【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

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(僕が願ったら、ハイターが突然現れ……そして何故か、フィスまで現れた……)

 退屈な二時間目の地理の時間、黒板の前に掲げられたドエツ国の大きな地図を眺めるふりをしながら、僕は今朝のことを考えていた。
 昨日の奇跡の連続、それを自分の願いによるものかどうか、試すために願ってみたハイターとの遭遇。そして、叶ってしまった願い――

(やっぱり、何かこの世界っておかしいのかな……でも、ただそれだけの偶然で?)

 断定してしまうにはあまりに判断材料が少なく、ましてや昨夜考えたような世界が、宇宙が、なんて話にはならない。
 やはり、ただの偶然の重なりでしかないのではないだろうか。

「――ということで、我がドエツの夏は御覧の通り快晴が多く、過ごしやすい。とてもいい季節とも言える」
「先生、それなら今は乾季にあたるんですか?」

 生徒の一人の質問に地理の教師はうなずき、夏にまつわるエピソードを話し始める。南部の山々に咲く高原植物を観に行った時の思い出話のようだ。
 雨が降らない季節であるはずのいま、もしいま突然雨が降りでもしたら、それもまた奇跡なんだろうか?

「奇跡が起きるっていうなら、いまここで大雨でも降れば信じなくもないけどな」

 頬杖をつきながら窓の外を眺めつつ呟いていたら、ふと、それまで太陽がきらめいていた青空が掻き曇り、瞬く間に雷鳴がとどろき始める。
 急に暗くなった窓の外に授業中の教室内は少し騒めき、みんな一斉に外を眺めていたら、たちまちに雷雨が降り始めた。
 いま授業でドエツの夏は過ごしやすい気候だ、なんて話していたのに。教師さえも驚きで言葉が出ないようだ。
 教室内は教師が話していたことと違う景色が広がる現状に、くすくすと忍び笑いが起きていたが、僕は、それを笑うことができなかった。
 何故なら、いま、僕がその雨を望んだからだ。

「……そんな、まさか……」

 偶然だ、というにはあまりにタイミングが合致している。でもだからと言って、天気のことまでどうこうできるような奇跡を、僕が起こせるとは思えない。
 でも、いま目の前で雷鳴がとどろき、窓ガラスに打ち付ける大粒の雨は何だというのだろう。奇跡でないなら、いま起こっていることは、一体なんだ?
 授業は程なくしてまたいつものように退屈な時間に戻っていく。だけど僕は、呆然としたまま窓の外を見つめて考えていた。
 この世界は、僕が創り上げた妄想世界なのか、否か。
 

「だとしたら、尚のこと、この世界が妄想世界なのかどうかを確かめないとだよな……」

 何をどうしたらいいかはわからない。ただ、確かめないままにできるほど、呑気にしてもいられない。
 妄想か否かを確かめるにはどうしたらいいだろう。願ったことがかなった、だけではただの偶然の積み重なりにしかならない。
 もっと確実で、わかりやすいことで試さなくては――そう思いながら、僕は授業終わりに図書館を目指していた。
 物事の真実を確かめるにはどうしたらいいのか。そんな曖昧な疑問を解消してくれるぴったりな本など、膨大にある図書館の蔵書からすぐに見つけられるはずはなかった。
 司書の先生にも訊いてみたけれど、「そう言うのは心理学か哲学かねぇ」という曖昧な答えぐらいしかもらえず、仕方なく自分で考えるしかない。

「本物の世界かどうか調べるには……この世界でこれから起こることが、僕にとって都合よくなるかどうかを確認すればいいんじゃないか?」

 奇跡の連続が起きるかどうかを確かめる。つまり、物事や周りの人たちが、僕の都合の良いように動いてくれるかどうかを確かめることがわかりやすいだろう。
 どうやってだれを試したらいいんだろう。クラスメイトは多すぎるし、誰かに絞るにも良く知らない相手だと普段との違いがわからない。
 ならば、試すのは身近な人物――幼馴染のフィスの出方を見てみるのがわかりやすいかもしれない。良くも悪くも僕とフィスの関係は密で、知らないことはないからこそ、僕の言動に対して彼が怒りを覚えるようなことがあるなら、ためらうことなく行動に移すはずだ。
 だけどもし、彼が怒ることも戒めてくることもなかったなら……やはりここは、僕の妄想が作り上げた世界、と言えるのかもしれない。

「俺に頼みごとがある? リヒトが?」

 夕食後の自由時間、フィスの部屋を訪ねてみた。首を傾げるフィスに、僕は内心かなり緊張しつつも、それを悟られないように不敵な笑みを浮かべながらうなずき、答える。まるで、ちょっと足りなくなった万年筆のインクを借りる時のように。

「そう。フィスにしか頼めないこと――あのさ、お金貸してよ。銅貨10枚でいいからさ」

 食堂で評判のバタートーストが一枚銅貨三枚で、それにカフェオレをつけると銅貨五枚になる。それが二回も味わえるほどの金額を、突然貸せと言われて、果たしてフィスが応じるかどうか。それが僕から彼への試し行動の一つだ。
 フィスは僕の言葉に目を丸くし、呆れとも怒りともつかない表情をして僕を見ている。

「お金貸して、って……リヒト、俺の小遣いをよこせって言うの?」
「この前ボスとゲームやりまくったらすっからかんになっちゃってさ。明日の授業で使う鉛筆を買うお金もないんだ」

 それは全くのウソだった。この前のゲームで僕はボスの財布を空にするほど勝ちまくったのだから、財布の中は銀貨でいっぱいだ。フィスは僕にポーカーを教えたのがハイターだとは知っていたけれど、それによって僕がどれだけ銀貨を得たということまでは知らないはずだ。
 そもそも、フィスは僕がいつもポーカーで散財していると知っている。だから、まさか僕の懐に銀貨がたっぷりあるなんて疑いもしないだろう。
 もし、有り金がありつつも僕が彼から金を借りたことを知られたとしたら、どうなるだろう。フィスはどういう態度を取るだろう。

(これで、“もう絶交だ!”となれば、この世界は現実で、僕はただのどうしようもないクズってことになる……)

 正直、ここまでする意味があるか、悩んでいないと言えば嘘になる。例えば、ただあてずっぽうに食堂に日替わりランチのメニューを当てる、でも良かったのかもしれない。その方がうんとリスクがない。だけど僕は、あえてリスクのある方法を選んだ。その方がうんと実感が湧くと思ったからだ。
 フィスは僕の嘘の言い訳に呆れたように溜め息をつき、ズボンのポケットから川のコインケースを取り出し、銅貨10枚と同じ価値のある銀貨を一枚差し出した。

「しょうがないな……今回限りだからね? 来月の仕送りまで日にちがあるから、なるべく早く返してよ」
「ありがとう、フィス。流石僕らは親友だね」

 自分で言っていて、白々しすぎて愛想笑いも出ない。親友、なんて上っ面もいい所の言葉を易々と使い、本当に僕のことを信頼しているだろう幼馴染の彼の親切心に付け入っているのだから。
 ごめん、と、声にならない声を口中で呟きながら、フィスの差し出すコインを受け取る。その銀貨はほんのりと彼の体温を感じた。


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