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第101話 銀狐、恥ずかしがる 其の三

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 だが動きを止めたまま何も言わないこうを、別の意味に捉えたのだろう。白霆はくていが申し訳ございませんと、晧に謝る。

 
「………貴方があまりにも愛らしかったので、貴方が気を失った後も、人形ひとがたに戻って……その……」
「──っ!」

 
 晧は上掛けの中で、顔を赤らめた。 
 人が気を失った後に何をしてるんだ、という気持ちが湧いてくる。だが同時に晧は思い出していた。竜形での目合いで気を失ったあと、暫くしてからほんの少しだけ意識が浮上したことを。
 夢と現実の狭間のような、どこかぼぉうとした世界の中で、白霆が自分の名前を呼んで求めている。揺れる身体があまりにも気持ち良い。その気持ち良さがもっと欲しくて、自分は白霆に何かを言ったのだ。それから身体の揺れは更に強くなった。
 きっとこの記憶がいま白霆の言った『竜形の後の人形』なのだろう。

 
「……晧、すぐに治しますので」

 
 白霆がそう言った刹那、背中にあった彼の手からあたたかいものが流れ込んでくる。

 
「──っ、待て、白霆!」

 
 咄嗟に振り返った晧は、腰の痛みで呻きながらも白霆の手首を掴んだ。いま感じた『あたたかさ』は白霆の神気だろう。ふわりと懐かしい春の野原に咲く、草花のような香りが辺りを占める。神気には傷を始めとしてた『痛み』を治す『力』がある。白霆はこの『痛み』を治そうしてくれたのだ。
 だが。

 
「……治すな」
「晧?」  
「この痛みはお前と目合った証だ。お前が初めて俺に与えてくれた痛みを……消さないでほしい、白竜ちび
「──っ! 貴方は本当に……っ」

 
 ぐる、と白霆が竜の唸り声を上げながら、晧の側に横たわる。腕の中に抱き締められれば、視界は白霆の胸でいっぱいになった。
 晧はすん、と白霆の香りを嗅ぐ。
 あまりにもいい香りに額を胸にぐりっと押し付けた。腰も痛いというのに、ぱたぱたと喜びを素直に表す尻尾。そんな晧も見て白霆は何を思ったのか、頭上から彼の深い深いため息が降ってきた。

 
「……晧」

 
 慈しむように狐耳に幾度も接吻くちづけを落とされて、晧はカカカ狐の声で鳴く。尻尾もまたぶんぶんと勢いのある振り方へと変わっていく。まさにそれは銀狐の本能であり、求愛行動の一部だった。

 
「……晧、怒らないで聞いて下さいね」
「──ん?」
「やはり私は、貴方の『痛み』を治したいです」
「だから……それは……」
「──治してもう一度……貴方に差し上げたい。貴方が望むなら『痛み』を。ですが今度は後で『痛み』が出ないように、もっと丁寧に貴方を……抱きたい」
「──っ! まさか今から、か……?」
「貴方の負担になるからと我慢してました。ですが……すっぽり上掛けにくるまっていた貴方の姿も愛らしかったというのに、あんなに可愛いこと言われてたら……我慢なんて出来ません」

 
 耳に吹き込まれる声に、夜の艶を感じ取って晧の狐耳がびくびくと動く。

 
「だめ、ですか? 晧……?」
「──っ!」

 
 晧の身体を抱き締めていた手が、ゆっくりと腰の線を擦り臀に辿り着いた。ただそれだけの動きで上がってしまいそうになる息を、晧はぐっと奥歯を噛み締めて遣り過ごす。
 ああそうだ、昔からそうだった。
 この子を守りたい。あまり甘やかしてはいけないと思いながらも、この子の望むものを叶えてやりたい、と何度思ったことだろう。
 結局自分は昔から白竜ちびの甘え上手なお願いに、勝てた試しなどなかったのだ。  
 深い深いため息をつきながら、晧が分かったと応えを返せば、白霆がきゅうと竜の鳴き声で喜ぶ。
 何とも言えない気分のまま。臀に触れている手から少しずつ溢れ出す神気のあたたかさに、晧は身を委ねた。

 
「あと約束も守って下さいね、晧」
「……っは……やく、そく……?」
「──温泉」
「あ……」
「ここ離れの部屋なので、専用の温泉があるんですよ。一緒に入りたいです」
「……変なこと、するなよ」
「……」
「こら、白竜ちび……っ!」

 
          ***

 
 その後、二人が麗城に帰城したのは十数日も後のことだった。その内の数日間は、宿の離れにずっと籠もっていたのだが、何をしていたのかは言うまでもない。
 帰城して晧は式と入れ替わって遊学を続けていたが、やがてそれも無事終える。紫君しくんとその番に礼を言って晧は、銀狐の里へと帰った。途中紅麗の街に寄って、薬屋の麒澄きすみにも礼を言うことも忘れなかった。
 白霆とはここでお別れだった。
 次に会うのは婚礼の日だが、晧は何度か里を抜け出して紅麗にいる彼に会いに行っていた。
 きっとその全てが原因だったのだろう。
 婚礼の日まであと一月ひとつきというところで、晧と白霆の婚礼は延期となった。
 晧の妊娠が分かったからだ。
 しかも晧は自分が身篭っていることに全く気付いていなかった。そういえば少し前まで気持ち悪かったが、食べ過ぎだと思っていた。しかも最近は少し腹が出てきていたので、婚礼までに引き締めようと思っていたぐらいだった。
 そんな晧の妊娠を一番に見抜いたのは、番の作った清白すずしろを土産に里を訪れていた紫君だった。

 
「おめでとう、晧。赤ちゃん出来たんだね」
「──は?」
「え? 晧の中に別の気配が二つするよ?」

 
 紫君のこの言葉によって、晧は里の者に連れられて麒澄の元を訪れた。診察によって確定した妊娠に、その場にいた白霆はあまりの嬉しさに白竜に転変し、きゅうきゅうと鳴いたという。  

 
 それから暫くして。
 産まれてきたのは元気な雄狐と雄竜だった。   
 婚礼の儀は晧と白霆の希望で、彼らが少し大きくなってから執り行われることとなった。 
 



 
 大勢の人の喝采が聞こえる、その中心に。
 紅の婚礼の衣装に身を包んだ晧と白霆がいる。
 その両隣に祭礼用の衣着をきちんと着込んだ、小さく愛らしい幼狐と幼竜が、誇らしげに自分の両親を見つめていた。
 二人はとても幸せそうな顔をして、接吻くちづけを交わす。
 途端に大きくなる拍手喝采に、晧と白霆は顔を赤らめながらもお互いを見つめ、やがて大きく笑ったのだ。

 
 【終】
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