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「いつになったら、俺はお前をちゃんと守れていると思えるんだろうな」
ハイターの青い眼が悲しげに揺らぎ、戸惑う僕を映し出す。それだけのことが、ひどく僕の胸をざわつかせ、痛みを伴う。切なくてキリキリする、悲しい痛みだ。
前にもこんなこと、あったんだろうか? 吸い込まれそうに青い瞳を見つめながら、僕は思い起こしてみる。しかし、どんなに記憶を手繰っても、目の前の美しい銀髪の彼と過ごした記憶は出てこない。
出てこないけれど、何か胸に引っ掛かりを覚える。気になる、と言うだけではなく、気付かずについてしまった傷が痛みだしたのに、それがわからないようなもどかしさに似ている。
なんだろう……僕は、この人と何をしたんだろう……僕は、彼の何を知っているの?
「僕、前にもあんたにどこかで会ったことが?」
どうにか絞り出した言葉に、ハイターは一層悲しそうに優しく笑い、頬に触れていた手を放していく。離れていく指先の感触が何故か名残惜しくて、待って、と言いそうになる。理由もわからないのに、無性に。
「俺の答え方次第では、お前に強く影響してしまう。それだけは、言っておこう」
「どういうこと? それって、つまりは――」
たびたび口にされる、僕に関する秘密めいた言葉の真意が知りたい。そんな思いも込めて訊ねかけたけれど、その瞬間、始業の鐘が鳴り響き、ハイターは立ち上がる。優等生は僕のようにここには長居をしないらしい。
立ち上がった途端にハイターはきりりとした表情になり、まるで人を寄せ付けないような雰囲気をまとっている。先程ぼくの頬に触れていた時のような切なさなどカケラも帯びていない。
「ねえ、ハイター。いまの言葉ってどういう意味? なんかずっと、僕のこと知っているようなことを言うよね?」
「……それは俺に訊くな」
背を向けたままハイターは展望室を出ていき、石段を下りていく足音がする。
ひとり残された僕は、行き場を失くした気持ちと伸ばした指先を宙に浮かせ、呆然としていた。
――あのハイターの変わりようは何なのだろうか? ほんのつい一瞬前まで僕を、壊れ物を扱うようにしていたくせに、鐘が鳴った途端人が変わったように背を向ける。まるで、見えない何かから目を背けるように。
見えない何か……それは、僕が彼にとって“ヒカル”というものであることと関係があるのだろうか?
そもそも、“ヒカル”とは何なのだろう。ハイターにとって大切な何かであることは確かなようだけれど。
「大切な……例えば、友達……いや、恋人とか?」
最初に会った時に抱きしめられたことから考えても、友達、と言うよりも恋人の方がより近いかもしれない。
でも、僕はどう見ても男だ。多少女の子のような容姿だとは言われるけれど、服装からも、抱きしめた感触の骨っぽさからも、女の子に間違えられたとは言い難い気がする。何せ、ハイターはあの時僕と違ってはっきりと目覚めていたはずだから。
ならば、彼の大切な人、つまり恋人は……同性? しかも、僕のような?
そんな考えに辿り着いた時、僕は何かがぽつっと胸の奥に点るような感じを覚えた。あたたかい、と言うよりも懐かしくて泣きたくなるような、安心するような感じだった。
まるで、もう何百年も会えなかった相手に巡り会えたような、抑えきれない言葉にならない感情のカケラだ。
「……なんだろう、これ」
初めて感じることなのに、良く知っている気もする感覚。知っているなら言葉にできるはずなのに、上手く形になってまとまらない。このもどかしささえも、知っている気がする。
胸元を思わずつかむように抑えながら、僕は始業を知らせる鐘の音をぼんやりと聞き、あることを思いつく。
――これ、もしかしてこの世界を試すことに利用できるんじゃないか? と。
その気づきに足を止めながらも、心のどこかが後ろめたく痛むのを、僕は気付いていないふりをしていた。
ハイターの青い眼が悲しげに揺らぎ、戸惑う僕を映し出す。それだけのことが、ひどく僕の胸をざわつかせ、痛みを伴う。切なくてキリキリする、悲しい痛みだ。
前にもこんなこと、あったんだろうか? 吸い込まれそうに青い瞳を見つめながら、僕は思い起こしてみる。しかし、どんなに記憶を手繰っても、目の前の美しい銀髪の彼と過ごした記憶は出てこない。
出てこないけれど、何か胸に引っ掛かりを覚える。気になる、と言うだけではなく、気付かずについてしまった傷が痛みだしたのに、それがわからないようなもどかしさに似ている。
なんだろう……僕は、この人と何をしたんだろう……僕は、彼の何を知っているの?
「僕、前にもあんたにどこかで会ったことが?」
どうにか絞り出した言葉に、ハイターは一層悲しそうに優しく笑い、頬に触れていた手を放していく。離れていく指先の感触が何故か名残惜しくて、待って、と言いそうになる。理由もわからないのに、無性に。
「俺の答え方次第では、お前に強く影響してしまう。それだけは、言っておこう」
「どういうこと? それって、つまりは――」
たびたび口にされる、僕に関する秘密めいた言葉の真意が知りたい。そんな思いも込めて訊ねかけたけれど、その瞬間、始業の鐘が鳴り響き、ハイターは立ち上がる。優等生は僕のようにここには長居をしないらしい。
立ち上がった途端にハイターはきりりとした表情になり、まるで人を寄せ付けないような雰囲気をまとっている。先程ぼくの頬に触れていた時のような切なさなどカケラも帯びていない。
「ねえ、ハイター。いまの言葉ってどういう意味? なんかずっと、僕のこと知っているようなことを言うよね?」
「……それは俺に訊くな」
背を向けたままハイターは展望室を出ていき、石段を下りていく足音がする。
ひとり残された僕は、行き場を失くした気持ちと伸ばした指先を宙に浮かせ、呆然としていた。
――あのハイターの変わりようは何なのだろうか? ほんのつい一瞬前まで僕を、壊れ物を扱うようにしていたくせに、鐘が鳴った途端人が変わったように背を向ける。まるで、見えない何かから目を背けるように。
見えない何か……それは、僕が彼にとって“ヒカル”というものであることと関係があるのだろうか?
そもそも、“ヒカル”とは何なのだろう。ハイターにとって大切な何かであることは確かなようだけれど。
「大切な……例えば、友達……いや、恋人とか?」
最初に会った時に抱きしめられたことから考えても、友達、と言うよりも恋人の方がより近いかもしれない。
でも、僕はどう見ても男だ。多少女の子のような容姿だとは言われるけれど、服装からも、抱きしめた感触の骨っぽさからも、女の子に間違えられたとは言い難い気がする。何せ、ハイターはあの時僕と違ってはっきりと目覚めていたはずだから。
ならば、彼の大切な人、つまり恋人は……同性? しかも、僕のような?
そんな考えに辿り着いた時、僕は何かがぽつっと胸の奥に点るような感じを覚えた。あたたかい、と言うよりも懐かしくて泣きたくなるような、安心するような感じだった。
まるで、もう何百年も会えなかった相手に巡り会えたような、抑えきれない言葉にならない感情のカケラだ。
「……なんだろう、これ」
初めて感じることなのに、良く知っている気もする感覚。知っているなら言葉にできるはずなのに、上手く形になってまとまらない。このもどかしささえも、知っている気がする。
胸元を思わずつかむように抑えながら、僕は始業を知らせる鐘の音をぼんやりと聞き、あることを思いつく。
――これ、もしかしてこの世界を試すことに利用できるんじゃないか? と。
その気づきに足を止めながらも、心のどこかが後ろめたく痛むのを、僕は気付いていないふりをしていた。
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