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第26話 銀狐、口説かれる 其の一
しおりを挟む人にとって森越え山越えは命懸けだ。先人達によって南の国まで石畳みの街道が敷かれてからは、道中に迷うことはなくなった。だが森や山の中は獣や原始的な魔妖達の住処であり、彼らにとって人は生きる糧なのだ。彼らに襲われる危険性は決して皆無ではない。
魔妖も同様だ。
現に『魔妖狩り』が存在し、晧は襲われたばかりだ。
それなのに『なんとなく経験を積む為に』山越えして南へ、などと言ってしまえば、かなり怪しい奴ではないか。
(……助けて貰った恩人に、妙な奴だと思われながら旅をするのもなぁ)
晧は心の中で意を決し、小さく息をつく。
「国境近くの街だ。そちらに友人が住んでいて、久々に会いに行く予定をしている」
ここまで嘘を塗り重ねるつもりなどなかった。だが気付けば晧の口からはさらりと言葉が出ていた。
「──ご友人に? 危険な山越えをして会いに行かれるなんて、貴方にとって大切な方、なんですね」
にこりと白霆が笑う。
晧は曖昧に返事をしてから、彼から視線を逸らした。嘘をついてしまったことについて罪悪感がしたのだ。正直に言わなくても物見遊山だ、ぐらいにしておけばよかったのではないか。そんなことを思ってしまったがもう遅い。
そして須臾にして目を逸らしてしまったが故に、見ることが出来なかったこの時の白霆の表情について、のちに晧は後悔することになるのだがまだ先の話だ。
晧、と白霆が呼ぶ。
まるで自分の方を向いて欲しいのだと言っているかのような呼び声に、晧は視線を上げた。
(──ひ)
まさにそれは刹那の間だったのだろう。
白霆の銀白色の瞳の奥に、ゆらりと揺らめく焔を見た気がした。だがすぐに優しげな眼差しに覆われてしまって見えなくなる。
「……不躾かとは思うのですが……あともうひとつお願いがあるのです、晧」
「ん? 何だ」
「言っても……いいですか?」
「白霆の恩に報いるって言ったろ? 何でも言ってくれ」
自分の気のせいか。
そんなことを思っていると、未だに解かれていない手を更にぎゅっと握られる。
気付けば手の甲に寄せられる形の良い白霆の唇を、晧はただ茫然と見ていた。
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