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声にならない望みを、カラカラとした声の出ない口中で唱えても、誰にも届くわけがない。わかりきっているのに祈るようにそうしてしまうのは、どうしてもこんなところで死ぬわけにはいかないからだ。
死ぬわけにはいかない――過ぎった想いに、僕はすがるような想いで口を開き、ありったけの力を込めて名前を呼んだ。
「ハイター! 助けて、ハイター!」
叫んだ瞬間、僕の頬に熱い衝撃が走り、口中に鉄の味が広がる。痛みはあとからじわじわやって来たけれど、構わなかった。
だから僕がにらみ上げると、もう一度頬を張られる。もう痛みは感じなかった。痛みは、頬よりも胸の方が強かったからだ。
「まだ自分が置かれた立場がわかんない? 解んないみたいだから……体に教え込んでわからせてあげるよ」
にらみつける僕にフィスはそう言い捨て、更にタイを締め上げ、ズボンも乱暴に下着ごと引きずり下ろす。
露わになった下腹部に、フィスの手が触れ、乱暴に熱をあげようとする。反応したくないのに熱がそこに集まってしまう。たちまちに展望室の中に濡れた音が響き始めた。
「っや、やめ……っうぅ……」
「もっと、って言わなきゃでしょ、ヒカル。ここはこんなに素直になってるのに」
「ッあ、あぁ! っや! やめて!」
「体みたいに素直になりなよ。赤く熱くなってるここ、すごくかわいいよ」
心とは真逆の反応をして熱くなっていく体が忌々しい。身を捩るほどに首のタイを締め上げられて息が詰まり、意識が朦朧としてくる。それでも、僕はフィスを受け入れようとはしなかった。
そんな僕の態度が腹立たしいのか、フィスが触れてくる手の動きがどんどん激しくなっていく。
「ッく、あ、ンぅ……」
「意地張ってないで、俺が欲しい、って、気持ち良くしてくれ、って言いなよ……あんな男より、うんと善くしてやるよ」
はらわたが煮えるような怒りを覚えながら唇を噛んで耐えていると、遠く、こちらへ向かってくる足音が微かに聞こえた気がした。
これは、もしかして――そう、期待を込めて音のする方へ顔を向けると、うす暗い階段から、息せき切って駆けあがってくるハイターの姿が見えた。
ああ、ハイターが来てくれた……そう、認識した瞬間、僕の上に跨っていたフィスは彼に思いきり突き飛ばされ、石畳の上に転がる。
「ヒカル!」
解放された僕をハイターは抱き起こし、強く抱き寄せてくれた。その腕の強さやぬくもりが何よりも僕を安堵させてくれて、視界が揺れて滲んでいく。
抱き起こされたことで自然とハイターと抱き合う体勢となった僕は、縋りつくように彼に抱き着いて小さく泣いた。ハイターの大きな手が、ボロボロの姿になった僕の背中を、そっと撫でてくれるのが嬉しかったからだ。
「来てくれたんだ……」
僕がそう呟くと、ハイターはそっと抱擁をほどき、まっすぐに僕を見据えながら、あの青い瞳でこう言った。
「今度こそ、お前を助けると決めていた。そして、一緒にあの部屋に帰るんだ、ヒカル」
今度こそ、って? そう、問い返そうとした瞬間、僕の脳裏にものすごい勢いであらゆる、しかし見たことがないはずの景色が映し出され流れていく。
それは、高い建物から僕が落ちていく最中の光景で、視線の先には、あの涼し気な黒い眼と髪の若い男が、僕に手を伸ばして何かを叫んでいる。青い顔をして、必死の形相で。
黒い瞳の彼の表情に胸が締め付けられる想いがしながら、僕もまた必死に腕を伸ばす。その距離はどんどん離れて絶望的になっていくのに。
“――光!!”
彼が、あの名を叫んだ瞬間、僕の身体にどこかへ叩きつけられたような強い衝撃、そして激しい痛みが一瞬走る。
痛い、と熱い、がいままで感じたことがないほどの勢いで襲い掛かって身を呑み込んでいく。バラバラになってしまったかのような痛みしか感じられない中、遠く、僕の名を呼ぶ声がする。
応えたい。その呼びかけに、応えたい……なのに、声が、出ない――
「……僕は、あんたの前で、死んだの?」
瞬くほどの間に見せられた光景からようやく展望室の景色に切り替わり、僕はぼうっとした声でそれだけを呟く。
ハイターの腕の中で震えながら彼にそう訊ねると、ハイターは痛みに耐える様な顔をしながらゆるく首を横に振る。
「……死んでは、いない……ただ、危うい状況ではあるんだ」
「僕が、危うい……?」
それは、どうして……と、さらに問おうとした時、それまで石畳の転がっていたはずのフィスが身を起こし冷たい声でその答えを言い放つ。
「そうさ。ヒカルは俺と一緒にハルトの目の前で落ちて、死に損なった」
「死に損なった? 僕が、フィスと一緒に落ちて?」
混乱する事態に頭を抱える僕に、ハイターは肩を抱いて庇うように引き寄せ、フィスをにらみ付けながら呟いた。
「こいつは、フィンスターニス、というお前の幼馴染じゃない……俺の目の前で光を、お前を巻き込んで無理心中しようとした、慎夜だ」
死ぬわけにはいかない――過ぎった想いに、僕はすがるような想いで口を開き、ありったけの力を込めて名前を呼んだ。
「ハイター! 助けて、ハイター!」
叫んだ瞬間、僕の頬に熱い衝撃が走り、口中に鉄の味が広がる。痛みはあとからじわじわやって来たけれど、構わなかった。
だから僕がにらみ上げると、もう一度頬を張られる。もう痛みは感じなかった。痛みは、頬よりも胸の方が強かったからだ。
「まだ自分が置かれた立場がわかんない? 解んないみたいだから……体に教え込んでわからせてあげるよ」
にらみつける僕にフィスはそう言い捨て、更にタイを締め上げ、ズボンも乱暴に下着ごと引きずり下ろす。
露わになった下腹部に、フィスの手が触れ、乱暴に熱をあげようとする。反応したくないのに熱がそこに集まってしまう。たちまちに展望室の中に濡れた音が響き始めた。
「っや、やめ……っうぅ……」
「もっと、って言わなきゃでしょ、ヒカル。ここはこんなに素直になってるのに」
「ッあ、あぁ! っや! やめて!」
「体みたいに素直になりなよ。赤く熱くなってるここ、すごくかわいいよ」
心とは真逆の反応をして熱くなっていく体が忌々しい。身を捩るほどに首のタイを締め上げられて息が詰まり、意識が朦朧としてくる。それでも、僕はフィスを受け入れようとはしなかった。
そんな僕の態度が腹立たしいのか、フィスが触れてくる手の動きがどんどん激しくなっていく。
「ッく、あ、ンぅ……」
「意地張ってないで、俺が欲しい、って、気持ち良くしてくれ、って言いなよ……あんな男より、うんと善くしてやるよ」
はらわたが煮えるような怒りを覚えながら唇を噛んで耐えていると、遠く、こちらへ向かってくる足音が微かに聞こえた気がした。
これは、もしかして――そう、期待を込めて音のする方へ顔を向けると、うす暗い階段から、息せき切って駆けあがってくるハイターの姿が見えた。
ああ、ハイターが来てくれた……そう、認識した瞬間、僕の上に跨っていたフィスは彼に思いきり突き飛ばされ、石畳の上に転がる。
「ヒカル!」
解放された僕をハイターは抱き起こし、強く抱き寄せてくれた。その腕の強さやぬくもりが何よりも僕を安堵させてくれて、視界が揺れて滲んでいく。
抱き起こされたことで自然とハイターと抱き合う体勢となった僕は、縋りつくように彼に抱き着いて小さく泣いた。ハイターの大きな手が、ボロボロの姿になった僕の背中を、そっと撫でてくれるのが嬉しかったからだ。
「来てくれたんだ……」
僕がそう呟くと、ハイターはそっと抱擁をほどき、まっすぐに僕を見据えながら、あの青い瞳でこう言った。
「今度こそ、お前を助けると決めていた。そして、一緒にあの部屋に帰るんだ、ヒカル」
今度こそ、って? そう、問い返そうとした瞬間、僕の脳裏にものすごい勢いであらゆる、しかし見たことがないはずの景色が映し出され流れていく。
それは、高い建物から僕が落ちていく最中の光景で、視線の先には、あの涼し気な黒い眼と髪の若い男が、僕に手を伸ばして何かを叫んでいる。青い顔をして、必死の形相で。
黒い瞳の彼の表情に胸が締め付けられる想いがしながら、僕もまた必死に腕を伸ばす。その距離はどんどん離れて絶望的になっていくのに。
“――光!!”
彼が、あの名を叫んだ瞬間、僕の身体にどこかへ叩きつけられたような強い衝撃、そして激しい痛みが一瞬走る。
痛い、と熱い、がいままで感じたことがないほどの勢いで襲い掛かって身を呑み込んでいく。バラバラになってしまったかのような痛みしか感じられない中、遠く、僕の名を呼ぶ声がする。
応えたい。その呼びかけに、応えたい……なのに、声が、出ない――
「……僕は、あんたの前で、死んだの?」
瞬くほどの間に見せられた光景からようやく展望室の景色に切り替わり、僕はぼうっとした声でそれだけを呟く。
ハイターの腕の中で震えながら彼にそう訊ねると、ハイターは痛みに耐える様な顔をしながらゆるく首を横に振る。
「……死んでは、いない……ただ、危うい状況ではあるんだ」
「僕が、危うい……?」
それは、どうして……と、さらに問おうとした時、それまで石畳の転がっていたはずのフィスが身を起こし冷たい声でその答えを言い放つ。
「そうさ。ヒカルは俺と一緒にハルトの目の前で落ちて、死に損なった」
「死に損なった? 僕が、フィスと一緒に落ちて?」
混乱する事態に頭を抱える僕に、ハイターは肩を抱いて庇うように引き寄せ、フィスをにらみ付けながら呟いた。
「こいつは、フィンスターニス、というお前の幼馴染じゃない……俺の目の前で光を、お前を巻き込んで無理心中しようとした、慎夜だ」
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