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*9 祭りのあとの、小さくて大きな疑問
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ハイターとなんとなく気まずくなってしまったけれど、今年のグランツ祭の夜は今までで一番だった、とフィスが言う通りすごく賑やかで楽しい夜だった。
パーティーのデザートの残りをみんなで分け合い、特別に部屋に持ち帰って食べていいとも言われ、僕らは嬉々として部屋へ向かう。
「クラスは優勝するし、ご褒美に美味いもの腹いっぱい食えるし、今年は最高のグランツ祭だったなぁ」
「毎年こうじゃなかったっけ?」
「ないない。せいぜい一時間ぐらい消灯が伸びたり、夕食のメニューに小さなケーキがつくぐらいだったよ。しかもそれ、今日もらったマドレーヌよりずっと不味いし」
そう言いながら、フィスは談話スペースのソファに座って、早速もらったマドレーヌを頬張る。急きょ、あんな山のような美味しいご馳走を、山のように用意できるような人が選んだお菓子なだけあって、確かにマドレーヌはいままで食べた中で一番と言っていいほど美味しい。バターの香りが上品で、生地の舌触りがいい。
「でもさぁ、毎年あの来賓の人は来てたんでしょう? 今年だけなんであんなご馳走用意してくれたんだろう?」
「金持ちの気まぐれじゃないの? いいじゃん、美味いもん食えたんだからさ」
フィスとそんな話をしている内に、消灯時間を告げる寮の当番の生徒の声が聞こえ始める。柱時計を見ると、グランツ祭だからか、いつもより確かに消灯時間は一時間ほど遅くはなっていたけれど、流石にもうそろそろ部屋に戻らないといけないだろう。
「じゃあ、おやすみ、リヒト」
「うん、おやすみ、フィス」
手を振り合い、残ったお菓子を手に自分の部屋にそれぞれ戻る。僕はベッドの横の小さなサイドボードの上にお菓子の包みを置き、ひと口だけ食べた。それは小さなクッキーで、やっぱりとても美味しい。
クッキーを口の中で咀嚼しながら、結局、パーティーが開かれてもハイターとちゃんと話ができなかったな、と思い返す。
「お礼は言えたけど……もう少し、話せたらよかったのに。フィス、なんだってあんなにハイターのことになるとイヤな奴になるんだろう。親友なら、もっと僕を信じてくれていてもいいのに……」
折角パーティーで楽しかった気分が半減されたような感じがして、なんだかもやもやする。美味しかった食べ物の味だって、いま手許にあるお菓子の味だって、美味しさが半分に――そこまでをベッドに寝ころんで考えていながら、ふと、何かが妙だな、と思った。
「そう言えば、フィスが言うには、あの来賓ウィッテって人は毎年グランツ祭を見に来てたんだよね? なんで、今年だけ感動したとか言ってあんなご馳走振舞ってくれたんだろう?」
フィスは金持ちの道楽だ、と言っていたけれど、そうだったとしても、あんなに大量の食事を、お祭りが終わってからの数時間で用意することなんて可能なんだろうか? なんだかまるで、そうなることが決まっていたみたいに、何もかもがぴったり揃っていた気がする。
あらかじめ、今年は何かご馳走する気だったんだろうか……そう、考えながら天井を見上げ、サイドボードの方に目をやる。そこには、みんなお揃いでもらったお菓子の包み紙と、ダンスで優勝した僕らのクラスだけ特別に、と別で手渡されたミントグリーンのリボンが結ばれた包みもある。これはチョコレートが入っているという。もちろん、上等のものだろう。
「……そもそも、僕のクラスって、本当に優勝するほどのダンスが出来ていたのかな?」
お世辞を抜きにして、僕らのクラスはダンスレベルの個人差がすごく、僕に至ってはステップがおぼつかない最低レベルの部類だった。ハイターがリードしてくれていたから無様にはならなかったけれど、そうでないペアもいた。そんな決して見栄えがいいダンスが、しかもあの本番直前で付け焼刃的な団結だけでフォローできるほど、あの瞬間突然レベルが上がることはないと思うのだ。
奇跡が起こったんだよ、と、人によっては言うかもしれないし、そういうものなんだろう。
だけど、見栄えがいいダンスが出来ていなかった僕らのクラスが優勝する奇跡と、ご褒美のパーティーが開かれる奇跡が、同時に起こることなんてありえるんだろうか?
何より妙なのは、そのどちらも、僕が「こうなればいいのに」と、小さく願っていたことなのだ。つまり、僕にとって都合がいい奇跡が同じ日に連続して起きたとも言える。
パーティーのデザートの残りをみんなで分け合い、特別に部屋に持ち帰って食べていいとも言われ、僕らは嬉々として部屋へ向かう。
「クラスは優勝するし、ご褒美に美味いもの腹いっぱい食えるし、今年は最高のグランツ祭だったなぁ」
「毎年こうじゃなかったっけ?」
「ないない。せいぜい一時間ぐらい消灯が伸びたり、夕食のメニューに小さなケーキがつくぐらいだったよ。しかもそれ、今日もらったマドレーヌよりずっと不味いし」
そう言いながら、フィスは談話スペースのソファに座って、早速もらったマドレーヌを頬張る。急きょ、あんな山のような美味しいご馳走を、山のように用意できるような人が選んだお菓子なだけあって、確かにマドレーヌはいままで食べた中で一番と言っていいほど美味しい。バターの香りが上品で、生地の舌触りがいい。
「でもさぁ、毎年あの来賓の人は来てたんでしょう? 今年だけなんであんなご馳走用意してくれたんだろう?」
「金持ちの気まぐれじゃないの? いいじゃん、美味いもん食えたんだからさ」
フィスとそんな話をしている内に、消灯時間を告げる寮の当番の生徒の声が聞こえ始める。柱時計を見ると、グランツ祭だからか、いつもより確かに消灯時間は一時間ほど遅くはなっていたけれど、流石にもうそろそろ部屋に戻らないといけないだろう。
「じゃあ、おやすみ、リヒト」
「うん、おやすみ、フィス」
手を振り合い、残ったお菓子を手に自分の部屋にそれぞれ戻る。僕はベッドの横の小さなサイドボードの上にお菓子の包みを置き、ひと口だけ食べた。それは小さなクッキーで、やっぱりとても美味しい。
クッキーを口の中で咀嚼しながら、結局、パーティーが開かれてもハイターとちゃんと話ができなかったな、と思い返す。
「お礼は言えたけど……もう少し、話せたらよかったのに。フィス、なんだってあんなにハイターのことになるとイヤな奴になるんだろう。親友なら、もっと僕を信じてくれていてもいいのに……」
折角パーティーで楽しかった気分が半減されたような感じがして、なんだかもやもやする。美味しかった食べ物の味だって、いま手許にあるお菓子の味だって、美味しさが半分に――そこまでをベッドに寝ころんで考えていながら、ふと、何かが妙だな、と思った。
「そう言えば、フィスが言うには、あの来賓ウィッテって人は毎年グランツ祭を見に来てたんだよね? なんで、今年だけ感動したとか言ってあんなご馳走振舞ってくれたんだろう?」
フィスは金持ちの道楽だ、と言っていたけれど、そうだったとしても、あんなに大量の食事を、お祭りが終わってからの数時間で用意することなんて可能なんだろうか? なんだかまるで、そうなることが決まっていたみたいに、何もかもがぴったり揃っていた気がする。
あらかじめ、今年は何かご馳走する気だったんだろうか……そう、考えながら天井を見上げ、サイドボードの方に目をやる。そこには、みんなお揃いでもらったお菓子の包み紙と、ダンスで優勝した僕らのクラスだけ特別に、と別で手渡されたミントグリーンのリボンが結ばれた包みもある。これはチョコレートが入っているという。もちろん、上等のものだろう。
「……そもそも、僕のクラスって、本当に優勝するほどのダンスが出来ていたのかな?」
お世辞を抜きにして、僕らのクラスはダンスレベルの個人差がすごく、僕に至ってはステップがおぼつかない最低レベルの部類だった。ハイターがリードしてくれていたから無様にはならなかったけれど、そうでないペアもいた。そんな決して見栄えがいいダンスが、しかもあの本番直前で付け焼刃的な団結だけでフォローできるほど、あの瞬間突然レベルが上がることはないと思うのだ。
奇跡が起こったんだよ、と、人によっては言うかもしれないし、そういうものなんだろう。
だけど、見栄えがいいダンスが出来ていなかった僕らのクラスが優勝する奇跡と、ご褒美のパーティーが開かれる奇跡が、同時に起こることなんてありえるんだろうか?
何より妙なのは、そのどちらも、僕が「こうなればいいのに」と、小さく願っていたことなのだ。つまり、僕にとって都合がいい奇跡が同じ日に連続して起きたとも言える。
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