【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

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「じゃあ、あの……慎夜は……」

 僕の言葉に、晴斗はゆるゆると首を横に振り、複雑な感情の入り混じった面持ちをし、「あいつは、もう……いない」とだけ呟いた。
 その衝撃に、僕は言葉を失った。慎夜は僕と一緒に落ちて生死をさまよったのち、あの世界で死んでしまったことであの世界から出られなくなってしまったのかもしれない。
 あの世界――僕の妄想ではなくて、この世でもあの世でもない、異世界だったのだろうか。それとも、僕を歪んだ愛で求めていた慎夜の創った世界だったのか
 もし、晴斗が言うように、あともう少し何かが違ったり、タイミングがずれていたりしたら、僕が生死をさまようほどの大けがを負うことはなかったかもしれないし、慎夜が命を落とすことはなかったかもしれない。

「そんな顔をしないでくれ、光。お前は、何も悪くない。あいつは、慎夜は、お前の命を脅かした罰を受けたんだ。それだけのことだ」
「そう……なのかな」
「光が戻って来てくれて……本当に、良かった。俺は、そう思ってる」

 晴斗はそう呟き、震える指先で僕の頬を撫でてくれる。そのあたたかさに僕は涙があふれて止まらない。
 もし、晴斗が僕のことをあの時少しでも諦めていたら、僕はいまここでこうして晴斗と再び見つめ合って言葉を交わしていなかっただろう。
 だから僕はそっと手を伸ばし、晴斗の手を取り、その想いを告げる。

「晴斗が、捜しに来てくれたから、僕、帰って来られたんだよ」
「……俺が?」
「うん……銀髪に青い眼の、ハイターって生徒になって。そこで僕は……」
「栗色の髪に、緑の目をした……リヒト=ベルガー?」
「なんで、それを……」
「光が目覚めるまでの間、何度も同じ場所……昔の外国の学校で、光を捜しまわる夢をよく見たんだ。俺はそこでは優等生で有名で、光はちょっと素行の悪い生徒だった。そして、光であるはずのリヒトの傍には、慎夜が、リヒトの傍にいたんだ」

 とても仲睦まじい様子で寄り添って歩いている僕とフィンスターニス……もとい、慎夜の姿に、晴斗は混乱したらしい。既に慎夜は死んでいるはずなのに、あの世界に、しかも僕と親し気な存在として寄り添っていたから。もしかしたら、僕がフィスと晴斗を混同しているんじゃないか、とも思ったらしい。
 だから、フィスに勘づかれないように、晴斗はハイターとして僕に意識を取り戻すように働きかけていたのだけれど、すぐに勘づかれたから、あんな風にあからさまに嫌っていたのだろう。

「意識を取り戻させると言っても、夢の中なんてせいぜい話しかけたり抱きしめたりするぐらいしかできない。それに、起きても現実の光は眠ったままだ。事態が進展しているかどうかさえ分からない中、どうにか光がこちらの世界へ戻って来るようにどう意識を向けさせればいいのか……ずっと、寝ても覚めても考えていたし、祈っていた。……すごく、ツラかったよ」
「でも、諦めないでいてくれたから、僕、帰って来られたんだよ、晴斗。ありがとう」
「そう、なるのかな」
「なるよ。それって、僕を愛してくれてるから、出来たんだと思う」
「光……」
「僕も、晴斗を愛しているって思いだせたから、帰りたいって願ったんだ」

 指先を絡ませていた晴斗がそっと僕の方に近づいてきて、淡く影を落としてくる。いつもクールだと称されていて、だからこそ、慎夜のようなちょっと常軌を逸した人には目障りに映ってしまうほど、晴斗はまっすぐで魅力的なんだ。
 そんな彼が、僕の生還を祈り続けたことで憔悴し、涼しげで涼しげな目許にはくままで作っている。そうまでして、彼が僕の無事を祈り続けてくれたこと、夢の中の世界まで捜しに来てくれたことは、何よりも愛してくれている証拠とも言える。
 ほんのわずかに動かせる指先で晴斗の痩せてしまった頬に触れ、僕は精一杯の笑みを浮かべて、伝えた。

「迎えに来てくれてありがとう、晴斗。誰よりも僕は晴斗を愛してる。この先もずっと、一緒に生きていきたいよ」

 触れていた頬に、また涙が伝っていく。その熱い涙が、僕がいまこの世界で生きていることを思い知らせてくれる。僕がいま、誰よりも愛しい人に触れていることを、感覚に刻み込んでくれる。
 はらはらと降り注ぐ晴斗の涙を浴びながら、「晴斗、」と、小さく呼ぶと、晴斗はゆっくりと近づき僕に重なった。ずいぶんと久しぶりに触れた唇はとても熱くて甘く、ふたりのせいを感じさせてくれる。

「おかえり、光。ずっと、待っていたよ」

 長い夢から覚めた先で待っていたのは、僕の目覚めを待ちわびていた、本当の恋人とそのぬくもり、そして彼からの口付けだった。
 それらはどれも甘く熱くやわらかく、身も心も傷だらけだった僕に深く沁みわたっていくのを感じる。ああ、これが愛されている、愛し合っているってことなんだ……当たり前の奇跡を実感しながら、僕はもう一度晴斗の名を囁いて彼からの口付けをねだった。


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