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第60話 銀狐、思い知る 其の七
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「──え」
晧は飛び起きた。
何が起きたのか分からなかった。
いま自分のいる場所すら、分からなくなって戸惑う。
知らず知らずの内に、詰めてしまっていた息を吐き出して呼吸を整えれば、少しずつだが晧は落ち着きを取り戻した。
(そうだ……昨日は)
霽月の家の離れに泊まらせて貰ったのだ。
そのことをようやく思い出して、晧は隣の寝台を見る。
すでに白霆は起きてしまったのか、寝台は蛻の殻だ。
だが今は白霆がいなくて良かったかもしれない。
もしここにいれば何も考えなしに、問い詰めてしまったかもしれない。
「……まさか、そんな……」
有り得ない。
有り得ないというのに、あの香りをどう説明すればいいのか分からない。
たかが夢だ。
しかも覚えのない記憶だ。
だが部屋に残された香りが少しずつ、記憶を断片的に引き連れてくる。
あの時、熱出したことは覚えている。白竜が寝台のそばにいたことも覚えている。
その理由があの夢の通りなのだとしたら。
白霆は……。
「──晧?」
呼ばれて晧はびくりと身体を震わせながら、敏速に声のする方を見た。
すでに着替えを終えた白霆が、引き戸を開けて部屋の中に入ってくるところだった。彼もまたびっくりした表情で晧を見ている。
「……おはようございます。どうしました? 晧」
「──っ、いや何でもない。おはよう」
「朝餉の用意が整ったと、家の者が教えて下さいました。行きましょう」
「……着替えたらすぐに行く。先に行っててくれないか?」
「部屋の外で待っていても? 一緒に行きましょう」
白霆がにこりと笑って、そんなことを言った。
これ以上強く言う理由もなくて、わかったと応えを返す。白霆が部屋を出て、引き戸を閉めたのを確認してから、晧は深い深いため息をついた。
眠衣を脱ぎ、いつも着ている旅装束に着替えながらも、晧の頭の中は色んな感情が入り混じる。
全てが憶測でしかない。しかも根拠が曖昧な記憶と泡沫のような夢だ。だが自分の思っていることが真実なら、この香りと霽月の言っていた縁に納得がいく。
(……話を、しよう)
順調に旅路が進んだなら、今晩は紫君が勧めてくれた温泉のある宿に辿り着くだろうから。
(そこで、ちゃんと……話をしよう)
晧は寝台を整えると、眠衣を綺麗に畳んでその上に置いた。
いつも通りを装って部屋の外で待つ白霆に声を掛ける。
どこかいつもと違う彼の表情に、晧は安心させるように微笑んでみせたのだ。
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