【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

文字の大きさ
上 下
33 / 46

*16-2

しおりを挟む
 両腕を翼のように広げ、射しこむ光の中でくるくると回りながら僕が高らかに言うと、フィスは突然声をあげて笑いだし、僕の頭をまるで小さな子どもにするように撫でてきた。
 ぽんぽんとリズムを取るように、なだめるようにそうされて、今度は僕がぽかんとしている。
 ひとしきり笑ったあと、涙さえにじんだ目許を拭いながら、フィスはこう言った。

「ッははは……面白いことを言うね、リヒト。物事が偶然自分の思い通りになっただけで、“この世界は自分が創った!”なんて言えるって」
「フィス、でも、僕は……」
「アーベル先生はたまたまあの日から休みになるんだったんだよ。前々から病弱だったご家族の具合が悪くなったって話だしね」
「だからってあの日になるかどうかなんて。そ、それにサーカスなんてみんな来るなんて知らなかったじゃないか! グランツ祭で僕らのクラスが優勝して、パーティーができたりとか……」
「そう、誰もわからない事なんだよ、リヒト。それがたまたま君の望みや恨みと重なっただけだ」
「…………ッ」
「偶然なんてね、思いがけない形で起こるものだよ、リヒト」
「……だけど、この所の出来事は、あまりに僕にとって都合がいいから……」

 フィスの言い分に僕が反論しようとすると、彼は肩をすくめてくすりと笑い、また僕の頭を幼い子供にするように撫でる。聞かん気の強い子どもに言い聞かせるように――いや、違う。もっといやらしく、さっき僕が笑った時よりももっと艶のある笑い方をして、ゆっくりと言葉を区切りながらこうも告げてくる。

「それこそ、君が物事は都合よく動いている、と思い込もうとしているんじゃない?」

 ぐうの音も出ない言い分に、僕は口をつぐみ、広げていた手を下ろす。あんなに得意げに広がっていた全能感は、たちまちのうちにしぼんでいく。フィスは、その様子をくすくす笑いながら愉快そうに見つめている。
 そうなると途端に、手許の吸い殻が忌々しく感じ僕はそれを石畳の上に落として踏みつける。
 吸殻を踏みつけ、そのままうつむいている僕を抱きしめながら頬に触れるようなキスをし、そっと囁く。

「そうやって、物事が上手くいくと、すぐ自分が全能だ! って思い込むの、リヒトの悪いクセだよ。やっぱり、俺がそばにいてあげなきゃだね」

 囁かれた言葉はぞくりとするほどやさしくやわらかく、僕の鼓膜を揺らしながら脳を痺れさせていく。なんだろう、この、やさしいとわかっているのに、心のどこかがゾクゾクしてしまう妙な感触は。まるで落ち着かない場所に独りで置かれているような、それを傍から眺められているような居心地の悪ささえ覚える。
 何故だろう……彼の視線に、僕のすべてを見透かす薄気味悪さみたいなのを感じるのは。

「う、うるさいな……ちょっと調子に乗ったくらいで赤ちゃん扱いしないでよ」

 僕が慌ててフィスの手を振り払っても、フィスはやわらかく、いつものように微笑んでいるだけで、怒っても来ない。悪意がないのがわかる分、僕が怒るわけにもいかない。
 それでも僕の分が悪いのは確かなので、手を振り払ったあと、取り繕うように居ずまいを正す。明らかにごまかしているのが丸わかりだけれど、何もしない沈黙は耐えがたい。
 そんな僕の胸中を知ってか知らずか、フィスはいつもと変わらない笑みを浮かべたまままた僕の頭を撫でてから手を取り、そこにキスを落として一つの提案をしてくる。まるで、僕が彼のものである印をつけるように。

「じゃ、赤ちゃんじゃないリヒト。もう充分羽は伸ばしただろう? 次の授業に一緒に出よう」

顔を覗き込んでくる薄茶色のほどけた瞳のあたたかさに、僕はこれまでの振る舞いを恥ずかしく思った。それはただ彼にそうやってキスされたから、というのもあるんだろうか?
 ――でも、それを素直にそのまま受け止めていいとも思えないのも事実だった。微笑みかけられている目を、彼のやさしさのままだと思っていい気がしない。
 何かが違う。でもそれがよくわからない。寧ろ、気味が悪くさえ思える。

(僕とフィスは、幼馴染……だよね?)

 不意に揺らぎ始めた僕らの関係性に、心まで揺らいでしまう。責めてそれを悟られまいと、僕はフィスと手を取って展望室をあとにした。
 展望室を出たあと僕らは教室に向かい、何事もなかったかのように席について授業を受けた。教師たちもクラスメイトも、僕がしょっちゅう姿を消しているので珍しくないからか、サボっていたことに関しては何も言ってこなかった。それこそ、何事もなかったかのように。
 それはそれで僕にとって好都合ではあったけれど、最早それを妄想世界の賜物だ! などと考える根拠にしようとは思わなかった。
 僕は、この世界ではただの平凡な生徒でしかない。これまで都合よく起こっていたことは、ただの偶然なんだ……そう、考えることで、僕はもう世界のことを考えるのをやめようと思った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

処理中です...