【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

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*19 “幼馴染”とは?

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 結局その日はハイターの気迫が忘れられなくて、消灯時間を過ぎて部屋を抜け出してまでもフィスの部屋を訪ねようとは思えなかった。
 訪ねようと思えばいつだってできるはずなのに……何かが変だ。それだけはわかっているのに、それに触れてはいけない気もしている。

「……結局、昨日から何も解決しなかったな」

 そうして翌朝、よく眠れなくて悶々としたまま寮の食堂に朝食を取りに向かったが、フィスの影は見つけられず、僕は学校へと向かっている。昨日は一緒にいたはずなのに。
 学院の敷地は確かに広大だが、僕ら生徒が立ち入れるところはほぼ決まりきっている。例外的に展望室は僕を含めた一部の生徒が出入りをしているけれど、たいていは寮と教室のある校舎、図書室、そして講堂。時折教師たちの集う管理棟に呼ばれることもあるが、それは良くないことが殆どで、そして極稀だ。

「今日は管理棟にも足を延ばしてみようかな……先生たちに見つからなければいいけれど」

 妙なことはもう一つ、フィスの部屋に辿り着けなかった上に、ハイターに行くなと言われたこともだけれど、今日は朝から彼自体を見かけなくなってしまったのだ。あんなに幼馴染を口実に僕に付きまとうように一緒にいたのに。
 だけど、昨日のハイターの口調から察するに、僕はフィスと一緒にいることはおろか、会っても行けない感じだった。まるで、そうしてしまったら、何か恐ろしいことが起こってしまうかのように。
ハイターはやはり僕に関する何かを知っている。僕のことも、フィスのことも。
――そうなのだとしたら、いままで僕の傍にいた“幼馴染”は、誰なんだろう?

「リヒト! もう、ひどいなぁ、置いていくなんて」

 考えながらのろのろ樽いている僕の背中を、ポン! と勢い良く叩かれた。振り返ると、それは、姿が見えなくなっていたはずの“幼馴染”だった。
 昨日の朝までであれば、僕は背中を叩かれたお返しにと彼の頭や背を叩き返そうとしただろう。笑いながら、じゃれあいながら、僕らは学校に向かっただろう。
 でも今日は、彼に触れることが恐ろしく思えて、思わず立ち止まってしまう。

「どうしたの? 忘れ物? それとも、お腹でも痛い?」

 覗き込んでくる薄い茶色の目はいつもと変わりなく人懐っこく、そばかすの浮いた鼻先も朝日にきらめく金髪も、見慣れた彼のものだ。
 そのはずなのに、どうしていま、彼と向き合うことにそこはかとない恐ろしさを感じているんだろう……彼は、僕の“幼馴染”……のはずだ。
 何かが、昨日のあの告白からヘンだ。……でもそれは、本当に昨日から? 脳裏をぎる言葉に、僕は手に汗をいっぱいかいて胸騒ぎを覚え始める。
 それでも懸命に平静を装い、「あのさ、フィス……昨日、君、どこにいた?」と、訊ねてみる。

「昨日? 俺が? 昨日は、って言うか、昨日もリヒトと一緒に食堂でバタートーストを……」

 フィスは考えたりすることなくすらすらと昨日の話をし始める。だけどそれは、僕が既に知っていることで、知りたいのはそのあとのことだ。

「その、あとだよ」
「そのあと? その後は……部屋に帰ったよ」
「授業はどうしたの? それに、その部屋、昨日僕、行けなかったんだけど」
「迷子になったの? 寮で?」

 大丈夫? と、自分が授業に出ているか否かは棚に上げ、フィスは心配そうな顔をして僕を覗き込んでくる。その眼差しに、偽りはないと思う。
 思うけれど……あまりこちらを見て欲しくない気持ちも、どこかにあるのが正直なところだ。心臓を撫でられるような不快感を覚え、思わず顔をわずかにしかめる。
 一歩も動けなくなってしまった僕を、フィスは気遣うように肩を抱き、慰めるようにこう提案してきた。

「何かが原因で、リヒトがツラいんだったら、言いたいこと全部聞くよ。そうだ、どこか静かなところに行こうか」
「フィス、僕……」
「たまには俺だって授業をサボりたくなる時だってあるんだよ。大丈夫、普段の行いがいいから、きっとお咎めされないよ」

 そういたずらっぽく笑うフィスの笑顔に、僕は曖昧に笑って返す。ホッとしながらも、いままでのように彼を信じ切っていていいのかがわからない自分もいる。
 断る言葉を考えたけれどうまく浮かばず、そうこうしている内に、僕はフィスに連れられて教室のある校舎とは反対側の方向へ歩き始めていた。

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