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それからどうやって寮の部屋まで帰ったのか、憶えていない。気づけば部屋のベッドの上に寝ころび、見慣れた古い天井を見上げていた。
今日だけで、僕は二人から想いを告げられた。
想いを告げられること自体は、嬉しいと素直に思えるのだけれど――問題は、その相手が、僕にとってそれぞれの意味で欠かすことができない大切な存在であるということだ。
フィスは、僕のわがままや横暴ぶりを傍らで見守ってくれる、ブレーキのような存在で、対するハイターは僕が何者かであるかを知る、フィスとは違う重要さを持つ存在だと言える。
どちらも大切で、それぞれの想いを向けられて僕は嬉しく、誇らしくもある。そして何より、僕はフィスもハイターもどちらもそれぞれに好きだなと思っているのだ。
フィスには肌になじむような安心感を、ハイターには謎めいた懐かしさをそれぞれ覚える。その感覚がどちらも心地いい。だから、二人に好きだと言われることは僕にとって好都合というか、願っていた展開とも言える。
「……じゃあ、やっぱりこの世界は、僕の妄想が創り出した世界なのか?」
そうだと仮定して、それならば、僕はどちらの手を取ればいいのだろう。どう返事をするのが、この世界を生きていく上で“正解”なんだろう。
片方だけの手を取ってしまえば、僕の生活はきっと一変してしまうだろうし、それはきっと僕のこの先の人生に深くかかわる。
だからこそ、選択を誤りたくない。僕が選ばなくてはいけないぬくもりはどちらなのか、どうすればそれを知ることができるのか。
「こんなこと、誰に相談すればいいんだよ……」
どちらかだけを選ぶなんて、僕にできない。どちらかだけのぬくもりを選んだら、すべてが丸く収まるかどうかもわからない。選ばなかった選択肢の末路がどうなるかを考えると目の前が暗くなっていく。
幼馴染のフィスを裏切るような事はしたくない気持ちもあるけれど、どうしても彼に触れられるとぞくりとしてしまうし、ハイターは謎めいていて含みがあるような態度を取られるけれど、傍にいると安心する。
「僕は、やっぱりどうしてもどちらしか選べないのかな……」
鉛を呑み込んだような重たいツラい気持ちになるのなら、いっそ僕は両方選ぶことは出来ないんだろうか。三人で過ごしていくことは、許されないんだろうか。そう考えたくもなる。
でもそれはきっと、お互いがお互いに許せない限りは難しいんじゃないだろうか、とも思う。フィスはハイターのことになるとものすごく不機嫌で嫌な奴になってしまうし、ハイターはフィスに対して何か思うところがある感じだ。そんな二人が、僕を間に挟んで穏やかに過ごせる可能性なんて、あるのだろうか。
考えれば考えるほど頭の中は毛糸のように絡まっていく。何が正しくて、何が僕としてあるべき姿なのか、わからなくなってくるのだ。
「……やっぱり、フィスに話だけでも聞いてもらおう」
今朝彼はあんな風にしては来たけれど、親友としての気持ちだって全くないわけではないはずだ。何せ、僕は彼にとって特別な存在なのだから。
そう考えが至り、僕は起き上がって部屋を出てフィスの部屋へ向かうことにした。
磨き上げられた木製の薄暗い廊下を歩いて行き、突き当りを曲がった時、目の前に僕よりはるかに背の高い人影に行き当たった。
「わあ! ごめ……え、ハイター?」
昼間のことがあって、まさか今日またばったり会うなんて思ってもいなかったので、なんだか気まずくて僕もハイターもうつむいてしまう。
ただ黙っているのも感じが悪い気がして、何か話した方がいいだろうかと思いを巡らせていると、「こんなところで何をしているんだ?」と、ハイターから訊かれた。
顔をあげると、ハイターはなんだか少し不安げな顔をしている。
何故そんな顔を? と僕が思いながらも、「フィスの部屋に行こうと思って……」と、告げると、その顔が険しくなる。
「……そいつの部屋には行くんじゃない。行ってはならない」
「どうして? 僕、いつも行ってるけれど」
「じゃあ訊くが、フィスの部屋番号はどこだ?」
「えっと……30……あれ?」
幼馴染で行き慣れているはずの部屋番号が出てこない。目をつぶってだって行けるほどに馴染みがあるはずなのに……どのフロアにあるかさえも思い出せないのだ。
いや、あまりに行き慣れ過ぎていてド忘れしているだけだ……と思った僕は、いぶかしそうにしているハイターの手を牽いて歩き始めた。
「どこへ行くんだ?」
「ついて来てよ。ついでだからフィスと一緒に話を聞いてほしいんだ」
そうだ、いい機会だから、いっそ3人で今後どうしていくのか話合ってしまえばいいんだ。僕はハイターもフィスもどちらかだけを選んでいいかわからないから。お互いの言い分を聞き合って話合えば、今日ずっと僕の中でモヤモヤしているものが晴れるんじゃないかと考えたからだ。
そう話をしながらも、僕の脚はせかせかとせわしなく歩き回りながらフィスの部屋を捜しまわる。だけど、一向にそれらしい部屋が見当たらない。
おかしい……ついこの間、お金を借りに行ったりしたはずなのに……
戸惑いと焦りばかりが募っていく。それなのに、部屋も、フィス本人も現れない。じりじりとした気持ちばかりが膨らんでいく。
談話スペースや、階下のラウンジと呼ばれる対面スペースも捜したのだけれど、フィスの姿はどこにもなかった。
その内に、就寝時間を告げる寮長の号令が響き始め、僕は見つけられなかった悔しさで唇を噛んでうつむく。
「もういい。部屋まで送ろう」
ハイターにそう促され、僕は彼と手を取ったままのろのろと歩いて僕の部屋へ向かう。
見慣れたドアの前につき、僕が振り返ると、ハイターが何とも言えない複雑な感情のにじむ目をして僕を見ていた。
僕が部屋まで送ってくれたお礼を言おうと口を開きかけた時、「ヒカル、」とまたハイターはその名前で僕を呼ぶ。その目は、先ほどまでの複雑さを吹っ切った迷いのない色をしていた。
「もうあいつには近づくな」
「あいつって……フィスのこと?」
あまりに真っすぐな言葉で釘を刺してくるので、僕が戸惑いながら問い返すと、「ああ、そうだ」とだけ言い置いて、ハイターは自分の部屋へと帰っていく。その背中の何者も寄せ付けない雰囲気に、僕は言葉を返す隙も与えられなかった。
今日だけで、僕は二人から想いを告げられた。
想いを告げられること自体は、嬉しいと素直に思えるのだけれど――問題は、その相手が、僕にとってそれぞれの意味で欠かすことができない大切な存在であるということだ。
フィスは、僕のわがままや横暴ぶりを傍らで見守ってくれる、ブレーキのような存在で、対するハイターは僕が何者かであるかを知る、フィスとは違う重要さを持つ存在だと言える。
どちらも大切で、それぞれの想いを向けられて僕は嬉しく、誇らしくもある。そして何より、僕はフィスもハイターもどちらもそれぞれに好きだなと思っているのだ。
フィスには肌になじむような安心感を、ハイターには謎めいた懐かしさをそれぞれ覚える。その感覚がどちらも心地いい。だから、二人に好きだと言われることは僕にとって好都合というか、願っていた展開とも言える。
「……じゃあ、やっぱりこの世界は、僕の妄想が創り出した世界なのか?」
そうだと仮定して、それならば、僕はどちらの手を取ればいいのだろう。どう返事をするのが、この世界を生きていく上で“正解”なんだろう。
片方だけの手を取ってしまえば、僕の生活はきっと一変してしまうだろうし、それはきっと僕のこの先の人生に深くかかわる。
だからこそ、選択を誤りたくない。僕が選ばなくてはいけないぬくもりはどちらなのか、どうすればそれを知ることができるのか。
「こんなこと、誰に相談すればいいんだよ……」
どちらかだけを選ぶなんて、僕にできない。どちらかだけのぬくもりを選んだら、すべてが丸く収まるかどうかもわからない。選ばなかった選択肢の末路がどうなるかを考えると目の前が暗くなっていく。
幼馴染のフィスを裏切るような事はしたくない気持ちもあるけれど、どうしても彼に触れられるとぞくりとしてしまうし、ハイターは謎めいていて含みがあるような態度を取られるけれど、傍にいると安心する。
「僕は、やっぱりどうしてもどちらしか選べないのかな……」
鉛を呑み込んだような重たいツラい気持ちになるのなら、いっそ僕は両方選ぶことは出来ないんだろうか。三人で過ごしていくことは、許されないんだろうか。そう考えたくもなる。
でもそれはきっと、お互いがお互いに許せない限りは難しいんじゃないだろうか、とも思う。フィスはハイターのことになるとものすごく不機嫌で嫌な奴になってしまうし、ハイターはフィスに対して何か思うところがある感じだ。そんな二人が、僕を間に挟んで穏やかに過ごせる可能性なんて、あるのだろうか。
考えれば考えるほど頭の中は毛糸のように絡まっていく。何が正しくて、何が僕としてあるべき姿なのか、わからなくなってくるのだ。
「……やっぱり、フィスに話だけでも聞いてもらおう」
今朝彼はあんな風にしては来たけれど、親友としての気持ちだって全くないわけではないはずだ。何せ、僕は彼にとって特別な存在なのだから。
そう考えが至り、僕は起き上がって部屋を出てフィスの部屋へ向かうことにした。
磨き上げられた木製の薄暗い廊下を歩いて行き、突き当りを曲がった時、目の前に僕よりはるかに背の高い人影に行き当たった。
「わあ! ごめ……え、ハイター?」
昼間のことがあって、まさか今日またばったり会うなんて思ってもいなかったので、なんだか気まずくて僕もハイターもうつむいてしまう。
ただ黙っているのも感じが悪い気がして、何か話した方がいいだろうかと思いを巡らせていると、「こんなところで何をしているんだ?」と、ハイターから訊かれた。
顔をあげると、ハイターはなんだか少し不安げな顔をしている。
何故そんな顔を? と僕が思いながらも、「フィスの部屋に行こうと思って……」と、告げると、その顔が険しくなる。
「……そいつの部屋には行くんじゃない。行ってはならない」
「どうして? 僕、いつも行ってるけれど」
「じゃあ訊くが、フィスの部屋番号はどこだ?」
「えっと……30……あれ?」
幼馴染で行き慣れているはずの部屋番号が出てこない。目をつぶってだって行けるほどに馴染みがあるはずなのに……どのフロアにあるかさえも思い出せないのだ。
いや、あまりに行き慣れ過ぎていてド忘れしているだけだ……と思った僕は、いぶかしそうにしているハイターの手を牽いて歩き始めた。
「どこへ行くんだ?」
「ついて来てよ。ついでだからフィスと一緒に話を聞いてほしいんだ」
そうだ、いい機会だから、いっそ3人で今後どうしていくのか話合ってしまえばいいんだ。僕はハイターもフィスもどちらかだけを選んでいいかわからないから。お互いの言い分を聞き合って話合えば、今日ずっと僕の中でモヤモヤしているものが晴れるんじゃないかと考えたからだ。
そう話をしながらも、僕の脚はせかせかとせわしなく歩き回りながらフィスの部屋を捜しまわる。だけど、一向にそれらしい部屋が見当たらない。
おかしい……ついこの間、お金を借りに行ったりしたはずなのに……
戸惑いと焦りばかりが募っていく。それなのに、部屋も、フィス本人も現れない。じりじりとした気持ちばかりが膨らんでいく。
談話スペースや、階下のラウンジと呼ばれる対面スペースも捜したのだけれど、フィスの姿はどこにもなかった。
その内に、就寝時間を告げる寮長の号令が響き始め、僕は見つけられなかった悔しさで唇を噛んでうつむく。
「もういい。部屋まで送ろう」
ハイターにそう促され、僕は彼と手を取ったままのろのろと歩いて僕の部屋へ向かう。
見慣れたドアの前につき、僕が振り返ると、ハイターが何とも言えない複雑な感情のにじむ目をして僕を見ていた。
僕が部屋まで送ってくれたお礼を言おうと口を開きかけた時、「ヒカル、」とまたハイターはその名前で僕を呼ぶ。その目は、先ほどまでの複雑さを吹っ切った迷いのない色をしていた。
「もうあいつには近づくな」
「あいつって……フィスのこと?」
あまりに真っすぐな言葉で釘を刺してくるので、僕が戸惑いながら問い返すと、「ああ、そうだ」とだけ言い置いて、ハイターは自分の部屋へと帰っていく。その背中の何者も寄せ付けない雰囲気に、僕は言葉を返す隙も与えられなかった。
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