【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

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*12 銀髪の彼が知ることとは何か

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 フィスの厚意とも言える気持ちにいつまでも甘えるわけにもいかず、僕は本当のことは言わずにお金は全額返した。
 親友だから気にしなくていい、と彼は言っていたけれど、嘘をつき続けるだけでも苦しいのに、お金まで奪うなんて度が過ぎると思うからだ。
 そんなわけで、借金がなくなりはしたけれど、嘘をついてまでそういうことをした理由を話す気持ちにまでは至らず、僕はフィスのことを少し避けるようになっていた。
 嘘をついた後ろめたさも勿論あるのだけれど、なんだか最近フィスがやたらと僕によく触れてくるのだ。過剰なスキンシップというのだろうか、肩を組んだり、ふざけて羽交い締めみたいなことをしたり、というだけでなく、背後から抱き着いてくるようなボディタッチが多い。
 気のせいかと思ったけれど、明らかに距離が近くなっているし、それだけでなく、授業中以外ぴったりと僕の傍を離れなくなった。まるで、僕を監視しているかのように。
 幼馴染とは言え、あまりの近さに疲れてしまい、僕はまた展望室に入り浸るようになった。

「はー……良心が痛むとはこういうことを言うんだろうな」

 がらんと何もない、展望室の石畳の上の陽だまりに寝ころびながら、僕はひとり呟く。明かり取りの窓からは切り取ったように青い空が見えている。
 寮でも校内でも、フィスを避けるのはなかなか至難の業だった。彼は僕と長く付き合いのある幼馴染だと公言するだけあって、僕の行く先々を先回りするように現れるのだ。
 学年も同じ、学力のレベルも似通っているから、少人数制のグループ授業も多いこの学院では、必然的に行動を共にする機会が多くなるのは仕方ない。まるで影のようだ。影を引き離して自由に動き回れる、そんな童話があった気がするのだけれど、なんだったっけ?
 そんなことを考えながら、僕は陽だまりの中でうとうとと居眠りを始める。降り注ぐ陽射しを睫毛の先で受け止め、自分の吐息しか聞こえない空間の静寂を味わう。

(――そう言えば、あのハイターとかっていう人と会った日も、ここでこうして寝ていた気がする)

 退屈な授業から抜け出し、ポーカーをするでもなくここで寝転がって暇を潰していた。今日みたいによく晴れた、暖かな日で、降り注ぐ陽射しを遮るようにあの銀髪に青い眼が僕の上に影を成して――

「なんだ、またここにいたのか」

 いつの間にか本当にまどろんでいた僕の耳にそんな声が聞こえ、すぐに何かが日差しを遮る。ゆっくりと薄く目を開けると、今しがた思い返していた銀髪に青い眼が僕を見下ろしていた。
 鋭くにらむような眼差しに、僕は慌てて飛び起きると、ハイターは呆れたように溜め息をつく。
 何より彼は僕よりも優等生だから、お小言でも言われるのだろうか……と、気を揉んでいたら、ハイターは僕の寝ころんでいたすぐ傍に歩み寄ってきて腰を下ろし、そこで片膝を立てて座りながら僕を見つめてくる。穴でも空きそうなほどじっと見つめてくるものだから、僕は段々と居た堪れなくなってきてうつむいてしまう。

「……あ、あの……ハイター?」
「やっぱり君は、俺のことは何も憶えていないのか?」
「えっと……シュテルンに何回も選ばれていて優秀だって……その、ウラで買収とか……」

 フィスから聞かされていた噂話が本当なのか確かめたい思いもあって、つい、余計なことを言ってしまった。しまった、と、口を慌てて手で塞いでも、もう遅い。
 だけど、ハイターは鼻先で軽く笑っただけで、怒ったそぶりは見せなかった。

「それは、“ここ”でのことだ。買収がどうとかという噂は事実じゃないけどな。そうじゃなくて、ヒカル、お前がいる所の話だ」
「僕は、ヒカルなんかじゃないよ、ハイター」

 ヒカル――また、ハイターは僕をそう呼ぶ。しかも、悲し気に、“ここではない所”を憶えていないか、と言う。
 僕はリヒト=ベルガーで、親の意向でこのアルメヒティヒ学院に入れられている、ちょっと前まではワガママで、弱いポーカーでカモにされていた。
 そんなどこにでもいる、僕のような栗色の髪に緑の目の生徒のことを、何故この学内でとても有名な彼は知っていて、まるで昔からの知り合いみたいな言い方をするのだろう。
 昔からの知り合い……いや、そんな浅い関係じゃない。もっと深く絡み合うような、濃密な関係――ふと過ぎる言葉に、僕は目を見開き、言葉を失う。なんで、いま僕はハイターを前にしてそんなことを?
 自分の思考展開に戸惑う僕の様子を見透かすようにハイターは弱く笑う。僕の方に手を伸ばし、頬に触れながら独り言のように僕に言った。

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