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お互いに至近距離にあることを驚き、弾かれたように身を離す。数センチの距離から数メートルの距離へ。互いに壁と壁に身を貼り付けるように離れても、その顔はリンゴのように赤い。
ほんのついさっきまで、妙な記憶とも言えない何かの感情に揺さぶられていたせいか、僕までハイターの姿に胸が激しく動悸している。
確かに、僕は脳内に浮かんだ、ハイターにそっくりな誰かを想ってドキドキしてはいた。でもそれは目の前の銀髪の彼ではないし、懐かしいなんて思うほど、そんな昔に僕は彼のことを知らないはずだ。
それなのに、なんで……?
僕の妄想で作り上げた世界なら、そういう記憶の中の誰かを創り出すことも可能、ということなんだろうか……そう、腕組みをして考え込んでいると、「おい、ヒカル」と、ハイターがまたあの名前を呼ぶ。
ハイターに“ヒカル”と呼ばれると、何故か胸の奥がしゅわりと砂糖菓子が崩れるように甘い痛みを伴う。この感覚も、よくわからない。知っているようで知らない、不思議な感覚。
無防備な姿を見られたからか、ハイターは軽く咳払いしながら立ち上がり、居ずまいを正す。着崩れていたブレザーを整え、シャツの襟とタイも整える。軽い寝癖がついていた髪を整えると、もうすっかり優等生のハイターだ。
「俺のこと、何かわかったのか?」
「いや、全然……」
「……そうか」
僕の答えに、ハイターは目に見えて落胆した表情をする。クールを装っているけれど、気落ちしているのがあからさまに出ているのだから。
そんなに、彼は僕のことを想っているのだろうか? それとも、僕らは遠い昔何か特別な関係にあったんだろうか?
そうなのだとしたら、僕は記憶喪失なんだろうか? フィスのことも学校のこともおぼろげだったのだから、その線は濃厚かもしれない。
もしそうなのだとしたら、なんで、ハイターは僕を“ヒカル”と呼び、“連れて帰る”なんて言うのだろう。僕らは、この学院と言う箱庭の中で暮らす小鳥のようなものなのに。
それならなおのこと、僕がいるこの世界がなんであるのかを確かめなくてはいけない。
「ねえ、ハイター」
「なんだ、ヒカ……」
僕がこの世界が妄想で出来ているかどうかを確かめる術――それは、ハイターに不意打ちでキスをして、拒まれるかどうか、だ。
もしこの世界が僕の都合の良いように出来ているのであれば、不意打ちでこんなことをされても、僕の推測では僕を好きであろうハイターは、キスを拒むはずがない。
しかし、それはあくまで僕の中の妄想に近い推測の域を出ない話だ。通常であれば、良く知りもしない相手からいきなりキスをされたら、不愉快だろうし、驚かないわけがない。拒まれることだって充分にありうる。だから僕は、ハイターを呼び止めてキスをしたのだ。そこに、恋心も愛情もない。ただの打算しかない。
それなのに、ハイターは僕と拒んだり突飛ばしたりすることなく、むしろ抱き寄せてより深い口付けをしてきた。
「ん……ンぅ」
僕は12歳から男子ばかりに囲まれて暮らしてきたから、正直キスの経験なんてほぼないはずだ。
それはきっと、ハイターだってほとんど変わりないと思っていたのに、ハイターは僕の後頭部を掴むように捕え、そのまま逃がすまいとするように抱きすくめてキスをしている。思いがけない反撃に凍り付く唇をこじ開け、舌まで挿し込んで。
身体の芯が、ジンとする……甘く熱く痺れるその感覚を、僕は切なく懐かしささえ感じながら味わっていた。
その芯に、ハイターに触って欲しい……そんなことが脳裏に過ぎり、硬直しているはずの手足がそろりと彼の背に伸ばされていく。
このままずっと、ここでこうしていたい。そんなことさえ思いながら、僕とハイターは深く口付けをしていた。
「ッふ、ンぅ……」
その内に僕の腰が砕けてきて、ハイターの腕の中に納まるような格好になってきた。ハイターに抱かれるように支えられ、その間もずっと口付けをしている。
もうこの状況で、僕が彼から拒まれていないことは明らかで、彼に僕への好意があるのもほぼ確実と言える。
つまり――この世界は、僕にとって都合のいい、妄想世界、とも言える可能性がより高くなったとも言えるだろう。
(だけど、どうしてこんなに、ハイターのキスは懐かしいのに、切ない感じがするんだろう……)
遠く始業の鐘を聞きながら、僕は美しい銀髪の彼と、遠いどこかで味わったことがあるような、しかし胸が痛くなるようなキスを交わしていた。
ほんのついさっきまで、妙な記憶とも言えない何かの感情に揺さぶられていたせいか、僕までハイターの姿に胸が激しく動悸している。
確かに、僕は脳内に浮かんだ、ハイターにそっくりな誰かを想ってドキドキしてはいた。でもそれは目の前の銀髪の彼ではないし、懐かしいなんて思うほど、そんな昔に僕は彼のことを知らないはずだ。
それなのに、なんで……?
僕の妄想で作り上げた世界なら、そういう記憶の中の誰かを創り出すことも可能、ということなんだろうか……そう、腕組みをして考え込んでいると、「おい、ヒカル」と、ハイターがまたあの名前を呼ぶ。
ハイターに“ヒカル”と呼ばれると、何故か胸の奥がしゅわりと砂糖菓子が崩れるように甘い痛みを伴う。この感覚も、よくわからない。知っているようで知らない、不思議な感覚。
無防備な姿を見られたからか、ハイターは軽く咳払いしながら立ち上がり、居ずまいを正す。着崩れていたブレザーを整え、シャツの襟とタイも整える。軽い寝癖がついていた髪を整えると、もうすっかり優等生のハイターだ。
「俺のこと、何かわかったのか?」
「いや、全然……」
「……そうか」
僕の答えに、ハイターは目に見えて落胆した表情をする。クールを装っているけれど、気落ちしているのがあからさまに出ているのだから。
そんなに、彼は僕のことを想っているのだろうか? それとも、僕らは遠い昔何か特別な関係にあったんだろうか?
そうなのだとしたら、僕は記憶喪失なんだろうか? フィスのことも学校のこともおぼろげだったのだから、その線は濃厚かもしれない。
もしそうなのだとしたら、なんで、ハイターは僕を“ヒカル”と呼び、“連れて帰る”なんて言うのだろう。僕らは、この学院と言う箱庭の中で暮らす小鳥のようなものなのに。
それならなおのこと、僕がいるこの世界がなんであるのかを確かめなくてはいけない。
「ねえ、ハイター」
「なんだ、ヒカ……」
僕がこの世界が妄想で出来ているかどうかを確かめる術――それは、ハイターに不意打ちでキスをして、拒まれるかどうか、だ。
もしこの世界が僕の都合の良いように出来ているのであれば、不意打ちでこんなことをされても、僕の推測では僕を好きであろうハイターは、キスを拒むはずがない。
しかし、それはあくまで僕の中の妄想に近い推測の域を出ない話だ。通常であれば、良く知りもしない相手からいきなりキスをされたら、不愉快だろうし、驚かないわけがない。拒まれることだって充分にありうる。だから僕は、ハイターを呼び止めてキスをしたのだ。そこに、恋心も愛情もない。ただの打算しかない。
それなのに、ハイターは僕と拒んだり突飛ばしたりすることなく、むしろ抱き寄せてより深い口付けをしてきた。
「ん……ンぅ」
僕は12歳から男子ばかりに囲まれて暮らしてきたから、正直キスの経験なんてほぼないはずだ。
それはきっと、ハイターだってほとんど変わりないと思っていたのに、ハイターは僕の後頭部を掴むように捕え、そのまま逃がすまいとするように抱きすくめてキスをしている。思いがけない反撃に凍り付く唇をこじ開け、舌まで挿し込んで。
身体の芯が、ジンとする……甘く熱く痺れるその感覚を、僕は切なく懐かしささえ感じながら味わっていた。
その芯に、ハイターに触って欲しい……そんなことが脳裏に過ぎり、硬直しているはずの手足がそろりと彼の背に伸ばされていく。
このままずっと、ここでこうしていたい。そんなことさえ思いながら、僕とハイターは深く口付けをしていた。
「ッふ、ンぅ……」
その内に僕の腰が砕けてきて、ハイターの腕の中に納まるような格好になってきた。ハイターに抱かれるように支えられ、その間もずっと口付けをしている。
もうこの状況で、僕が彼から拒まれていないことは明らかで、彼に僕への好意があるのもほぼ確実と言える。
つまり――この世界は、僕にとって都合のいい、妄想世界、とも言える可能性がより高くなったとも言えるだろう。
(だけど、どうしてこんなに、ハイターのキスは懐かしいのに、切ない感じがするんだろう……)
遠く始業の鐘を聞きながら、僕は美しい銀髪の彼と、遠いどこかで味わったことがあるような、しかし胸が痛くなるようなキスを交わしていた。
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