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「晴斗!!」
「お前だけでも逃げろ!」
僕を突き飛ばして石畳の転がったハイターの上に、フィスが馬乗りになり、ナイフを振りかざす。常軌を逸して血走った目の恐ろしさに、僕は一瞬足がすくみそうになった。
僕の代わりに、今度は晴斗が死んでしまうかもしれない――そんなこと、絶対に許せない、させない! 瞬時にそう判断した僕は、体を立て直して地を蹴り、今度は僕がフィスを突き飛ばし、ハイターの前に盾となるように立ちはだかる。
繰り返し突き飛ばされて怒りが頂点に達しているのか、ナイフを握りしめるフィスの手が震えている。
「晴斗は殺させない!! 僕が、護るんだ!!」
僕の声は震えていたと思うし、実際足も立っているのがやっとなほど震えていた。それでも、ただ好きな人に守られているだけではダメだと思ったんだ。
泣き虫で子どもっぽいところのある僕を、晴斗はあちらの世界で愛してくれていて、この世界にまで捜しに来てくれるほど大切に思ってくれている。
それなら僕は、彼の愛に応えるにはこうするしかない。
「クソ……舐めた真似しやがって……二人とも、殺してやる!!」
その瞬間、どういう体勢を取ってどう構えていたのかもわからない。もうダメだ、そう観念したように硬く目をつぶり、次の瞬間に好みに走る衝撃に備えようと身構えてもいた。
――だけど、衝撃はいくら待っていても起こらなかった。
代わりに、ふわりと体を抱え上げられる感触がして、僕は慌てて抱え上げてきたそれにしがみつく。
思わず目を開けると、ハイターである晴斗が、僕を抱え上げた上に身をひるがえし、ナイフを向けて突進してくるフィスの右肩を力いっぱい蹴りつけたのだ。
蹴りつけられよろけたフィスを、ハイターは更に顔面を押し込めるように蹴り上げ――そのままフィスは後ろに口を開けていた石の階段の方へ落ちていった。
暗がりに、声にならない悲鳴ともつかない叫び声が遠く聞こえている。声は、段々と小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
僕は晴斗であるハイターにしがみつくように抱きついて震え、彼は僕を庇うように抱きしめていてくれた。それが、何より嬉しくて安心できるぬくもりだった。
恐る恐る僕を抱きしめている彼を見上げると、まだわずかに青い顔をしているハイターの澄んだ目をした晴斗が、石の階段をにらむように見据えていた。そこはいつになく深い闇に包まれている。
「……慎夜は?」
僕がそう訊ねると、彼は目を伏せ、ゆるゆると首を振った。それが何を指しているのかが恐ろしかったけれど、僕はあえて、言葉にして確かめる。
「……死んじゃったの?」
「恐らくな……死んでいないにしても、無傷ではあるまい」
それは確かなんだろう。そして同時に、リヒトであった僕に親切にしてくれていた頃の彼を思い返し、また、僕に恐ろしいほど歪んだ愛情を向けてきたことも思い返し、胸が痛み、視界がにじんでいく。
口をつぐみ、うな垂れる僕の名を囁き、晴斗がそっと僕の額にキスをする。
「そんな顔をしないでくれ、光。お前が慎夜を殺したわけじゃない。あいつが、俺たちの許にナイフを向けて突っ込んできたのを、防ぐうえで起きた事故みたいなもんだ」
「晴斗……」
「やっと、光を守ることができた。これでやっと、向こうの世界に変えることができる」
「遅くなって、怖い思いをさせて、ごめん」と、ハイター……いや、晴斗は震える声でそう呟き、僕を強く抱きしめる。
とてもよく知っている、この腕の力強さ、ぬくもり……鼻先をくすぐる肌のにおいも、晴斗のものだ。その懐かしさに、僕は胸がいっぱいになって再び涙があふれてくる。
晴斗の抱擁に答えるように僕が彼を抱きしめると、淡く僕らを包むように光り輝き始めた。
驚いて僕が顔をあげると、潤んだ眼をした晴斗が僕を見つめ、やさしく口付けをしてくる。甘く胸の奥が切ないように痛むキスだ。
このキスも、彼も、僕はよく知っている。大好きで愛しい、大切な人のキスとぬくもりだ。
「晴斗、帰ろう、僕らが愛し合う世界へ」
「ああ、そうだな」
僕の言葉に晴斗が泣きそうな顔で微笑んでうなずき、僕の方から口付けをかわす。
すると僕らを包んでいた光は一層強くなり、お互いの姿も見えなくなってくるほどだ。
きらめきが増していく中、僕らは互いがもう離れないように強く抱きしめ合い、口付けをかわす。
「光……!」
「晴斗、愛してるよ……僕、もうどこにも行かないよ」
ささやき合った言葉も名前も、真っ白な光に包まれるように飲み込まれ、僕らはアルメヒティヒ学院のある世界から姿を消した。
「お前だけでも逃げろ!」
僕を突き飛ばして石畳の転がったハイターの上に、フィスが馬乗りになり、ナイフを振りかざす。常軌を逸して血走った目の恐ろしさに、僕は一瞬足がすくみそうになった。
僕の代わりに、今度は晴斗が死んでしまうかもしれない――そんなこと、絶対に許せない、させない! 瞬時にそう判断した僕は、体を立て直して地を蹴り、今度は僕がフィスを突き飛ばし、ハイターの前に盾となるように立ちはだかる。
繰り返し突き飛ばされて怒りが頂点に達しているのか、ナイフを握りしめるフィスの手が震えている。
「晴斗は殺させない!! 僕が、護るんだ!!」
僕の声は震えていたと思うし、実際足も立っているのがやっとなほど震えていた。それでも、ただ好きな人に守られているだけではダメだと思ったんだ。
泣き虫で子どもっぽいところのある僕を、晴斗はあちらの世界で愛してくれていて、この世界にまで捜しに来てくれるほど大切に思ってくれている。
それなら僕は、彼の愛に応えるにはこうするしかない。
「クソ……舐めた真似しやがって……二人とも、殺してやる!!」
その瞬間、どういう体勢を取ってどう構えていたのかもわからない。もうダメだ、そう観念したように硬く目をつぶり、次の瞬間に好みに走る衝撃に備えようと身構えてもいた。
――だけど、衝撃はいくら待っていても起こらなかった。
代わりに、ふわりと体を抱え上げられる感触がして、僕は慌てて抱え上げてきたそれにしがみつく。
思わず目を開けると、ハイターである晴斗が、僕を抱え上げた上に身をひるがえし、ナイフを向けて突進してくるフィスの右肩を力いっぱい蹴りつけたのだ。
蹴りつけられよろけたフィスを、ハイターは更に顔面を押し込めるように蹴り上げ――そのままフィスは後ろに口を開けていた石の階段の方へ落ちていった。
暗がりに、声にならない悲鳴ともつかない叫び声が遠く聞こえている。声は、段々と小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
僕は晴斗であるハイターにしがみつくように抱きついて震え、彼は僕を庇うように抱きしめていてくれた。それが、何より嬉しくて安心できるぬくもりだった。
恐る恐る僕を抱きしめている彼を見上げると、まだわずかに青い顔をしているハイターの澄んだ目をした晴斗が、石の階段をにらむように見据えていた。そこはいつになく深い闇に包まれている。
「……慎夜は?」
僕がそう訊ねると、彼は目を伏せ、ゆるゆると首を振った。それが何を指しているのかが恐ろしかったけれど、僕はあえて、言葉にして確かめる。
「……死んじゃったの?」
「恐らくな……死んでいないにしても、無傷ではあるまい」
それは確かなんだろう。そして同時に、リヒトであった僕に親切にしてくれていた頃の彼を思い返し、また、僕に恐ろしいほど歪んだ愛情を向けてきたことも思い返し、胸が痛み、視界がにじんでいく。
口をつぐみ、うな垂れる僕の名を囁き、晴斗がそっと僕の額にキスをする。
「そんな顔をしないでくれ、光。お前が慎夜を殺したわけじゃない。あいつが、俺たちの許にナイフを向けて突っ込んできたのを、防ぐうえで起きた事故みたいなもんだ」
「晴斗……」
「やっと、光を守ることができた。これでやっと、向こうの世界に変えることができる」
「遅くなって、怖い思いをさせて、ごめん」と、ハイター……いや、晴斗は震える声でそう呟き、僕を強く抱きしめる。
とてもよく知っている、この腕の力強さ、ぬくもり……鼻先をくすぐる肌のにおいも、晴斗のものだ。その懐かしさに、僕は胸がいっぱいになって再び涙があふれてくる。
晴斗の抱擁に答えるように僕が彼を抱きしめると、淡く僕らを包むように光り輝き始めた。
驚いて僕が顔をあげると、潤んだ眼をした晴斗が僕を見つめ、やさしく口付けをしてくる。甘く胸の奥が切ないように痛むキスだ。
このキスも、彼も、僕はよく知っている。大好きで愛しい、大切な人のキスとぬくもりだ。
「晴斗、帰ろう、僕らが愛し合う世界へ」
「ああ、そうだな」
僕の言葉に晴斗が泣きそうな顔で微笑んでうなずき、僕の方から口付けをかわす。
すると僕らを包んでいた光は一層強くなり、お互いの姿も見えなくなってくるほどだ。
きらめきが増していく中、僕らは互いがもう離れないように強く抱きしめ合い、口付けをかわす。
「光……!」
「晴斗、愛してるよ……僕、もうどこにも行かないよ」
ささやき合った言葉も名前も、真っ白な光に包まれるように飲み込まれ、僕らはアルメヒティヒ学院のある世界から姿を消した。
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