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*14 気付いた“真実”
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さわやかな季節から一転して、雨が降ったりやんだりするような季節になり、窮屈な学校生活が余計に窮屈に感じられる。
それでも僕は、霧雨の降る窓の外を、頬杖をついて眺めつつ10日ほど前の出来事を反芻する。
(唇、熱かったな……あんなキス、何でどこか懐かしいなんて思ったんだろう……)
逃げようのない大きな手で後頭部を捕えられ、まるで食べられるかのようなキスだった。獰猛で、オオカミのようで、それでいて、甘い――そんな不思議な感覚を、僕は知っていると言うのだろうか?
「そんなまさか! あれが初めてだったのに」
「まさかかどうかは知らないが、君が私の授業中に上の空なのは初めてではありませんよ、リヒト=ベルガー」
「え? あ……」
頬杖をついていた机を、コツコツ、と皺だらけの骨ばった指が叩き、僕はハッと我に返る。しまった、いま授業中だった……しかも、僕を一等嫌っている作法のアーベル先生の授業だ。
アーベル先生は作法の授業を受け持っているだけあって、生徒の授業態度にとても厳しいし、授業外でも生徒の生活態度にまで口うるさい。ちょっとあくびをしただけでもマイナス2点だ。
そんな教師にとって、僕のようなワガママと言うか横暴でさえある生徒は、目の敵にされてしまっているのは当然だろう。僕の3つの赤点の内の2つはこの作法の試験なのも無理はない。
だから頬杖をついてよそ見なんてしようものなら、すぐに飛んできてこうして嫌味を言うのだ。
そんな教師に、僕がいま思い悩んでいること――この世界が自分の妄想でできているかどうか、それを試すために同級生とキスをしたこと、その感触に覚えがあった謎――を正直に告げたところで眉をしかめられるか、呆れられるかのどちらかでしかない。
「すみません、つい……考え事をしてしまって……」
「紳士になるために必要な作法を身に着けるよりも大事な考え事を?」
「いえ、そういうわけではない、です」
「ほう? いつも無断で欠席するようなリヒト=ベルガーが? ぜひとも詳しく聴きたいもんですね」
ねちねちと執拗につるし上げるようにみんなの前でさらし者にする、これがアーベル先生のやり方だ。だから、僕はこの授業が大嫌いだし、アーベル先生も正直いなくなればいいのにとさえ思ってしまう。
その感情が顔に出てしまうのか、つい、にらみ付けていた。
「何ですか、その目は。だいたいあなたは――」
もし、この世界が僕にとって都合のいい展開をする、僕の妄想の世界で作られているのなら、今すぐにでもこんな厭味ったらしいイヤな教師なんていなくなって欲しい。おとぎ話の魔法のように、煙に包まれて消えてしまえばいいのに。
バカなことを考えているとはわかっている。わかっていても、そう強く願わずにはいられないほどに、僕は苛立っていたのも確かだ。
アーベル先生が長々と僕の授業態度の悪さや、それに伴う成績の悪さ、果てはガラの悪い生徒とつるむ素行の悪さなどをあげつらいつつ、嫌味のオンパレードを始めていると、教室の入り口のドアがノックされた。
先生の悪口スピーチが止まり、教室中の視線が入り口に注がれる。そっと開いたドアの隙間からは学校事務のおばさんが「アーベル先生、ちょっとよろしいですか」と手招きしている。
中断されたアーベル先生はムッとした顔をして僕らをそのままに、おばさんの許へ歩み寄っていく。
「え?! それは本当ですか?!」
しばらくこそこそとやり取りをしていたかと思ったら、アーベル先生は突然大きな声をあげ、たちまち顔を青くして黙り込んでしまった。
何があったんだろうか、と僕らが視線を交えながら推し測っていると、アーベル先生はこちらを振り返り、こう言い放って教室を出ていった。
「ほ、本日はここまでにします」
普段なら、次の授業までの課題を課して、「それではごきげんよう」なんて澄ました顔で言いながら出ていくのに、そんなことを言う余裕もないほどに先生は焦った顔をしていた気がする。
理由はわからないけれど、大嫌いな授業がなくなったので僕らとしては万々歳だった。
降ったりやんだりする雨が気にならないほどに気分が良くて、制服のズボンのすそが濡れることもどうってことなかったほどだ。
「どうしちゃったんだろうな、アーベル先生」
「さあね。僕に嫌味なんか言うからだよ」
「ふふ、リヒトの仕返し?」
「それならもういっそ、ずっと来なけりゃいいのに」
教室の移動中、フィスとそうくすくす笑い合いながら話していたのだけれど、それは勿論本気ではなかった。いなくなれば嬉しいけれど、そんなことなんて起こりうるわけがないとわかりきっていたからだ。
つかの間のハプニングは、明日になれば元通りになる。そう、思っていた。
フィスとは、相変わらずボディタッチは多めだけれど、いまではあの嘘の借金の話がなかったかのように普段通りだ。ハイターが僕とあんなキスしたのもきっと寝ぼけた気まぐれなんだろう。僕がいなくなればいい、と思ったアーベル先生の授業が休みになったのだって、きっとそういう類の偶然に過ぎない。
(だから、この世界が僕の妄想だなんて、それこそ僕の妄想に過ぎない。ただの子ども染みた思い過ごしなんだよ)
だから明日になれば作法の授業にはいつものようにアーベル先生がいて、僕に今日の続きの嫌味を言うんだろう。考えるだけで辟易するけれど、これが現実だ――そう、思っていたのに……
それでも僕は、霧雨の降る窓の外を、頬杖をついて眺めつつ10日ほど前の出来事を反芻する。
(唇、熱かったな……あんなキス、何でどこか懐かしいなんて思ったんだろう……)
逃げようのない大きな手で後頭部を捕えられ、まるで食べられるかのようなキスだった。獰猛で、オオカミのようで、それでいて、甘い――そんな不思議な感覚を、僕は知っていると言うのだろうか?
「そんなまさか! あれが初めてだったのに」
「まさかかどうかは知らないが、君が私の授業中に上の空なのは初めてではありませんよ、リヒト=ベルガー」
「え? あ……」
頬杖をついていた机を、コツコツ、と皺だらけの骨ばった指が叩き、僕はハッと我に返る。しまった、いま授業中だった……しかも、僕を一等嫌っている作法のアーベル先生の授業だ。
アーベル先生は作法の授業を受け持っているだけあって、生徒の授業態度にとても厳しいし、授業外でも生徒の生活態度にまで口うるさい。ちょっとあくびをしただけでもマイナス2点だ。
そんな教師にとって、僕のようなワガママと言うか横暴でさえある生徒は、目の敵にされてしまっているのは当然だろう。僕の3つの赤点の内の2つはこの作法の試験なのも無理はない。
だから頬杖をついてよそ見なんてしようものなら、すぐに飛んできてこうして嫌味を言うのだ。
そんな教師に、僕がいま思い悩んでいること――この世界が自分の妄想でできているかどうか、それを試すために同級生とキスをしたこと、その感触に覚えがあった謎――を正直に告げたところで眉をしかめられるか、呆れられるかのどちらかでしかない。
「すみません、つい……考え事をしてしまって……」
「紳士になるために必要な作法を身に着けるよりも大事な考え事を?」
「いえ、そういうわけではない、です」
「ほう? いつも無断で欠席するようなリヒト=ベルガーが? ぜひとも詳しく聴きたいもんですね」
ねちねちと執拗につるし上げるようにみんなの前でさらし者にする、これがアーベル先生のやり方だ。だから、僕はこの授業が大嫌いだし、アーベル先生も正直いなくなればいいのにとさえ思ってしまう。
その感情が顔に出てしまうのか、つい、にらみ付けていた。
「何ですか、その目は。だいたいあなたは――」
もし、この世界が僕にとって都合のいい展開をする、僕の妄想の世界で作られているのなら、今すぐにでもこんな厭味ったらしいイヤな教師なんていなくなって欲しい。おとぎ話の魔法のように、煙に包まれて消えてしまえばいいのに。
バカなことを考えているとはわかっている。わかっていても、そう強く願わずにはいられないほどに、僕は苛立っていたのも確かだ。
アーベル先生が長々と僕の授業態度の悪さや、それに伴う成績の悪さ、果てはガラの悪い生徒とつるむ素行の悪さなどをあげつらいつつ、嫌味のオンパレードを始めていると、教室の入り口のドアがノックされた。
先生の悪口スピーチが止まり、教室中の視線が入り口に注がれる。そっと開いたドアの隙間からは学校事務のおばさんが「アーベル先生、ちょっとよろしいですか」と手招きしている。
中断されたアーベル先生はムッとした顔をして僕らをそのままに、おばさんの許へ歩み寄っていく。
「え?! それは本当ですか?!」
しばらくこそこそとやり取りをしていたかと思ったら、アーベル先生は突然大きな声をあげ、たちまち顔を青くして黙り込んでしまった。
何があったんだろうか、と僕らが視線を交えながら推し測っていると、アーベル先生はこちらを振り返り、こう言い放って教室を出ていった。
「ほ、本日はここまでにします」
普段なら、次の授業までの課題を課して、「それではごきげんよう」なんて澄ました顔で言いながら出ていくのに、そんなことを言う余裕もないほどに先生は焦った顔をしていた気がする。
理由はわからないけれど、大嫌いな授業がなくなったので僕らとしては万々歳だった。
降ったりやんだりする雨が気にならないほどに気分が良くて、制服のズボンのすそが濡れることもどうってことなかったほどだ。
「どうしちゃったんだろうな、アーベル先生」
「さあね。僕に嫌味なんか言うからだよ」
「ふふ、リヒトの仕返し?」
「それならもういっそ、ずっと来なけりゃいいのに」
教室の移動中、フィスとそうくすくす笑い合いながら話していたのだけれど、それは勿論本気ではなかった。いなくなれば嬉しいけれど、そんなことなんて起こりうるわけがないとわかりきっていたからだ。
つかの間のハプニングは、明日になれば元通りになる。そう、思っていた。
フィスとは、相変わらずボディタッチは多めだけれど、いまではあの嘘の借金の話がなかったかのように普段通りだ。ハイターが僕とあんなキスしたのもきっと寝ぼけた気まぐれなんだろう。僕がいなくなればいい、と思ったアーベル先生の授業が休みになったのだって、きっとそういう類の偶然に過ぎない。
(だから、この世界が僕の妄想だなんて、それこそ僕の妄想に過ぎない。ただの子ども染みた思い過ごしなんだよ)
だから明日になれば作法の授業にはいつものようにアーベル先生がいて、僕に今日の続きの嫌味を言うんだろう。考えるだけで辟易するけれど、これが現実だ――そう、思っていたのに……
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