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第一部 嫉妬と情愛の狭間

第108話 花影閑話 ─奇禍遊戯─

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 土神つちかみは自分の神社まで戻ってきていた。
 地に降り立った瞬間、樹で眠っていた鳥達が何かを感じて一斉に飛び立ったが、土神つちかみは特に意に返さず、あるひとりの人物の気配を探す。


「見つけたぞ」


 にぃ、と土神つちかみは嗤った。
 この一枝を見せれば、銀狐ぎんこはどんな顔をしてくれるだろう。きっと悔しさに満ちた表情を見せてくれるのではないか。
 そう思うと土神つちかみの心は、にわかに晴れ渡る気がした。 
 再び宙を舞い、銀狐ぎんこの元へと降り立つ。


「これはこれは土神つちかみ様。どうなされました?」


 銀狐は突如として現れた土神つちかみに、たいして驚いた様子も見せずにそう言った。 
 土神つちかみはそんな銀狐の様子を訝しんだが、それがやがて悪意となって土神つちかみの目に映った。


「貴殿に、見せたいものがありましてな」 


 話ながら土神つちかみは、先程まで晴れ渡っていた気分が、どす黒く曇り出していくことを自覚していた。 
 銀狐が土神つちかみの突然の訪問に驚かない理由。


(……気配を読んでいたのか)


 ずっと。
 ずっと。


(では、さぞ銀狐にとっては面白かったろうに) 


 銀狐が神桜の元にいる時、土神つちかみは決して姿を現さなかったのだから。


土神つちかみ様が、わたくしに。それはどんなものなのでしょう?」 


 幼いなりのまあるい目は、決して純粋に輝いて、興味を持って土神つちかみに聞いているわけではないことを物語っている。
 土神つちかみは神桜の一枝を、銀狐に見せようと思った。
 だが、銀狐が今手にしているものを目にした途端に、心の中が真っ黒になった。





 

 銀狐は一枝をその手に持っていたのだ。







 土神つちかみは何も考えられなくなった。
 まるで体が灼熱の炎で灼かれたかのように熱くなり、反面心は氷のように冷えた。 
 土神つちかみのただならぬ気配に、銀狐が逃げ出すのが見える。その後をまるで嵐を背負っているかのような勢いで、土神つちかみは追いかけた。

 土神つちかみは、銀狐が妙な穴に飛び込もうとするところの足を掴み、ひっぱり出し、飛びかかり、その体をぐにゃりとねじまげた。そして地面に叩きつけ、何度も何度も何度も何度も踏みつけた。
 息も絶え絶えに土神つちかみは、銀狐が飛び込もうとした穴へと入る。




 ひどくがらんとしていた。



 穴の中には小さな寝床と、干された肉と、暖を取るための木の枝があった。寝床にはこの辺りに咲いている小さな白い花が、束になって置かれていた。
 何かから目が醒めるかのように、土神つちかみは穴の外に出て銀狐を見る。
 その手に握られていたのは、木の枝だった。






 

 ただの木の枝だったのだ……。









 土神つちかみは泣いた。
 途方もない声で、喘ぎ、自分自身を嗤いながら、泣いた。 
 膝をつき、銀狐を見つめ、自分の手のひらを見つめ、ひたすらに泣いた。
 悲しみとも後悔とも言えない、底知れない悲しさが心の中に占めていた。 
 だがそれも。
 どす黒く、人の叫び声にも似た怨租に染められ、冒されていった。
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