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第一部 嫉妬と情愛の狭間

第13話 湯殿 其の一★

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 深く貫かれた剛直が与えてくれる快楽は、決定打がない。
 きっと湯殿までの距離は、そんなになかったのだろうと思われたが、今の香彩かさいにとって竜紅人りゅこうとの踏み締める一歩一歩が、どこか遠い所で起こっている出来事のように感じていた。
 ずっと気持ち良いが続いている状態に、香彩かさいは色付いた声で啼きながら、生理的な涙を流して啜り泣く。
 それを宥めるようにして行われている耳への愛撫が、堪らなく気持ち良くて、堪らなく憎らしかった。
 口に含んで軽く吸っては甘噛みして、舐めては熱い息を吹き込まれて、昂ってしまえば気持ち良いが加速する。
 なのに与えられない発散が、ぐうるりと身体全てを掻き回すかのようだった。


(……もう……はやく……!)


 早く湯殿に着いてほしい。
 そしてもう、どんな体勢でも良いから、この熱を解放して欲しい。
 だが香彩かさいには分かっていた。


 覚悟しろよ、と。


 劣情と嫉妬に駆られて、一層低く掠れた声でそう言った竜紅人りゅこうとが、そう簡単に熱を吐き出させてくれるだろうか。
 考えるだけで、身体の芯から煮え滾るような甘美に、心が身体が疼く。
 酷いと思いながらも、自分に執着を見せる竜紅人りゅこうとを、とても心地良く思う時点で、きっともうどうかしているのだ。
 ゆっくりとだが確実に歩を進める竜紅人りゅこうとは時折、香彩かさいの名前を呼びながら、腰を使ってより深くへとその剛直を突き挿す。
 その度に淫声を艶やかに上げて香彩かさいは耐えるが、それだけだった。責め立てることをせず、彼は進む。そしてまた止まっては、名前を呼んで突き挿す。
 繰り返し続く責めに香彩かさいは、名前を呼ばれるだけで、来るだろう衝撃に身構えるようになった。
 だがそれはいつまで経っても訪れない。


「……期待、したか?」
「──っ!」


 耳元でそう囁く竜紅人りゅこうとの言葉に、ぞくりとしたものが駆け上がる。
 竜紅人りゅこうとは器用にも、香彩かさいの膝を抱えながらも、引き戸を開けた。
 湯殿独特の暖かく湿った空気が流れ込んでくる。
 休憩処と脱衣の出来る場所がひとつになった部屋で、竜紅人りゅこうと香彩かさいの片膝を降ろした。
 足の裏に厚手の敷物の感触がする。
 この心地良さに、ほぉうと息を吐けば、竜紅人りゅこうとの噛み付くような接吻くちづけが降ってきた。
 ぬるりと厚い舌が入り込んできて、口内を愛撫しながら、香彩かさいの身体を巻いていた上掛けを下へと落とす。



「……んんっ……」


 身体を滑っていく布の感触に、香彩かさいはくぐもった声を上げた。
 唇が離れると同時に、散々最奥を圧迫し、責めていた竜紅人りゅこうとの男根が、後蕾から抜かれる。
 竜紅人りゅこうとの形のまま開いた後孔の媚肉なかが、湯殿の湿った空気に晒されて、香彩かさいは目を閉じて身を震わせた。
 埋まっていた彼のものを求めて、はくはくと空気を飲みながら秘処はひくつく。やがて卑猥な音を立てながら、白濁としたものが流れ落ちるのを、竜紅人りゅこうとがじっと見つめていた。

 その満足そうな顔を何度見ただろう。
 そして何度、こうして溢れる熱を見られたのだろう。

 恥ずかしくて、いたたまれない。
 だが見られている、そう思うだけで、ぞくぞくとしたものを感じて、 尾骶に感じる鈍痛を、香彩かさいは愛しく思うのだ。

 かさい、と名を呼ばれ竜紅人りゅこうとを見れば、彼は唾液に濡れた唇を指で拭いながら、何やら良からぬことを考えているような、質の悪い笑みを浮かべている。


(……ああ、やっぱり) 


 簡単に熱を解放してはくれないのだ。
 そう思いながらも、竜紅人りゅこうとの滴り落ちるような色気に当てられて、香彩かさいは頬に朱を走らせた。
 しゅるりと音を立てて、竜紅人りゅこうとが自身の腰紐を解く。下袴が落ちると同時に再び竜紅人りゅこうとに横抱きにされた。
 粗野にも足で引き戸を開けて、湯処ゆどころへと入る。

 開けた視界に、香彩かさいは思わず声を上げた。
 天井の高い湯処には仕切るものが何もなく、中庭の神桜がよく見える。
 厚手の敷物は湯処まで続いていた。湯槽はとても大きく、良い香りのする木で作られている。
 竜紅人りゅこうと香彩かさいを横抱きにしたまま、ゆっくりと湯に身体を沈めた。少し抱き上げられたかと思うと、背中を竜紅人りゅこうとに預けるような形のまま、支えられる。
 熱い息がうなじに掛かったと思いきや、背中から掻き抱かれて、香彩かさいが小さく声を上げた。


「……あっ……」


 項の少し下、俯けば首から肩へと繋がる骨が浮き出るその辺りを、丁寧に舐めては甘噛みされる。その熱い舌は味わうようにゆっくりと項を舐め上がり、耳裏へと収まった。

「なぁ、教えてくれないか? かさい」
「ん……っ、なに、を……?」


 香彩かさいの問う声に、くすりと竜紅人りゅこうとが笑う。


「……俺の熱を腹に抱えたまま、湯殿で一体どうしようとしてたのか」
「……な……」


 ああ、わざとだ。
 そして質が悪い。


 腹の奥に熱を残したまま、神気に反応すればどんなことになるのか、竜紅人りゅこうとが一番良く知っているはずだというのに。


「俺に『見せて』くれないか? お前が自分でどんな風に乱れるのか……『知りたい』」
「……っ! こえ、っ……」


 くつくつと熱に掠れた低い声で、耳元に吹き込まれるのは笑い声と。


「『見せて』『知りたい』」


 竜の聲。


「ぁ……ぁ、っ……」 


 その聲を聞くだけで、ぞくりと感じる悦楽が全身を駆け巡るかのようだった。


(……簡単に解放してくれないって思ったけど)


 竜の聲を使うほど、彼が嫉妬しているなど、香彩かさいは思ってもみなかったのだ。

 恥ずかしくて堪らない。
 だが身体が意思が、聲に従うことを嬉々として受け入れている。
 両手が自然と陽物と後孔に伸びようした時だった。
 より見やすく、とでも思ったのだろうか。
 ざは、と水音を立てて、竜紅人りゅこうとに軽々と抱き抱えられた身体が、湯から出る。
 臀部に感じるのは、湯処に敷き詰められた暖かい敷物の感触だった。
 そして背中に肩に感じる竜紅人りゅこうとの体温に、自然と後蕾がひくつく。
 そんな場所へ伸びる香彩かさいの白く細い指は、その一本を易々と呑み込んだ。
 
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