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第56話 銀狐、思い知る 其の三
しおりを挟むそれから僅か一刻もしない内に、元気な赤ん坊が生まれた。固唾を呑んで見守っていた村の人々は、大層喜んだ。早速宴会だと、村の広場に集まり始める。そんな最中に霽月の伴侶が村に戻ってきて、皆から祝福を受けながら家の中に入っていった。だが四半時ほどで霽月から皆をもてなせと、家を追い出されたらしい。
晧もまた霽月の伴侶から丁寧に礼を言われ、とんでもない当たり前のことをしたまでだと、ぶんぶんと頭を振った。そうこうしている内に晧の周りには、どんどんと温かい食べ物が並ぶ。
「どうぞたくさんお召し上がり下さい。それにもうすぐ陽も落ちますし、どうぞうちの離れにお泊まり下さい」
その申し出を晧は有り難く受けた。
そうして並んだ食べ物を頂きながらも、晧は時折ちらちらと霽月の家を見る。
白霆はどうしているだろう。
御取り上げは赤ん坊が生まれてからも大変だと聞く。今も霽月の家から出て来ないということは、務めを果たしているのだ。
だが晧の頭の中には、先程の余所余所しくもどこか不機嫌そうだった、白霆の顔が浮かぶ。心の中で自分を誤魔化していたが、あの感情はきっと晧自身に向けられたものだ。
村人と色んな話をしながら美味しい夕餉を食べても、ずっと心の隅で引っ掛かる。
それから約半刻ほどして、霽月の家から付き添っていた女衆のひとりが出てくるのを見た。女性は真っ直ぐに晧に向かって歩いてくる。
女性は言うのだ。
霽月が晧を呼んでいる、と。
女性に案内されて晧は、霽月の休んでいる部屋の前に通された。どうぞと促されて中に入れば、同時に白霆が立ち上がるのが見える。
白霆と声を掛ける前に、先に湯を頂いて離れに行きますと、今まで聞いたこともないような声音で言われて、晧は戸惑った。応えを返すことが出来ないまま、先程の女性に案内されて、家の奥に消えていく背中を見つめる。
「……晧」
霽月に呼ばれて視界を振り切るかのように、晧は部屋の中に入り、彼女の近くに座った。
彼女は身体を起こして、おくるみに巻かれた赤ん坊を抱いている。
「嫉妬深いのも大変だねぇ」
「嫉妬?」
何がだと言わんばかりにきょとんとする晧に、霽月がくすくすと笑った。
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