18 / 46
*9 祭りのあとの、小さくて大きな疑問
しおりを挟む
ハイターとなんとなく気まずくなってしまったけれど、今年のグランツ祭の夜は今までで一番だった、とフィスが言う通りすごく賑やかで楽しい夜だった。
パーティーのデザートの残りをみんなで分け合い、特別に部屋に持ち帰って食べていいとも言われ、僕らは嬉々として部屋へ向かう。
「クラスは優勝するし、ご褒美に美味いもの腹いっぱい食えるし、今年は最高のグランツ祭だったなぁ」
「毎年こうじゃなかったっけ?」
「ないない。せいぜい一時間ぐらい消灯が伸びたり、夕食のメニューに小さなケーキがつくぐらいだったよ。しかもそれ、今日もらったマドレーヌよりずっと不味いし」
そう言いながら、フィスは談話スペースのソファに座って、早速もらったマドレーヌを頬張る。急きょ、あんな山のような美味しいご馳走を、山のように用意できるような人が選んだお菓子なだけあって、確かにマドレーヌはいままで食べた中で一番と言っていいほど美味しい。バターの香りが上品で、生地の舌触りがいい。
「でもさぁ、毎年あの来賓の人は来てたんでしょう? 今年だけなんであんなご馳走用意してくれたんだろう?」
「金持ちの気まぐれじゃないの? いいじゃん、美味いもん食えたんだからさ」
フィスとそんな話をしている内に、消灯時間を告げる寮の当番の生徒の声が聞こえ始める。柱時計を見ると、グランツ祭だからか、いつもより確かに消灯時間は一時間ほど遅くはなっていたけれど、流石にもうそろそろ部屋に戻らないといけないだろう。
「じゃあ、おやすみ、リヒト」
「うん、おやすみ、フィス」
手を振り合い、残ったお菓子を手に自分の部屋にそれぞれ戻る。僕はベッドの横の小さなサイドボードの上にお菓子の包みを置き、ひと口だけ食べた。それは小さなクッキーで、やっぱりとても美味しい。
クッキーを口の中で咀嚼しながら、結局、パーティーが開かれてもハイターとちゃんと話ができなかったな、と思い返す。
「お礼は言えたけど……もう少し、話せたらよかったのに。フィス、なんだってあんなにハイターのことになるとイヤな奴になるんだろう。親友なら、もっと僕を信じてくれていてもいいのに……」
折角パーティーで楽しかった気分が半減されたような感じがして、なんだかもやもやする。美味しかった食べ物の味だって、いま手許にあるお菓子の味だって、美味しさが半分に――そこまでをベッドに寝ころんで考えていながら、ふと、何かが妙だな、と思った。
「そう言えば、フィスが言うには、あの来賓ウィッテって人は毎年グランツ祭を見に来てたんだよね? なんで、今年だけ感動したとか言ってあんなご馳走振舞ってくれたんだろう?」
フィスは金持ちの道楽だ、と言っていたけれど、そうだったとしても、あんなに大量の食事を、お祭りが終わってからの数時間で用意することなんて可能なんだろうか? なんだかまるで、そうなることが決まっていたみたいに、何もかもがぴったり揃っていた気がする。
あらかじめ、今年は何かご馳走する気だったんだろうか……そう、考えながら天井を見上げ、サイドボードの方に目をやる。そこには、みんなお揃いでもらったお菓子の包み紙と、ダンスで優勝した僕らのクラスだけ特別に、と別で手渡されたミントグリーンのリボンが結ばれた包みもある。これはチョコレートが入っているという。もちろん、上等のものだろう。
「……そもそも、僕のクラスって、本当に優勝するほどのダンスが出来ていたのかな?」
お世辞を抜きにして、僕らのクラスはダンスレベルの個人差がすごく、僕に至ってはステップがおぼつかない最低レベルの部類だった。ハイターがリードしてくれていたから無様にはならなかったけれど、そうでないペアもいた。そんな決して見栄えがいいダンスが、しかもあの本番直前で付け焼刃的な団結だけでフォローできるほど、あの瞬間突然レベルが上がることはないと思うのだ。
奇跡が起こったんだよ、と、人によっては言うかもしれないし、そういうものなんだろう。
だけど、見栄えがいいダンスが出来ていなかった僕らのクラスが優勝する奇跡と、ご褒美のパーティーが開かれる奇跡が、同時に起こることなんてありえるんだろうか?
何より妙なのは、そのどちらも、僕が「こうなればいいのに」と、小さく願っていたことなのだ。つまり、僕にとって都合がいい奇跡が同じ日に連続して起きたとも言える。
パーティーのデザートの残りをみんなで分け合い、特別に部屋に持ち帰って食べていいとも言われ、僕らは嬉々として部屋へ向かう。
「クラスは優勝するし、ご褒美に美味いもの腹いっぱい食えるし、今年は最高のグランツ祭だったなぁ」
「毎年こうじゃなかったっけ?」
「ないない。せいぜい一時間ぐらい消灯が伸びたり、夕食のメニューに小さなケーキがつくぐらいだったよ。しかもそれ、今日もらったマドレーヌよりずっと不味いし」
そう言いながら、フィスは談話スペースのソファに座って、早速もらったマドレーヌを頬張る。急きょ、あんな山のような美味しいご馳走を、山のように用意できるような人が選んだお菓子なだけあって、確かにマドレーヌはいままで食べた中で一番と言っていいほど美味しい。バターの香りが上品で、生地の舌触りがいい。
「でもさぁ、毎年あの来賓の人は来てたんでしょう? 今年だけなんであんなご馳走用意してくれたんだろう?」
「金持ちの気まぐれじゃないの? いいじゃん、美味いもん食えたんだからさ」
フィスとそんな話をしている内に、消灯時間を告げる寮の当番の生徒の声が聞こえ始める。柱時計を見ると、グランツ祭だからか、いつもより確かに消灯時間は一時間ほど遅くはなっていたけれど、流石にもうそろそろ部屋に戻らないといけないだろう。
「じゃあ、おやすみ、リヒト」
「うん、おやすみ、フィス」
手を振り合い、残ったお菓子を手に自分の部屋にそれぞれ戻る。僕はベッドの横の小さなサイドボードの上にお菓子の包みを置き、ひと口だけ食べた。それは小さなクッキーで、やっぱりとても美味しい。
クッキーを口の中で咀嚼しながら、結局、パーティーが開かれてもハイターとちゃんと話ができなかったな、と思い返す。
「お礼は言えたけど……もう少し、話せたらよかったのに。フィス、なんだってあんなにハイターのことになるとイヤな奴になるんだろう。親友なら、もっと僕を信じてくれていてもいいのに……」
折角パーティーで楽しかった気分が半減されたような感じがして、なんだかもやもやする。美味しかった食べ物の味だって、いま手許にあるお菓子の味だって、美味しさが半分に――そこまでをベッドに寝ころんで考えていながら、ふと、何かが妙だな、と思った。
「そう言えば、フィスが言うには、あの来賓ウィッテって人は毎年グランツ祭を見に来てたんだよね? なんで、今年だけ感動したとか言ってあんなご馳走振舞ってくれたんだろう?」
フィスは金持ちの道楽だ、と言っていたけれど、そうだったとしても、あんなに大量の食事を、お祭りが終わってからの数時間で用意することなんて可能なんだろうか? なんだかまるで、そうなることが決まっていたみたいに、何もかもがぴったり揃っていた気がする。
あらかじめ、今年は何かご馳走する気だったんだろうか……そう、考えながら天井を見上げ、サイドボードの方に目をやる。そこには、みんなお揃いでもらったお菓子の包み紙と、ダンスで優勝した僕らのクラスだけ特別に、と別で手渡されたミントグリーンのリボンが結ばれた包みもある。これはチョコレートが入っているという。もちろん、上等のものだろう。
「……そもそも、僕のクラスって、本当に優勝するほどのダンスが出来ていたのかな?」
お世辞を抜きにして、僕らのクラスはダンスレベルの個人差がすごく、僕に至ってはステップがおぼつかない最低レベルの部類だった。ハイターがリードしてくれていたから無様にはならなかったけれど、そうでないペアもいた。そんな決して見栄えがいいダンスが、しかもあの本番直前で付け焼刃的な団結だけでフォローできるほど、あの瞬間突然レベルが上がることはないと思うのだ。
奇跡が起こったんだよ、と、人によっては言うかもしれないし、そういうものなんだろう。
だけど、見栄えがいいダンスが出来ていなかった僕らのクラスが優勝する奇跡と、ご褒美のパーティーが開かれる奇跡が、同時に起こることなんてありえるんだろうか?
何より妙なのは、そのどちらも、僕が「こうなればいいのに」と、小さく願っていたことなのだ。つまり、僕にとって都合がいい奇跡が同じ日に連続して起きたとも言える。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。

出戻り勇者は自重しない ~異世界に行ったら帰って来てからが本番だよね~
TB
ファンタジー
中2の夏休み、異世界召喚に巻き込まれた俺は14年の歳月を費やして魔王を倒した。討伐報酬で元の世界に戻った俺は、異世界召喚をされた瞬間に戻れた。28歳の意識と異世界能力で、失われた青春を取り戻すぜ!
東京五輪応援します!
色々な国やスポーツ、競技会など登場しますが、どんなに似てる感じがしても、あくまでも架空の設定でご都合主義の塊です!だってファンタジーですから!!
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる