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第一部 嫉妬と情愛の狭間

第6話 情交の果て 其の六

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 何をされるのか分かって、香彩かさいは薄く唇を開く。
 今日で幾度、合わさったか分からない唇が降りると同時に、冷たい水が少しずつ送り込まれてくる。
 渇きを覚えていた喉は、恥ずかしいくらいの嚥下の音を立てた。
 一度離れた唇は、再び水を含んでしっとりと合わさる。
 
 こくり、こくりと。
 口移しで与えられる水は、とても甘く美味しく感じられて、香彩かさいは与えられるがままに、飲み干す。

 加減が上手いと、香彩かさいは思った。
 香彩かさいが嚥下したのを確認して竜紅人りゅこうとは、一口で飲める量を流し込んでは、口内で水の流れを一度止めている。
 口内に水がなくなれば、軽く舌を絡ませて離れ、再び水を含んでは口付けることを、茶杯の水がなくなるまで続けられた。
 ちゅっと音を立てて竜紅人りゅこうとは唇を離す。名残惜しそうに額に口付けられて、香彩かさいは擽ったそうに目を細めた。
 手櫛が横髪を梳いていく。
 さらさらと音を立てて、上掛けに広がる髪を一房掬い、愛しいのだとばかりに瞳を閉じて口付ける竜紅人りゅこうとに、自然と目が奪われる。
 一頻り髪を愛でていた竜紅人りゅこうとが、ゆっくりと目を開けた。

 優しげに細められた、伽羅色の瞳。
 だが香彩かさいは分かってしまったのだ。
 何気ないように見える美麗の双眸の奥に、未だに揺らめき燻る熱があることを。


「……清める湯を持って来たが……どうする? 目が覚めたのなら一緒に湯殿へ行くか?」


 竜紅人りゅこうとが瞬きをすれば、その熱はすっと隠れてしまう。少し寂しく思ってしまった香彩かさいだったが、それが竜紅人りゅこうとの優しさなのだと、何となく分かっていた。
 分かっているのに、隠されたものを暴きたくて仕方ない衝動に駆られるのは、何故だろう。


(……いま、何を思って僕を見ていたの?)


 その熱の感情を知りたいと思ってしまう自分は、随分欲張りになったと香彩《かさい》は思う。

 もっと曝け出して欲しい。
 そしてもっと。


(……僕に縛られてほしい)


 縛られて、縛って、翻弄されてほしい、翻弄してほしい、離さないでほしい。
 そんな昏い感情を、心の奥底に仕舞い込んで隠して、香彩かさいはこくりと頷いた。


「でも……」
「──ん? ああ、立てそうになかったら、ちゃんと抱いて連れて行ってやるから、心配しなくてもいい」


 竜紅人りゅこうとに普通の顔でそんなことを言われて、香彩かさいは何故か恥ずかしさで、顔に朱が走る。


「あ……いや……あの……」
「何? 俺と一緒に入るのは……嫌か?」
「それは嫌じゃな……──っ、て! 何を言わせるの!」


 思わず即答してしまった照れ隠しに吠えた香彩かさいに、竜紅人りゅこうとは面白そうにくすりと笑う。


「そんなの『言わせた』内に入るかよ。閨でお前に言わせたいこと、もっとたくさんあるっつーの」
「──は!?」 


 朱が走っていた香彩かさいの顔は、熟れた果実のように真っ赤になった。
 香彩かさいは信じられない物を見たような表情で、竜紅人りゅこうとを見る。
 くつくつと笑いながら竜紅人りゅこうとは、香彩かさいの耳元へ言葉を吹き込んだ。
 途端に耳まで真っ赤になって、香彩かさいは彼の胸に両手を付いて、押し返す。


「──絶っっっ対に言わないから!」


 そんな香彩かさいの態度に対して、竜紅人りゅこうとは楽しそうに大きく笑った。


「その内、言いたくなるように仕向けてやるから……聞かせろよ、香彩かさい
「言わない! ……って、さっきから違う! そうじゃなくて」
「ん?」
「……せなか……っ!」
「背中?」 


 無言でこくりと頷きながらも、香彩かさいは言い淀む。
 やがて顔を染めながらも、意を決して言葉を紡いだ。


「湯殿……行くんなら、湯で背中、沁みるでしょう? だから竜紅人りゅこうとの神気を僕が介して治せないかと思っ……」


 ここまで話して香彩かさいは、竜紅人りゅこうとを見て固まった。
 愛おしいのだとばかりに、笑顔を浮かべたその表情とは裏腹に、再び伽羅色の瞳の奥に浮かぶ熱。


「……多分お前なら出来るだろうが……いま神気を取り込めばどうなるか、分かって言ってるよな、香彩かさい」 


 竜紅人りゅこうとの声が、熱を孕んで低くなる。


「傷を治す為に媒介するのなら、なお濃い神気をお前に送る必要がある。腹の奥に俺の熱を抱えたまま、神気を取り込めばどうなるか……お前が一番よく知ってるはずだ」
「……っんっ……」 


 そう耳元で囁かれながら、熱い舌が耳裏を舐める。


「こう……するだけでも辛いだろう……?」


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