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*15 何でも思いのままになる世界
しおりを挟む 開いていないはずの食堂が開いていて、心行くまでバタートーストとカフェオレを堪能したあとも、僕らはその日授業を受けに戻ることはなかった。
何より僕がこの世界を創っているという想いを強くした決定的な出来事が、その数日後に起こった――いや、起こした、というべきなんだろうか。
「はーあ。グランツ祭終わると、夏の休暇までなーんにもないの、マジで退屈だよなぁ」
「言えてる。あるのは抜き打ち試験ばかり。おれら青春真っただ中のはずなのになぁ」
陽射しに夏が混じり始めたある日の昼休み、食堂でそんな会話が聞こえてきた。
確かに学院の創立記念日であるグランツ祭が終わってしまうと、8月頭から始まる夏の休暇まで特にこれといったイベントがない。あるとすれば抜き打ちの試験や、マナーの実技実習ばかりで、正直楽しいとは言い難い日々だ。
「みんな退屈そうだね」
「そりゃね。あんだけ盛り上がったグランツ祭のあとだもん。今年は特にみんな退屈だよ」
「なるほど……」
フィスの言うとおり、食堂内に漂う空気は、窓の外の明るく夏らしい天気にそぐわないほど澱んでいる。退屈と鬱屈で空気が澱んですら見える。
いままでの僕なら、フィスの言葉と彼らの言葉にうなずきつつも受け流していただろう。
でも、いまの僕は違う。何せ僕は、この世界を創りし神とも言える存在なのだから。
フィスはそのまま代わり映えしない今日の授業での出来事を話していたけれど、僕はそれを効かずに立ち上がり、先程退屈であることに不満を漏らしていた彼らの許へ歩み寄る。
「ねえ、退屈なの?」
「え? あ、ああ、まあな……」
「じゃあさ、僕が退屈じゃなくしてあげるよ」
僕の言葉に彼らも、フィスもぽかんとした顔をしている。何を言っているんだ? と言いたげな彼らの顔が、ますます僕を煽り立てる。
だから僕は人さし指を天井に向け、高らかに宣言した。
「あーあ、サーカスでも来ないかなぁ、いま、すぐに」
「……何言ってんだ、お前……」
「リヒト、どうしちゃったの? 大丈夫?」
高らかに宣言したことで食堂中に僕の言葉は響き渡り、一斉に多くの目が注がれる。
それでも僕は怯むことはない。だって、いま口走ったことが戯言ではない事でなくなることを知っているからだ。
しんとしたまま何も起こらない現状に、くすくすと忍び笑いが聞こえてきて、フィスが僕のブレザーの裾を引っ張ってそちらへ来るように小声で呼びかけてくる。
「リヒト! もう座りなよ……」と、フィスが言いかけた時、食堂に1年生と思われる幼さの残る生徒が数人駆け込んできて、口々に叫んだ。
「みんな! サーカスが来たよ!!」
「学校の門のところにピエロがいっぱい来てるんだ!」
その声を聞くや否や、食事中だったにもかかわらず、みんな一斉に立ち上がって食堂を出ていく。皆口々に、サーカスが来たことに驚き叫びながら。
食堂にいたほとんどが出ていき、先程不満を漏らしていた生徒たちもいなくなっていた。そうして、呆気に取られているフィスと、それをおかしそうに見ている僕が残されている。
フィスは呆気に取られてぽかんと口を半開きにしていて、ひどく間の抜けた顔をしている。
だから僕は笑いをこらえながら彼の手を取り、こう言った。
「ほら、行こうよフィス! きっと退屈なんて忘れちゃうよ!」
食堂を出ると、他の校舎からも生徒たちがあふれ、そして教師たちも騒ぎ立てている。どうやらサーカスは学院のすぐ隣に設置されたらしく、宣伝を兼ねて校門の前でショーを始めたらしい。
派手な化粧に赤い鼻のピエロたちが、ビラをバラまきながら逆立ちをしたり、ジャグリングをしている様だけでなく、フェアリーという華やかな衣装に身を包んだ小柄な女の子たちのダンスも行われている。
「流石にライオンやトラは出てこないかぁ……火の輪くぐりとかあればもっと盛り上がるだろうに」
「リヒト! 見て! 団長がトラを連れてきたよ!」
何気なく呟いただけなのに、本当に立派で大きなトラが、黒い燕尾服にひげを生やした団長らしきおじさんに牽かれて現れた。火の輪くぐりこそしなかったけれど、猛獣の登場は一層みんなを興奮させたのは言うまでもない。
「すごい……リヒトが呟いたら本当に出てきちゃったよ……」
「そうだよ、僕のお陰だよ、全部」
「全部って……サーカスも、トラも?」
そうだよ、と僕がうなずくと同時に、火吹き男のショーが始まり、たちまちみんなそちらに注目してしまう。あまりに見事な芸当に、フィスも呆気に取られて見惚れている。その様がなんともかわいく思えて、僕はすごく気分が良かった。
(なんだ、僕が創った世界なら、最初からこうすればよかったんだ。僕の都合のいいように、楽しく面白い世界にしてしまえば)
何より僕がこの世界を創っているという想いを強くした決定的な出来事が、その数日後に起こった――いや、起こした、というべきなんだろうか。
「はーあ。グランツ祭終わると、夏の休暇までなーんにもないの、マジで退屈だよなぁ」
「言えてる。あるのは抜き打ち試験ばかり。おれら青春真っただ中のはずなのになぁ」
陽射しに夏が混じり始めたある日の昼休み、食堂でそんな会話が聞こえてきた。
確かに学院の創立記念日であるグランツ祭が終わってしまうと、8月頭から始まる夏の休暇まで特にこれといったイベントがない。あるとすれば抜き打ちの試験や、マナーの実技実習ばかりで、正直楽しいとは言い難い日々だ。
「みんな退屈そうだね」
「そりゃね。あんだけ盛り上がったグランツ祭のあとだもん。今年は特にみんな退屈だよ」
「なるほど……」
フィスの言うとおり、食堂内に漂う空気は、窓の外の明るく夏らしい天気にそぐわないほど澱んでいる。退屈と鬱屈で空気が澱んですら見える。
いままでの僕なら、フィスの言葉と彼らの言葉にうなずきつつも受け流していただろう。
でも、いまの僕は違う。何せ僕は、この世界を創りし神とも言える存在なのだから。
フィスはそのまま代わり映えしない今日の授業での出来事を話していたけれど、僕はそれを効かずに立ち上がり、先程退屈であることに不満を漏らしていた彼らの許へ歩み寄る。
「ねえ、退屈なの?」
「え? あ、ああ、まあな……」
「じゃあさ、僕が退屈じゃなくしてあげるよ」
僕の言葉に彼らも、フィスもぽかんとした顔をしている。何を言っているんだ? と言いたげな彼らの顔が、ますます僕を煽り立てる。
だから僕は人さし指を天井に向け、高らかに宣言した。
「あーあ、サーカスでも来ないかなぁ、いま、すぐに」
「……何言ってんだ、お前……」
「リヒト、どうしちゃったの? 大丈夫?」
高らかに宣言したことで食堂中に僕の言葉は響き渡り、一斉に多くの目が注がれる。
それでも僕は怯むことはない。だって、いま口走ったことが戯言ではない事でなくなることを知っているからだ。
しんとしたまま何も起こらない現状に、くすくすと忍び笑いが聞こえてきて、フィスが僕のブレザーの裾を引っ張ってそちらへ来るように小声で呼びかけてくる。
「リヒト! もう座りなよ……」と、フィスが言いかけた時、食堂に1年生と思われる幼さの残る生徒が数人駆け込んできて、口々に叫んだ。
「みんな! サーカスが来たよ!!」
「学校の門のところにピエロがいっぱい来てるんだ!」
その声を聞くや否や、食事中だったにもかかわらず、みんな一斉に立ち上がって食堂を出ていく。皆口々に、サーカスが来たことに驚き叫びながら。
食堂にいたほとんどが出ていき、先程不満を漏らしていた生徒たちもいなくなっていた。そうして、呆気に取られているフィスと、それをおかしそうに見ている僕が残されている。
フィスは呆気に取られてぽかんと口を半開きにしていて、ひどく間の抜けた顔をしている。
だから僕は笑いをこらえながら彼の手を取り、こう言った。
「ほら、行こうよフィス! きっと退屈なんて忘れちゃうよ!」
食堂を出ると、他の校舎からも生徒たちがあふれ、そして教師たちも騒ぎ立てている。どうやらサーカスは学院のすぐ隣に設置されたらしく、宣伝を兼ねて校門の前でショーを始めたらしい。
派手な化粧に赤い鼻のピエロたちが、ビラをバラまきながら逆立ちをしたり、ジャグリングをしている様だけでなく、フェアリーという華やかな衣装に身を包んだ小柄な女の子たちのダンスも行われている。
「流石にライオンやトラは出てこないかぁ……火の輪くぐりとかあればもっと盛り上がるだろうに」
「リヒト! 見て! 団長がトラを連れてきたよ!」
何気なく呟いただけなのに、本当に立派で大きなトラが、黒い燕尾服にひげを生やした団長らしきおじさんに牽かれて現れた。火の輪くぐりこそしなかったけれど、猛獣の登場は一層みんなを興奮させたのは言うまでもない。
「すごい……リヒトが呟いたら本当に出てきちゃったよ……」
「そうだよ、僕のお陰だよ、全部」
「全部って……サーカスも、トラも?」
そうだよ、と僕がうなずくと同時に、火吹き男のショーが始まり、たちまちみんなそちらに注目してしまう。あまりに見事な芸当に、フィスも呆気に取られて見惚れている。その様がなんともかわいく思えて、僕はすごく気分が良かった。
(なんだ、僕が創った世界なら、最初からこうすればよかったんだ。僕の都合のいいように、楽しく面白い世界にしてしまえば)
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