがそんな香彩かさいの身体を止めたのは、香彩かさいの肩を掴んでいた紫雨むらさめだった。
 二の腕辺りをきつく掴まれた香彩かさいは、何でとばかりに批判的な目を紫雨むらさめに向けた。
 何故彼は止めるのだろうと思った。


(……行ってあげなきゃ……!)


 行って蒼竜の頭を、抱いてあげなきゃ。
 そんな風に思っていた香彩かさいだったが、紫雨むらさめの静かな深翠の目を見て、我に返ったかのように、大きく目を開いた。


(……いま、僕は何を……?)


 何を思っていただろう。
 いま、大きく揺らいだこの心は、何を思っていただろう。


「──仕掛けたのはお前だ、香彩かさい。この泥船に乗るつもりなら、しっかり最後まで全うすることだな」


 でないと……痛い目を見るぞ。


 紫雨むらさめの官能的な低い声が、香彩かさいの耳元を擽る。

 近い。
 紫雨との距離が。

 気付けば痛いほどの力で、二の腕を掴まれながら。
 不意におとがいを掴まれ、上げられて。


「──っ……!」


 降ってきたのは噛み付くような接吻くちづけだった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...