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両腕を翼のように広げ、射しこむ光の中でくるくると回りながら僕が高らかに言うと、フィスは突然声をあげて笑いだし、僕の頭をまるで小さな子どもにするように撫でてきた。
ぽんぽんとリズムを取るように、なだめるようにそうされて、今度は僕がぽかんとしている。
ひとしきり笑ったあと、涙さえにじんだ目許を拭いながら、フィスはこう言った。
「ッははは……面白いことを言うね、リヒト。物事が偶然自分の思い通りになっただけで、“この世界は自分が創った!”なんて言えるって」
「フィス、でも、僕は……」
「アーベル先生はたまたまあの日から休みになるんだったんだよ。前々から病弱だったご家族の具合が悪くなったって話だしね」
「だからってあの日になるかどうかなんて。そ、それにサーカスなんてみんな来るなんて知らなかったじゃないか! グランツ祭で僕らのクラスが優勝して、パーティーができたりとか……」
「そう、誰もわからない事なんだよ、リヒト。それがたまたま君の望みや恨みと重なっただけだ」
「…………ッ」
「偶然なんてね、思いがけない形で起こるものだよ、リヒト」
「……だけど、この所の出来事は、あまりに僕にとって都合がいいから……」
フィスの言い分に僕が反論しようとすると、彼は肩をすくめてくすりと笑い、また僕の頭を幼い子供にするように撫でる。聞かん気の強い子どもに言い聞かせるように――いや、違う。もっといやらしく、さっき僕が笑った時よりももっと艶のある笑い方をして、ゆっくりと言葉を区切りながらこうも告げてくる。
「それこそ、君が物事は都合よく動いている、と思い込もうとしているんじゃない?」
ぐうの音も出ない言い分に、僕は口をつぐみ、広げていた手を下ろす。あんなに得意げに広がっていた全能感は、たちまちのうちにしぼんでいく。フィスは、その様子をくすくす笑いながら愉快そうに見つめている。
そうなると途端に、手許の吸い殻が忌々しく感じ僕はそれを石畳の上に落として踏みつける。
吸殻を踏みつけ、そのままうつむいている僕を抱きしめながら頬に触れるようなキスをし、そっと囁く。
「そうやって、物事が上手くいくと、すぐ自分が全能だ! って思い込むの、リヒトの悪いクセだよ。やっぱり、俺がそばにいてあげなきゃだね」
囁かれた言葉はぞくりとするほどやさしくやわらかく、僕の鼓膜を揺らしながら脳を痺れさせていく。なんだろう、この、やさしいとわかっているのに、心のどこかがゾクゾクしてしまう妙な感触は。まるで落ち着かない場所に独りで置かれているような、それを傍から眺められているような居心地の悪ささえ覚える。
何故だろう……彼の視線に、僕のすべてを見透かす薄気味悪さみたいなのを感じるのは。
「う、うるさいな……ちょっと調子に乗ったくらいで赤ちゃん扱いしないでよ」
僕が慌ててフィスの手を振り払っても、フィスはやわらかく、いつものように微笑んでいるだけで、怒っても来ない。悪意がないのがわかる分、僕が怒るわけにもいかない。
それでも僕の分が悪いのは確かなので、手を振り払ったあと、取り繕うように居ずまいを正す。明らかにごまかしているのが丸わかりだけれど、何もしない沈黙は耐えがたい。
そんな僕の胸中を知ってか知らずか、フィスはいつもと変わらない笑みを浮かべたまままた僕の頭を撫でてから手を取り、そこにキスを落として一つの提案をしてくる。まるで、僕が彼のものである印をつけるように。
「じゃ、赤ちゃんじゃないリヒト。もう充分羽は伸ばしただろう? 次の授業に一緒に出よう」
顔を覗き込んでくる薄茶色のほどけた瞳のあたたかさに、僕はこれまでの振る舞いを恥ずかしく思った。それはただ彼にそうやってキスされたから、というのもあるんだろうか?
――でも、それを素直にそのまま受け止めていいとも思えないのも事実だった。微笑みかけられている目を、彼のやさしさのままだと思っていい気がしない。
何かが違う。でもそれがよくわからない。寧ろ、気味が悪くさえ思える。
(僕とフィスは、幼馴染……だよね?)
不意に揺らぎ始めた僕らの関係性に、心まで揺らいでしまう。責めてそれを悟られまいと、僕はフィスと手を取って展望室をあとにした。
展望室を出たあと僕らは教室に向かい、何事もなかったかのように席について授業を受けた。教師たちもクラスメイトも、僕がしょっちゅう姿を消しているので珍しくないからか、サボっていたことに関しては何も言ってこなかった。それこそ、何事もなかったかのように。
それはそれで僕にとって好都合ではあったけれど、最早それを妄想世界の賜物だ! などと考える根拠にしようとは思わなかった。
僕は、この世界ではただの平凡な生徒でしかない。これまで都合よく起こっていたことは、ただの偶然なんだ……そう、考えることで、僕はもう世界のことを考えるのをやめようと思った。
ぽんぽんとリズムを取るように、なだめるようにそうされて、今度は僕がぽかんとしている。
ひとしきり笑ったあと、涙さえにじんだ目許を拭いながら、フィスはこう言った。
「ッははは……面白いことを言うね、リヒト。物事が偶然自分の思い通りになっただけで、“この世界は自分が創った!”なんて言えるって」
「フィス、でも、僕は……」
「アーベル先生はたまたまあの日から休みになるんだったんだよ。前々から病弱だったご家族の具合が悪くなったって話だしね」
「だからってあの日になるかどうかなんて。そ、それにサーカスなんてみんな来るなんて知らなかったじゃないか! グランツ祭で僕らのクラスが優勝して、パーティーができたりとか……」
「そう、誰もわからない事なんだよ、リヒト。それがたまたま君の望みや恨みと重なっただけだ」
「…………ッ」
「偶然なんてね、思いがけない形で起こるものだよ、リヒト」
「……だけど、この所の出来事は、あまりに僕にとって都合がいいから……」
フィスの言い分に僕が反論しようとすると、彼は肩をすくめてくすりと笑い、また僕の頭を幼い子供にするように撫でる。聞かん気の強い子どもに言い聞かせるように――いや、違う。もっといやらしく、さっき僕が笑った時よりももっと艶のある笑い方をして、ゆっくりと言葉を区切りながらこうも告げてくる。
「それこそ、君が物事は都合よく動いている、と思い込もうとしているんじゃない?」
ぐうの音も出ない言い分に、僕は口をつぐみ、広げていた手を下ろす。あんなに得意げに広がっていた全能感は、たちまちのうちにしぼんでいく。フィスは、その様子をくすくす笑いながら愉快そうに見つめている。
そうなると途端に、手許の吸い殻が忌々しく感じ僕はそれを石畳の上に落として踏みつける。
吸殻を踏みつけ、そのままうつむいている僕を抱きしめながら頬に触れるようなキスをし、そっと囁く。
「そうやって、物事が上手くいくと、すぐ自分が全能だ! って思い込むの、リヒトの悪いクセだよ。やっぱり、俺がそばにいてあげなきゃだね」
囁かれた言葉はぞくりとするほどやさしくやわらかく、僕の鼓膜を揺らしながら脳を痺れさせていく。なんだろう、この、やさしいとわかっているのに、心のどこかがゾクゾクしてしまう妙な感触は。まるで落ち着かない場所に独りで置かれているような、それを傍から眺められているような居心地の悪ささえ覚える。
何故だろう……彼の視線に、僕のすべてを見透かす薄気味悪さみたいなのを感じるのは。
「う、うるさいな……ちょっと調子に乗ったくらいで赤ちゃん扱いしないでよ」
僕が慌ててフィスの手を振り払っても、フィスはやわらかく、いつものように微笑んでいるだけで、怒っても来ない。悪意がないのがわかる分、僕が怒るわけにもいかない。
それでも僕の分が悪いのは確かなので、手を振り払ったあと、取り繕うように居ずまいを正す。明らかにごまかしているのが丸わかりだけれど、何もしない沈黙は耐えがたい。
そんな僕の胸中を知ってか知らずか、フィスはいつもと変わらない笑みを浮かべたまままた僕の頭を撫でてから手を取り、そこにキスを落として一つの提案をしてくる。まるで、僕が彼のものである印をつけるように。
「じゃ、赤ちゃんじゃないリヒト。もう充分羽は伸ばしただろう? 次の授業に一緒に出よう」
顔を覗き込んでくる薄茶色のほどけた瞳のあたたかさに、僕はこれまでの振る舞いを恥ずかしく思った。それはただ彼にそうやってキスされたから、というのもあるんだろうか?
――でも、それを素直にそのまま受け止めていいとも思えないのも事実だった。微笑みかけられている目を、彼のやさしさのままだと思っていい気がしない。
何かが違う。でもそれがよくわからない。寧ろ、気味が悪くさえ思える。
(僕とフィスは、幼馴染……だよね?)
不意に揺らぎ始めた僕らの関係性に、心まで揺らいでしまう。責めてそれを悟られまいと、僕はフィスと手を取って展望室をあとにした。
展望室を出たあと僕らは教室に向かい、何事もなかったかのように席について授業を受けた。教師たちもクラスメイトも、僕がしょっちゅう姿を消しているので珍しくないからか、サボっていたことに関しては何も言ってこなかった。それこそ、何事もなかったかのように。
それはそれで僕にとって好都合ではあったけれど、最早それを妄想世界の賜物だ! などと考える根拠にしようとは思わなかった。
僕は、この世界ではただの平凡な生徒でしかない。これまで都合よく起こっていたことは、ただの偶然なんだ……そう、考えることで、僕はもう世界のことを考えるのをやめようと思った。
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