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第一部 嫉妬と情愛の狭間

第29話 縁結と祀竜 其の二

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「……ごめん、紫雨むらさめ。ちゃんと説明する。だけど……オイラもちょっと信じられなくて」


 視線を彷徨さまよわせながら、戸惑いを隠せない様子で、りょうが紫雨にそう言った。

 もしかしたらいずれは『そうなっていた可能性』というのは否定できない。だがそれは少なくともそれは『遠い将来』の話で、条件や環境が整って初めて叶うものだと、療自身がそう思い込んでいたのだ。
 療は自身を落ち着かせる為に、大きく息を吸って深く吐く。


紫雨むらさめは良く知ってると思うけど、この雪神ゆきがみ雨神あまがみは『春の訪れと生命を司る真竜』だ。冬の降っていた雪はやがて季節の移り変わりによって、春の暖かい雨へと変わる。暖かい雨は生命に、新たな伊吹を与える」
「……ああ」


 紫雨は少し苦い表情をして、そう返事をする。何故彼がそんな表情をするのか、療はとても良く分かっていた。
 その春の暖かい雨を含め、今年の雨を約束させる祀りが、次の国行事でもある『雨神うじんの儀』だ。
 祀りは縛魔師ばくましという、体内に『術力』という『力』を持った者達が取り仕切る。そして召喚を行う者は、縛魔師の筆頭、大司徒だいしとだ。


 紫雨は昨年、『雨神うじんの儀』に失敗した。
 雨神あまがみを呼ぶことが出来なかった。


 その時は香彩かさいが紫雨から、四神と四神が司る護守を借り受け、そして療と竜紅人りゅこうとの『力』を借りて、何とかその場を収めることが出来たのだ。
 雨神あまがみがこの時に、いたく香彩のことを気に入ってしまい、来年の『雨神うじんの儀』は香彩が執り行うことを約束させてしまったのだ。

 香彩はその後、何の準備もなく四神や護守をその身に借り受けたこと、そして強大な療や竜紅人の神気を伴った『力』を借りたことで身体に負担が掛かり、回復に時間が掛かったことを、療はよく覚えていた。紫雨も心内に何を思うかは分からないが、随分と心配していたのは確かだった。


「そして……このふたりにはね、もうひとつ役割がある」
「……」


 紫雨は無言だ。だがその鋭い深翠で、先を促すようにして療を見る。


「それは新たに生み出される真竜を導き、見守る役目だ」
「……新たに……?」
「うん。オイラの『中』に還った光の玉は、『中』で癒され浄化されて、次の生命に備える。やがて真竜の元になる『核』がどこかで宿ると、『核』に引き寄せられて、『核』と光の玉が混ざることによって、その身に新たな真竜が宿るんだ」
「『核』とは……何だ?」 
「真竜の『元』となるもの、と言えば分かりやすいかな。雄竜はね、発情期になると雌竜の身体の奥に熱を吐き出すのと同時に、『核』も吐き出して、予め胎内に作られた『神気溜まり』と呼ばれる空間に埋め込むんだけど……」


 ここまで話して療はちらりと、雪神ゆきがみ雨神あまがみの方を見る。雪神ゆきがみは療の視線を捉えると、心得たとばかりに頷いた。


「……桜香おうかの光の玉は、療様の『中』に還るや否や、とてつもない力で引き寄せられました。……香彩様の『核』に」



「……なん、だと?」


 紫雨の表情には、不意討ちに合ったような驚愕の色が見えた。
 無理もないと療は思った。
 自分もまだ信じられないでいる。
 何故、香彩の中に『核』が存在するのか。


「真竜の光の玉が『核』と出会う時、我々は喚ばれます。光と『核』が結び付き、新たな真竜が宿るまで見守るのが我々の役目です。ですが……」 


 ここまで話をして雪神ゆきがみは言葉を濁した。そして雨神あまがみを見遣る。雨神あまがみはやれやれと口の中で小さく呟き、嘆息した。


「言い辛いものは、いつもわれに振るのう? 雪の」
「貴方の方が適任だろう。水の」
「ほんに……。まぁ香彩が関わっておる以上、吾らも後々関係してくるから、構わんがえ」


 話ながらも雨神あまがみの銀の瞳は、まっすぐに紫雨を見据える。


「悲鳴が聞こえたえ」


 悲鳴、という言葉に紫雨が息を詰める。
 療もまた予想外の雨神あまがみの言葉に、紫雨と同じように息を凝らして、食い入るように雨神あまがみを見つめた。


「悲鳴を上げながらえ、この光の玉は喚んだ吾々にこう言ったのじゃ。止めてほしい、と。香彩の『核』に引き寄せられてしまうから、止めてほしいと。本来ならえ、光の玉の言葉なんぞ耳を傾けぬ。光の玉がどの『核』に引き寄せられるかは分からぬし、自然のままじゃ。吾らは関与などせぬ。だがこれは別じゃ。……下手をすれば国が傾く。のう? 雪の」
「そうだな、水の。……香彩の身体に『核』があること事態が、時期尚早だったのでしょう。本来であればこの光の玉は、繋がった縁にとても喜んだはずです。ですが今、香彩の内に宿ってしまえば、貴殿方あなたがたに流れる血脈の宿命通りに……」


 ここで雪神ゆきがみが言葉を切る。
 重苦しい沈黙が室内を支配していた。
 紫雨の視線は、雪神ゆきがみから出てきた意外な言葉に、動揺を隠せないまま揺らぐ。
 療にもそして紫雨にも、雪神ゆきがみが何を言おうとしているのか分かっていた。
 紫雨と香彩の内に流れる血脈の宿命の為に、紫雨は最愛の妻を失い、自身もまたあるべき物の大半を失ったのだから。







「──血脈の宿命通りに、香彩の『術力』は、内に宿した桜香の『核』に吸い取られ……」






 あの子は『力』を失くすでしょう──。









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