97 / 409
第一部 嫉妬と情愛の狭間
第97話 不穏 其の四
しおりを挟む蒼竜の傲慢な物言いと、欲を伴った低く掠れた声色に、ぞくりとしたものが香彩の背筋を駆け上がった。
勝手な考え方だと、心の中で苛立ちが募る。ふつふつと怒りが湧いてくるというのに、先程感じた『ぞくりとしたもの』が紫雨に感じていたものと違っていて、どこか安心する自分がいた。
いま感じているのは、明らかな欲だ。
頭の中に響く低い声色ひとつで、尾骶が鈍く、甘く痛む。
泣かせてやる、と。
たったその一言で、力が抜けてしまいそうになる自分が、とても嫌だった。
何もなければ自分は、このまま蒼竜に流されてしまったかもしれない。だが心の中に感じた苛立ちと、蒼竜に対する不信の気持ちが相俟って、彼から与えられる快楽に酔うことを、心も身体も拒んでいた。
『……香彩……』
蒼竜が呼ぶ。
その声が。
どこまでも絡め取ろうとする声色が、今はとても嫌だった。決して『竜の聲』ではないというのに、名前を呼ばれるだけで、香彩は全てを彼に縛り付けられるようだと思った。
『かさい……』
蒼竜の鋭い爪が香彩の頬に触れる。そのまま滑るように爪が再び顎を捉えると、くいっと上を向けとばかりに動かした。
一瞬の隙もなく接吻が降りてくる。
「……んっ」
咥内に入り込む舌に、香彩は息を詰めた。
多分自分は随分と酷い顔をしているのだろう。
いつもなら恍惚として舌を受け入れ、絡め、甘い唾液を蒼竜自身に取り上げられるまで貪るというのに。
いまはその熱さが、その甘さが不快で堪らなかった。
こんな風に竜紅人のことを思う日がくるなんて、思いもしなかった。想いが通じる前ですから、戸惑いの気持ちの方が大きかったものの、彼との接吻を嫌だと不快だと、思ったこともなかったというのに。
香彩はそんな自分の感情に戸惑いながらも、心のどこかでそれは当然の感情だと思い直す。
この怒りは自分で自分という存在を守る、人としての本能からくるものだ。
入ってはいけない場所にまで侵入された。
線引きされていたはずの向こう側で、使ってはいけないものを使われた。
そんな怒りだった。
「……ん、待っ……」
接吻の隙間を縫って、香彩が抗議の声を上げる。
逃げられないようにする為なのか、顎を捉えていた竜爪は、香彩の後頭部を後ろから鷲掴みにした。
再び蒼竜の長い舌が香彩の色付いた柔らかい舌を乱暴に吸い、容赦なく口腔内を蹂躙する。
解放された神気と、寧の前で使われた竜の聲。自分の副官を助けることも叶わず、強制的に連れて来られた自分の私室。
自分の所為だと言われ。
啼けと言われた。
啼いて、療と紫雨の気配を消してみせろと。
それは香彩の話を聞く前に、蒼竜に抱かれろと言ってるのも同意だった。ふたりの気配を消す為に『竜紅人の御手付き』の香りを纏うには、性的に絶頂を迎える方が何よりも手っ取り早い。
「……んんっ……」
それが酷く嫌だと思うのは、話をする前に自尊心を傷付けられたからだ。
嫉妬という心によって。
「んっ……」
息苦しさに香彩が呻くが、蒼竜は荒々しい接吻を止めようとはしなかった。
だが。
ぴたりと蒼竜が口腔の動きを止めた。
別の味がする、と。
頭の中でそう聞こえる蒼竜の声に、香彩の背中を冷たいものが滑り落ちる。
『──へぇ? 接吻を許したか……紫雨に』
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる